第355話 時空間論理おっぱい論考

 神獣界での修行を経て、無事に『昇華』できた俺。しかし一緒に修行をしていたマリーさんはやはりというか、『昇華』するには至っていなかった。


「やはり魔力の属性が原因じゃろうな」


 そう言って冷静に分析するマリーさん。彼女は……というかマリーさんに限らず、ほぼすべての人類は基本的に魔力に何かしらの属性を帯びている。マリーさんの場合は四大属性である火・水・風・土のすべてを、リリーなら氷属性に時空間属性、イリスなら光属性……といった具合に。

 むしろ無属性しか使えない俺が異端だったのだ。そして異端だったからこそ、俺は『昇華』という通常はなしえない進化を成し遂げることができた。

 これは本当に奇跡なのだ。無属性であるということ、そして努力をすればするだけ報われるという異能【継続は力なり】のどちらか一つでも欠けていたら、俺は『昇華』することができなかったに違いない。そして『昇華』できなければ、マリーさんを救う手段も存在しなかった。

 その場合、マリーさんは自身の運命を受け入れて永遠に世界樹の地下で魔王の遺骸を封印し続ける役目を全うしていたことだろう。

 何十年も、何百年も。もしかしたら何千年もそこにい続けたのかもしれない。そのためのハイエルフの寿命だ。ハイエルフは長寿とはいっても普通に老いるエルフとは違って、事実上、寿命という概念から解放されていると表現しうるほどに長生きだ。

 もちろん不死というわけではないが、俺のような人族と比べたら途方もない長い時間を生きることになる。

 たった一人で、孤独に苛まれながら。


「……でも、最大魔力量は増えたね」

「そうじゃな。自分でも信じられないくらいじゃ」


 『昇華』することことそ敵わなかったものの、マリーさんの魔力量はここに来る以前と比べて圧倒的に増加している。

 前は五万とそこらであった彼女の魔力は、今では一〇万程度はあるだろう。『昇華』する前の俺すらも超える量だ。やはりマリーさんは魔法に関しては天才だな。


「とりあえず、俺が『昇華』できたんだから当初の目的はこれで達成できる。何も問題はないよ」

「そうじゃの。……エーベルハルトよ、礼を言うぞ」

「まだ魔王の遺骸を制御できてないんだ。お礼を言うには早いよ」


 色々と強化されたりもしたが、あくまで『昇華』は手段にすぎない。目的は、魔王の遺骸から撒き散らされる禍々しい負の魔力を、正の魔力でもって相殺することだ。

 そうすることで俺達は遺骸を皇国に持ち帰ることができ、結果として世界樹が不要になる。

 そうなれば俺達の勝ちだ。マリーさんは解放され、戦略的価値を失った世界樹を公国連邦が占領し続ける理由もなくなる。

 未だに抵抗運動の根強い旧エルフ領だ。そんな厄介な土地を、連邦が自ら進んで保持し続けようと考えるかは疑わしい。仮に連邦が旧エルフ領を固守するにしても、皇国うちとしては随分とやりやすくなるのは間違いない。


「さあ、世界樹に戻ろうか」

「うむ。そうじゃな」


 リンちゃんやピーター君とはここで一旦お別れだ。別に召喚しようと思えばまたいつでも召喚できるんだが、ひとまずはこのあたりでお暇するとしよう。


「じゃあ、またね。リンちゃん」

「ぴゅい」


 そばにいて見守ってくれていたリンちゃんとピーター君に軽く別れを告げつつ、俺とマリーさんは召喚魔法の応用で現実世界に繋がる逆・召喚魔法陣を生成する。


「――――帰還!」


 真っ白な光が周囲を照らす。身体を包み込んでいた空気が、濃密な魔素を帯びた空気から懐かしい元の世界の空気へと変化する。



     ✳︎



 どこかひんやりとして湿気を帯びた空気。ああ、これは……世界樹の空気だ。


「よく帰りました、二人とも。――――どうやら無事に『昇華』できたようですね」


 俺のほうを見つめながら、そう出迎えてくれるマリアナさん。彼女としても、自分の子孫が悲しい運命に縛られるのは本意ではないのだ。そこから救われる可能性が濃厚となれば、自然と笑みも浮かぶというものだろう。


「ただいま」

「ご先祖様よ。帰って早々で申し訳ないが、今はどれほど時間が経過した?」

「あっ」


 マリーさんの質問でハッとさせられた。そういえば今はまだ軍の潜入任務の途中だった筈だ。随分と長い間、神獣界あっちにいたからすっかり忘れていた。


「あなた達がこの世界から消失して、再び戻ってくるまでに経過した時間――――昔と今では時間の単位が異なるので伝わるかはわかりませんが、七二〇〇分の一刻ほどの間隙かんげきがありました」


 そう教えてくれるマリアナさんの言葉に俺とマリーさんはしばし沈黙して、それから思いっきり瞠目した。


「「一秒⁉︎」」


 ありえない。なにしろ俺達は神獣界で数週間は生活していたのだ。いくら時間の流れが異なるからといって、それでは差が大きすぎるだろう。

 それに、もし本当にそのくらい時間の流れに差があるのだとしたら、リンちゃんの実年齢が跳ね上がることになる。俺よりも後に生まれたにもかかわらず、気づいたら俺より歳上になっていた――――なんて俺は嫌だ!


「心配には及びません。神獣界とこちらの世界では時間の流れ方が違うとは言いましたが……それは各々の世界で流れる早さが違うという意味ではなく、時空間が別系統であるという意味なのです」

「?」


 意味がわからない。つまりどういうことだってばよ?


