第397話 故郷の味

 戦術魔法中隊の幹部会議を終えた日の夜。俺は皇都市街地の中心部をゆったりと歩いていた。

 国際情勢こそ緊迫しているものの、夜の皇都は煌びやかなものだ。建物の窓から漏れる色とりどりの明かりが街を照らし、幻想的な夜景を作り上げている。


「夜の皇都も悪くないな」


 魔力で光る街灯が整備された中心街は、日が暮れても人通りが多い。道行く人達は皆楽しげだ。仕事を終えて一杯引っかけに行く者、連れ立って歩く恋人達。そしてこれからが書き入れ時だとばかりに、そんな人々を呼び込む店の従業員達。

 世界に冠たる皇都の夜は、この世界で最も活気が溢れていることだろう。


「そこの軍人さん! これ、買っていかねえか?」

「うん?」


 呼び止められて振り返ってみれば、商魂たくましい出店のおっちゃんが串焼きを焼きながらうちわで良い匂いのする煙をこちらへと流してくる。近寄って見てみれば、それはハイトブルク名物の異国風スパイス肉ではないか。


「おっちゃん、これは?」

「こいつは北都ハイトブルクで流行りの異国風スパイスを利かせた串焼きだぜ、軍人さん。知ってるか?」

「知ってるも何も、ハイトブルクは俺の故郷だよ」

「おお! 軍人さんはハイトブルクから上京してきたのか! 皇都はどうだ? 人はちと多いが、なかなか楽しいだろ」


 煙をパタパタこちらにやりつつ、親しげに話すおっちゃん。いつぞやの串焼き屋の店主を思い出すなぁ。


「皇都生活も随分と長いからな。この人の多さにも、もうだいぶ慣れたよ」

「そうか、そうか!」


 一二歳の時に特魔師団に入団してから、皇都とハイトブルクを行ったり来たりの生活をしているからな。特に魔法学院に入学してからのこの半年間は、ほぼずっと皇都に住んでいる。生まれ育ったハイトブルクも悪くないが、今では皇都の生活もすっかり気に入っていた。


「おれもなぁ、ハイトブルク育ちでよ。これは従兄弟の兄貴から教わった味なんだよな」

「従兄弟……もしかして、ハイトブルクの美食通りで店をやってる店主のおっちゃんか?」


 幼い頃から親しんでいる串焼き屋のおっちゃんは、ハイトブルクの目抜き通りから一本外れた「美食通り」なるグルメストリートで肉バル風の店を数年前に開業している。ハイトブルクに帰省する度にそこに寄っているが、相変わらずあそこの肉はうまくて最高なのだ。


「おお、まさにそこだよ! なんだ、軍人さん。兄貴を知ってるのか?」

「まだ店を構える前の露店時代から常連だよ」

「がはは! こいつはなんつーか、世界が狭いな。よっしゃ、少しだけサービスしてやろう」

「じゃあとりあえず今焼いてるのを全部貰おうかな」

「うっし、端数はオマケだ」


 何本か分をオマケしてもらいながら、俺は今焼かれているものを買い占めることにした。

 一本だけその場で食べて、あとは紙袋に包んでもらう。残りはインベントリへ入れておこう。インベントリの中に入れておけば冷めたり悪くなったりすることもないし、いつでも好きな時に食べられるのでこういう時に買っておくに限るのだ。

 この串焼き肉は蒸留酒にもエールにも合うので、お土産で持ち帰ったら皆喜ぶだろう。惜しむらくは、ワインには合わないところか。まあ、この味ならワイン抜きでも充分やっていけるに違いない。ハイトブルクのおっちゃん譲りの味は、しっかり美味だった。


「おっちゃんはいつもここで?」

「そうだな。もう少ししたら店を始める金が貯まりそうなんだが、まだ数ヶ月はかかりそうだ」

「そうなんだ。うまかった。また来るよ」

「おう、毎度あり!」


 今度、仕事終わりにでもイリスを連れてくるとしよう。最近はあんまりイリスとの時間を取れていなかったから、二人っきりの時間を取り戻さなくてはな。

 ……ただ、今日だけはそれはお預けだ。今夜はマリーさんのお家に行く約束をしている。そろそろマリーさんも仕事を終える頃だろう。

 もうすっかり暗くなった道を急ぎ足で歩みながら、俺はマリーさんのお家がある方面へと向かうのだった。







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