第218話 勘違いと、プロポーズ

「どう?」

「綺麗だよ。似合ってる」

「ふふ、ありがと」


 時刻は夜。夕食を済ませ、風呂に浸かって後は寝るだけになった俺達は、先日オーダーメイドで注文し本日出来上がったばかりの東方絹のワンピースのお披露目会をしていた。

 シンプルなデザインではあるが、逆にシンプルであるからこそ素材の高級さが滲み出るというものだ。加えて、細部の目立たないが上品な意匠があることによって、シンプルなのに作り込まれた印象を抱かせている。あの店主のおばちゃんは相当な腕の持ち主だ。あれなら皇都の貴族連中相手にだって充分やっていけるだろう。現に、こうして皇国を代表するような大貴族が二人、ちゃんと満足しているのだから。


「肌触りがすごくいいわ」

「どれどれ」


 誰の目を気にする必要も無い密室だ。俺はリリーの腰に手を回し、抱き寄せるようにして黄金に輝く白の生地に触れる。露天に並んでいる時は手でしか触れなかったが、こうして手以外の素肌で触れるほうがダイレクトに生地の質の良さを感じられて良いかもしれないな。


「あっ、ちょっ。ハル君! どこ触って、あっやっ」

「ほほほ、良いではないか。良いではないか」

「んっ、はぁっ……んっ」


 そのままリリーを押し倒して、俺は営みをおっぱじめる。買ったばかりのワンピースがしわにならないよう丁寧に脱がせつつ、リリーを裸に剥いてゆく。夜はまだまだ長い。




「足腰が……立たない……」

「いやー、すまん。やり過ぎたな」

「休んでる筈なのに、全然休めてないわ……」


 ただでさえ若い上に職業は体力勝負の軍人で、加えて無属性回復魔法である程度の疲労は自前で回復できてしまう俺の夜の猛攻は、いたいけな少女にすぎないリリーには荷が重すぎたようだ。あっという間に陥落して一晩中俺にトロットロに溶かされまくっていたリリーが、元気の無い顔のままこちらを非難がましい目で見てくる。


「もう一泊しようか」

「そしたらまたこうなるでしょ!」


 や、別にこれも悪くないんだけど、と地味に嬉しいことを呟きつつ、布団にくるまるリリー。あの白く柔らかい肌を散々蹂躙したのかと思うと、征服欲と支配欲と愛情がごちゃ混ぜになった黒い感情が湧いてきてなんだか闇堕ちしそうだ。


「ふぁ……。とりあえずもう一眠りするわ」

「おやすみー」

「……イタズラしないでね」

「触るくらいに抑えとく」

「……ン」


 布団の中から右手だけを出して、俺に差し向けてくるリリー。その手を握ってやると、リリーもまた握り返してくる。


「これでイタズラできないわね」

「あ……、そうだな」


 だが、これはこれで良いものだ。イタズラはできないが、その分しっかりとリリーの温かさを感じられる。


「どれ、俺も付き合うとするかな」


 別に眠くはないが、こうして愛する人と一緒に惰眠をむさぼるというのも悪くはないだろう。最高に贅沢な時間の使い方をしつつ、俺達の午前の時間は流れてゆく。




「忘れ物は無い?」

「無いよ。まあ、あってもまた転移魔法で取りに来ればいいし問題は無いね」

「じゃあ、帰りましょうか」


 チェックアウト時間ギリギリまでのんびりとしつつ身支度を整えた俺達は、数日間を過ごした宿を出る。数日前の夜、ここのスイートルームで初めて俺達は一つになったわけだか、思い出の場所となったここに再び訪れることはあるだろうか。


「また来ましょ」

「そうだな。また来ればいいよな」


 どうやらリリーも同じことを考えていたらしい。もうすっかり夏になったマルスバーグの日を浴びて金色に輝く髪を靡かせながらそう言うリリーの姿は、なんだか少し大人びて見えた。



     ✳︎



「なんかお二人とも雰囲気変わったでありますな」

「「えっ」」


 ファーレンハイト家皇都邸宅に戻った俺達を出迎えたメイが、帰ってきた俺達を見て早々にそんな鋭いことを言う。


「なんか大人っぽくなりま……ッッッ! もも、もしやっ! 二人とも大人の階段を登られたんでありますか!?」

「あー……」

「…………」


 なんて言おう。メイに嘘は吐きたくない。ただ、俺はメイにもプロポーズをしようと思っている。そんな相手に、幼馴染で許婚とはいえ「別の女とエッチしてきたよ」などとあっけらかんと言える奴がいたら、そいつは本物の勇者だ。もちろんそれには「蛮勇の意味での」という枕詞が付くが。


