第396話 魔導飛行艦運用計画・その二

 魔導飛行艦の強みはまだそれだけではない。


「魔導飛行艦は、それ自体が既に兵器として脅威たりうる」


 そう言うのは、俺の副官にして戦術魔法中隊では唯一の佐官であるイリスだ。


「魔導飛行艦は輸送機としても優秀だけど、敵地上軍の攻撃が届かない上空から物を落とすだけで充分に敵部隊を撃破しうる位置的優位性を有している。……石とか落とせば、敵は普通に死ぬよね?」

「まだ実用高度がどの程度かはわからないから厳密にはなんとも言えないけどな。イリスの言う通り、位置エネルギーはそれだけ強力な武器たりうるだろう」

「なるほど……。確かに要塞に立て篭もった兵が、要塞を攻略せんと城壁をよじ登る敵兵に対し石や岩を落とす場面は実際にこの目で見たことがございますな」


 軍歴二五年以上の大ベテランであるアイヒマン中尉が、自身の経験をもとに頷いている。


「落とすのは、石や岩ではなく最新鋭の爆弾になるんだろう? なら、威力は想像以上になるよな」


 レオンさんこと、ホフマイスター中尉が感想を述べる。爆撃の概念がまだ無いこの世界において、ほとんど初めて航空爆撃という攻撃手段が言及された瞬間だった。


「あと、艦砲射撃のほうも効果的ではないか? 空を飛べるということは、山に登って観測をしなくとも敵陣を一望できるのだろう?」


 騎士学院上がりのハーゲンドルフ少尉が、高度を取ることの優位性を指摘した。

 騎士学院とは、本来は主君たる王族や貴族を護衛するために高い知性と実力を兼ね備えた近衛騎士を育てる教育機関だったのだが、ここ数年はそれまでの伝統的な騎士教育に加えて、激変する軍における幹部候補生の育成も兼ねるようになっていたのだ。

 おかげで士官学校の出身ではないにもかかわらず、下手な士官候補生よりもよほど優秀な軍人としての資質・能力を持っているギルベルトさんであった。


「よく気づいたな、ハーゲンドルフ少尉」

「お褒めに与り光栄です。しかし基礎基本ができていれば、この程度のことなど誰でも思いつくでしょう」

「その基礎基本ができているという部分が、既に得難い才能なんだよ」


 基礎となる知識を単に覚えるだけではなくて、それを自らの血肉として吸収していなければ、こうはいくまい。遠距離狙撃型の魔法や、最新鋭の「ファーレンハイト砲」の運用術をことごとく知り尽くしていなかったら、先ほどの発言とて出てこないに違いないのだ。


「恐縮です」


 なんとも騎士らしく、謙虚な人間だ。しかも変に卑屈というわけでもない。軍で数年を過ごしてみて肌で感じていることだが、こういう人間は信用できる。


「よし、内容をまとめるぞ。イリス」

「うん」


 副官として皆の発言をメモしつつまとめていたイリスを促して、総括に入る。


「魔導飛行艦に求める役割は主に三つ。一つ目がハルトの……ファーレンハイト准将が効率的に移動するための交通手段。二つ目が、少数精鋭の部隊を地形や距離にかかわらず迅速に展開するための輸送機としての役割。そして最後の三つ目が、上空を飛行するという位置的な優位性を最大限に活かした、移動型要塞としての役割。――――これで良い?」


 実にわかりやすく簡潔に述べたイリスが、皆の顔を見回す。そのまとめを聞いた幹部連中の顔は一様に強気な笑みで満ちていた。


「では、この三つの役割を主軸に据えて、最適な部隊の編成を行いたいと思う。……アイヒマン中尉」

「は」

「新規に採用する兵科ならびに人員の選定は、貴官に一任する。採用するかどうかの最終的な判断はこちらでするが、そこに至るまでの採用活動に関してはそちらで進めてもらって構わない」

「了解です」


 実に見事な敬礼をするアイヒマン中尉。肩の力を抜いた滑らかな敬礼が、彼の歴戦の実力を何よりも雄弁に物語っている。


「ハーゲンドルフ少尉」

「はっ」

「貴官はアイヒマン中尉を補佐しつつ、魔導飛行艦の最適な運用法について研究を行ってくれ。地形や彼我の戦力差ごとに戦術は変わってくる筈だ。そういった各種ケースに基づいた研究を、できるだけ多く頼みたい」

「できるだけ、ですか」

「そうだ。できるだけだ」


 つまりは限界まで研究し尽くせ、ということである。そんな無茶振りをされたハーゲンドルフ少尉はといえば、まだ若干肩に力の篭ったぎこちない敬礼とともにハキハキと了承の意を伝えてきた。


「はっ。本官にあたう限りの研究活動を行います」

「よろしく頼む」


 彼はまだ軍人としての経歴は浅いが、騎士学院では座学・実学ともに成績優秀だったと聞く。きっとうまいことやってくれるに違いない。


「ホフマイスター中尉」

「は」

「貴官には、補給線が寸断されてしまった場合を想定して、鋼魔法等により砲弾を自給自足する手段を開発してもらいたい」

「難題ですね」

「レオンさんは、鋼魔法の名手でしょう?」


 あえて私的な砕けた口調でそう煽ると、レオンさんことホフマイスター中尉はニヤリと笑って答えた。


「魔の森時代からさらに進化した鋼魔法の実力を、とくとご覧に入れてみせるといたしましょう」


 そう言って敬礼するホフマイスター中尉。五つも歳上とは思えないほどの茶目っ気に苦笑しながら、俺はイリスのほうへと向き直る。


「シュタインフェルト少佐」

「はい」


 普段はなあなあになっているが、こうやって軍令を伝える時だけはお互いに軍人らしい口調になる俺達である。


「貴官は彼ら全員の取りまとめ役だ。本官はこれから魔導飛行艦の監修作業ならびに新戦術の運用研究に注力することになる。貴官には自身の魔法適性等を踏まえた魔導飛行艦の運用研究を独自に行いつつ、全体の進捗状況を適宜管理、調整してもらいたい」

「了解」


 簡単に言えば、丸投げである。佐官であるイリスには、そろそろ部隊全体を指揮する経験を積ませたいと思っていたところだ。せっかくの機会だし、ここでイリスにプロジェクト全体を指揮させてみて、彼女の経歴に実績を一つ付けてやろうと思った次第である。


「頼んだぞ」

「うん。任せて」


 戦闘だけでなく、こういった事務仕事も板についてきたイリス・シュタインフェルト・ファーレンハイト少佐。彼女が昇進する日も、俺同様に近いに違いない。






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