「わかりやすく言えば……そうですね。私達と神獣達は、それぞれがまったく別のという名の川に流されているのです。二つの川は交わることがありません。ですが流れに乗っている以上、遡ることもできません」

「ふむ」


 マリーさんもこれに関しては初耳なのか、食い入るようにご先祖様マリアナさんの話に聞き入っている。


「ここで片方の川から陸へと上がり、もう一方の川へと向かうのが、我々の言う『召喚魔法』に当たります」


 と、そこでマリーさんが待ったをかける。


「しかしご先祖様よ。それでは向こう側の川でもまた時間が進んでいるのでないか? 陸を歩いている間も川は流れ続けておるじゃろう」

「少し理解が異なります。川の流れとはすなわち、時間が流れゆくものであるということの比喩メタファーです。我々が抱く『時間』の概念に近いのは、流れそのものではなくむしろ川から見える景色と言えるでしょう」


 要するに、とはあくまで時間が不可逆であることを示すための比喩であって、大事なのはそこではなく、川の上流・中流・下流のどこにいるのか――――すなわち「今」が「いつ」なのか、であると。


「片方の川から陸に上がり、もう片方の川へと向かう時、わざわざ川の流れと同じ速さで下流に向かって歩くことはしないでしょう。そのまま最短距離を、垂直方向に真っ直ぐ進むのではありませんか?」


 ゆえに両方の世界を行き来する際にはタイムラグが存在しないのです、とマリアナさんは言う。


 つまりだ。今、俺が神獣界へと飛んだとしよう。その際に俺は神獣界へ最短距離でジャンプしている。現在進行形で隣り合わせになっている時間帯へと転移しているわけだ。


「……だが再び元いた川へと戻る時、かつての出発地点である上流に向かって歩けば――――」

「元いた川から見える景色が変わることはない、と」


 要するに、元の世界から見れば時間が経過していないのと同じになるわけだ。

 こちらの世界と神獣界では、世界線が違う。異なる時間軸に滞在している間の時間の経過は、元の世界では反映されないのである。


「端的に言えばそうなります。まあ、一度経験したことのある時間軸には戻れないけれど、未だ経験していない時点までであれば戻れるということですね。だからもう一度神獣界に飛んでも数週間を過ごした事実は変わりませんし、こちらの世界でも『神獣界に飛んだ』という事実は覆りません。――――これ以上は複雑な時間的空間的構造への理解が必要となるので、口頭では踏み込んだ説明は難しいですね」


 そう言って微笑み、講義を終えるマリアナさん。流石、マリーさんのご先祖なだけあるな。魔法に関する知識が途方もなく深い。


「……また新たに魔法学院の教授連中へ論文を送りつけてやる必要が出てきたの。やれやれ、せっかくこっちの問題が片付きそうじゃというのに、厄介なことじゃな」

「幸せな悩みじゃないか、マリーさん。これに関しては時空間魔法の使い手であるリリーを呼んでもいいかもね」


 俺の愛する嫁であるリリーなら、時空間魔法に慣れているだけあってこの手の話への直感的な理解が得られるかもしれない。


「あとメイル・アーレンダールじゃな。あやつもこの手の抽象的な理論には強かろう」

「メイか。確かにあいつなら世紀の難題ですら、ものの数分で解き明かしかねないよなぁ……」

「二、三度、あの巨乳赤毛娘の研究論文を読んだことがあるが……あやつの頭の出来は控えめに言ってさえ化け物級じゃな」

「巨乳赤毛娘って」


 メイのずば抜けた頭の良さは、このマリーさんをして「化け物」と言わしめるほどらしい。それは夫として、幼馴染として誇らしいので別にいいんだけど……いいんだけどさぁ。

 同じロリ枠だからって、胸の大きさを揶揄やゆして張り合おうとするんじゃないよ。メイに胸部装甲の豊かさで勝てる人間なんて、俺の身の回りには皆無と言っていいほどにいないんだから。なにしろあいつの胸は、でかすぎる。


「しかし奇乳やら魔乳やらではない、ちゃんとした美乳の域を出ないんだから素晴らしいよなぁ」

「(妾も多少は大きくなってきたつもりなんじゃけどなぁ……)」


 どこか物悲しげに、自分の二次性徴期に突入したばかりの胸部を抱いてそう呟くマリーさん。俺は紳士なので、そんないたいけなお師匠様をフォローすることも忘れない。


「あっ、もちろんマリーさんの慎ましやかながら可能性に満ちたお胸様も大好きですよ」

「やかましいわ、この色ボケが」


 どうやら俺の身の回りでは一番胸が小さめであるということに、少なからぬコンプレックスを抱いているらしいマリーさんであった。そんなマリーさんも可愛いよ!










――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 これ書いてる途中に色々と考えてみたんですが、もし仮に現実世界と神獣界を数百人単位でランダムに行き来しまくったら世界線が分岐しまくって諸々終わるんですよね。

 なので矛盾が起きないよう、現実世界に召喚された神獣諸氏は、わざわざ帰還の際に(本能レベルで)神獣界の下流へ向かって移動しています(つまりこちらの世界で過ごした時間分があちら側に反映されている)。


 ご都合展開満載なんですが、こうすることでしか矛盾を解消できませんでした。世界間移動をしたのはエーベルハルトとマリーさんが初めてですし、それなら問題ないかなぁ……なんて。

 小難しいことをそれっぽく描写したかったってことでどうかご容赦願えませんかね……。


 もっと性能の良い頭脳が欲しかった(切実)。




                       常石及

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