「そうなんですね……。お二人は…………うわーーんっ、ハル殿の馬鹿ぁああああ」


 ただ、なんて返そうか迷っていた俺達の微妙な反応からすべてを悟ったメイが、俺達を祝福すべきという気持ちと自分の恋心との間で板挟みになり、最終的に珍しくメイが俺を罵って(本当に珍しく、直接的に俺を罵倒する言葉をメイが口にしたのは数年ぶりだ)複雑な表情のままどこかへと駆け出していってしまったのだった。


「これは……修羅場になるのでしょうか……」

「……いや、貴族なんて側室の一人や二人くらいいるものだし、メイルなら私は全然良いから、修羅場には当たらないと思うわよ」

「そ、そうだよな」

「メイは一応、身分的には平民だから、結婚といったら一夫一妻制だと思い込んでいるのかもしれないわね」

「それは盲点だ」


 そんな当たり前のことが盲点になってしまうあたり、俺もすっかり異世界貴族のクソハーレム野郎価値観が定着してきたというものである。


「とりあえず、あとでフォローしとくか」

「恋する乙女を悲しませたのよ。今行って来なさい」

「はい」


 心の広い正妻様のご指導を賜った俺は、情けない面をしつつメイを探す旅に出る。まあ、あいつのことだ。工房か俺の部屋のどちらかにいるに違いない。一緒にいる時間だけならリリーよりも長い俺には、そのあたりのことは完全にお見通しなのである。




「ほら、やっぱりここにいた」

「ぐす……、ハル殿……」


 変態巨乳ドワーフ娘はといえば、俺の布団にくるまって枕を涙で濡らしていた。これ、女の子がやっているから可愛く見える光景だが、男がやったら普通に犯罪である。人の布団に勝手に潜り込むんじゃあないよ!


「……お二人は、ついに結ばれたんですね」

「まあな」


 布団から起き上がって俺に向き直りつつ、目を合わせずにそう訊ねてくるメイ。その声音からは、いつもの元気さが感じられない。


「ハル殿がいつかリリー殿と結ばれることはわかっていました。……そして私が身分違いの感情をハル殿に抱いていることも」

「メイ」

「私はハル殿のことが好きです」

「……メイ」


 ……俺よ、この台詞を女の子に言わせちゃダメだろう。時代遅れかもしれないが、こういうのは男の俺から言わないといけないんだ。


「俺も、メイが好きだよ」

「わかってます。でも違うんであります。私の言うは、結婚したいほうのなんであります」


 メイが真剣な顔で、しかしどこか諦めを含んだ切ない目で俺を見てくる。


「ハル殿、私はハル殿を愛しています。でも結婚が難しいこともわかっています。……だから、一晩の過ちでもいいです。私と、私と「メイッ!」……」


 これからプロポーズする予定だった女の子を悲しませるだなんて、俺もハーレム経営者失格だな。しかも相手は長年連れ添ってきた幼馴染なのに、だ。


「メイ」

「な、何でありましょうか」


 本来ならもっとロマンチックに行きたかったが、言うなら今、このタイミングしかない。俺は深く息を吸って吐くと、インベントリから小さな箱を出し、メイに渡しながら言った。


「結婚しよう」

「はい。………………はい?」


 メイは混乱している。


「えっ、ハル殿? 今、その、何と?」

「結婚しよう、メイ。愛してる」

「………………えぇえええ!?」


 そのまま箱の中から結婚指輪を取り出し、メイの薬指に差し込む俺。サイズは事前に測ってあったので、合わないということはない。

 俺の指輪を拒むことなく、まるで夢でも見ているかのようなふわーっとした顔で無言のまま自身の薬指を眺め続けるメイ。


「メイ」

「ふぁいっ!」


 ようやく現実を少しずつ受け止められたのだろう。メイは真っ赤な顔で飛び上がって返事をする。


「こんな俺で良ければ、末長くよろしく頼むよ」

「は、ハル殿ぉぉお〜〜〜〜っ!」


 先ほどとはまた別の意味で涙を流しつつ、俺に抱き着いてくるメイ。彼女の小柄な体格の割にはマイヒロインズの中でも最大の双子山が俺の顔面に押し付けられ、俺の呼吸器官を塞いで致死級のダメージを与える。


「むぐぅっ!」


 柔らかく、そしてでかい胸を鷲掴わしづかみにして辛うじて酸素の通り道を確保すれば、ほんのりとチョコレートのような甘い香りが鼻腔を経由して肺いっぱいに侵入してきた。

 メイはといえば、感極まるあまり俺に抱き着くことに夢中で、不可抗力とはいえご自慢のお胸様が揉みしだかれまくっていることに気づいていない。それともあれか。散々俺が揉みまくるから、いい加減慣れてきて反応すら寄越さなくなったのか。

 いずれにしろ、俺とメイの付き合いはまだまだ長いものになりそうだった。





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