第342話 六魔公
「聖地だと?」
先ほどの魔人のセリフで気に掛かる部分があったのでおうむ返しにそう訊ねると、初対面のほうの魔人が律儀に答えてくれた。
「そうだ。ここは我らが主にして父の遺骸が封印されている地。貴殿が果たして何を目的にここへ赴いたのは知らぬが……断りもなく立ち入るとは不届きにも程がある。死を以て償いたまえ」
「聞き捨てならないな。ここは元々、エルフ族の土地なんだ。あんた達こそエルフの聖地に何の用だ?」
「貴殿は耳長族ではなかろう。……もっとも、そこに転がっている者はそうかもしれぬが」
「チッ」
奴らの気を逸らしてこっそりとマリーさんを回復させるつもりだったが、そう簡単にタイミングを与えてはくれないみたいだ。
二人いるうちの片方、沈黙を貫いたままの魔人からはそこまで脅威を感じないが……このお喋りのほうの魔人はマズイ。
明らかに今まで対面してきた魔人達とは格が違うのだ。魔力の圧からして既に常軌を逸している。本気を出したジェットやマリーさんを正面にした時よりも凄い迫力だ。緊張でこうまで息が詰まる感覚は久しぶりだ。
「そこの耳長族だが……心配するだけ無駄であると忠告しておこう。そやつの命は保って数分。私の呪いを受けたにしてはなかなかの生命力だが、回復の見込みはない」
「呪いだと?」
「そうだ。私は魔王陛下より直接血を賜った第二世代の六魔公が一人、『呪詛』のタナトス。我が固有魔法である呪詛攻撃を喰らった者は、呪いに蝕まれ確実に死に至る」
第二世代。こいつは今、確かにそう言った。
以前、俺が国境沿いのレーゲン子爵領で倒した魔人グラーフは、自身が第三世代であると言っていた。そして確たる証拠はないが、同様に数年前、皇都郊外で交戦し撃破した「超回復」の魔人もまたおそらく第三世代だったのだろう。
第三世代の魔人であれば、苦戦はするにせよ問題なく倒せることは過去の俺が証明している。しかし、かつてオヤジが倒したという魔人は更に強かったと聞いた。
グラーフ戦の後、俺は皇国の防衛を担う者としてオヤジに詳しい話を聞いたのだが、一八年前の魔人戦では当時の近衛騎士団長をはじめ、顔も知らない祖父のクラウスやその他大勢の人間が、激しい戦いの中で命を落としたという。
オヤジも限りなく危なかったらしいが、生命魔法を操る「新緑の聖女」の母ちゃんがいたからなんとか命を取り留めたらしい。
そしてその一年後に
そこからは俺の知る通りだ。
俺が一二歳で特魔師団に入団した年に再び魔人が現れ、それから何度も暗躍を繰り返した。
新たな「第三世代」という枠組みで、より数を増やした魔人の脅威が俺達人類に襲い掛かろうとしている。
その脅威から皇国を――――世界を守ろうと積極的な攻勢に出た矢先にこの邂逅だ。
何か、世界の意志のようなものを感じずにはいられない。
「まあ、そんな超自然的存在がいるなら、なんで魔人なんていう存在を放置しているのか
この世界に神はいない。よしんばいたとしても、それは我々人類に観測できる類の存在ではない。
それは皇国の神話を振り返ってみても確かな話だ。
皇国の国教は、初代勇者を始祖とした建国神話だ。それ以前から各地に根付いていた自然・祖先崇拝の土着信仰と混ざり合った諸派閥は存在していても、地球におけるキリスト教やイスラム教のような絶対的な唯一神を明確に定義した宗教は存在しない。
お隣の西方諸国もそうだ。勇者一行の仲間であった魔法士を国父と仰ぎ祭り上げている点こそ異なるが、そのルーツが人間であることに変わりはない。
そして古代魔法文明時代の原始宗教は、数百年ほど続いた「魔人の
つまり、だ。
魔人を倒すにあたり、俺がゲームの
自分の力だけでこの強大な敵を討ち滅ぼさねばならない。
「そこの耳長族は思ったよりも魔力が多いな。普通は数分もあれば死に至るというのに……。だが、いずれにせよ数時間もあれば確実に死ぬであろう。そこの人間、貴殿もそやつと一緒に冥府の仲間入りを果たすがよい」
そう言って魔人タナトスが俺に指を向けてくる。次の瞬間、指先から放たれる高密度の魔力エネルギー。
「ッ! させるかよ!」
最大瞬間出力で衝撃波を放ち、なんとかこれを迎撃した俺は、『
「……今のうちだ」
俺はマリーさんを抱えると、急いでその場から退却しようとした。しかし土煙に包まれていて視界は遮られている筈なのに、向こう側からの攻撃が執拗に俺達を襲い続けてくる。
「こっちの魔力反応を追っているのか……!?」
だが魔力反応を抑えれば、同時に『
「……一旦、撤退だ」
俺はインベントリから使い捨て転移門を取り出すと、転移場所を最大距離に設定。マリーさんを抱えた状態で、転移門に飛び乗るのだった。
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