第294話 エリザベート防具店

 何も言っていないのに一発で俺達が軍人だと当ててきた防具屋のお姉さん。いったい何故わかったのだろうか?


「冒険者だと普通は軽くて安めで比較的買い替えやすい革の鎧を買っていくし、傭兵さんはもっと雰囲気がギラギラしてるからねぇ〜。軍人さんは極秘任務とかにもつくことがあるから、ああいう風に私服っぽいデザインの特殊防具が人気なんだよねぇ」

「こりゃあ一本取られましたね」


 そう言って素直に店員さんを褒めて暗に正解だと認める俺。若いのにこれだけ見る目があるってことは、このお姉さんは……もっと言うならこの店はなんだろう。まあ、流石にどの部隊に所属しているかまでは言わないけどな。


「これからも贔屓にしてくれるなら、勉強させてもらうよ〜」

「それは商品次第かな?」


 商魂たくましいお姉さんに対してそうは言いつつ、次からもここで買うことになりそうな予感がしている俺である。お姉さんが渡してきた服を手に取って、俺もまた試着室へと入る。


「む、これは……軽いな」


 着替えてみるとわかる、その驚きの軽さ。防刃・耐魔素材というからにはそれなりに重たくてゴワゴワしているもんだと思っていたが、実際に着てみると軽くて柔らかいので、かなり動きやすそうだ。特魔師団の制服と比べてもまったく引けを取らない。ただ……


「これ、どのくらい防刃効果があるんですか?」


 動きやすそうな分、防御力がどの程度あるのかが完全に未知数で不安だ。試着室から出てその点を訊ねると、似たような質問はどの客もするらしく、お姉さんはカウンターの向こう側から一枚の布を取り出してきて説明を始めた。


「軽いから不安に思ったでしょう? これを見てほしいんだよね〜」


 そして同じくカウンターから持ってきたナイフを布に押し当てるお姉さん。


「この布はその服に使われているのと同じ素材なんだけどね。……ホラ! 鉄製のナイフくらいなら傷一つ付かない優れものだよ」

「これは凄いな。かなり質が良い」


 素直に驚いていると、お姉さんは照れたようにはにかみながら話を続けた。


「この生地は市場でも流通している数が少ないから、卸元から認められた優良店じゃないと扱わせてもらえないんだよねぇ〜。つまりうちは信頼のおける名店ってことだよ! ……とはいってもまあ、流石にミスリル製の剣とかで斬ると切れちゃうけどね」


 目抜き通りに面した店だったから適当に入ってみただけだが、どうやら当たりの店を引き当てたみたいだ。


「加工にもミスリル製の道具とか特殊な設備とかが必要だったりして、どこでも扱えるわけじゃないんだよ。うちは仕立て屋も兼ねてるからオーダーメイドだってできるんだよ。……どうだい? うちを贔屓にしたくなっただろう?」

「負けましたよ。文句なしです」

「だろう? えへん。お兄さん良い人だからお安くしておくよ〜」


 特殊素材で出来ている服なので当然ながらお値段のほうはそれなりにするのだが、俺やイリスの稼ぎならほとんど問題にはならない。とはいえまあ、安くしてくれるというのならありがたく厚意を受け取っておくとしよう。それに安くしたとはいっても、店側が赤字になるほど割り引かれるわけではない。こういう店に潰れてほしくはないので、どうせならもう二、三点買っていこうかな。

 などと考えていると、イリスが試着室から出てきた。上下ともに特殊素材の防刃洋服に着替えている。


「どう?」


 その場でくるりと回って俺に感想を求めてくるイリス。白のチュニックとデニム風のパンツの組み合わせが良い感じに対比構造になっている。大人っぽい落ち着いたデザインがイリスのしっとりとした雰囲気に見事マッチしており、彼女の魅力をより引き立たせていた。パッと見では戦闘用の服だなんてまったくわからない素晴らしいコーディネートだ。普通にデートの時にも着ていけるナイスデザインである。


「とてもいいね。イリスらしさがちゃんと出てて似合ってるよ」

「ハルトもよく似合っている」


 俺のほうは、上品な印象を抱かせるワイシャツにカーキ色のチノパンだ。いつもと似たような服装ではあるが、なかなか悪くないチョイスだと思う。


「お姉さん、これでお願いします」

「毎度〜!」


 試着してみたものはどれも気に入ったので、すべて購入することに決める。ついでにこの店が気に入ったのでオーダーメイドの服も頼むことにした。


「俺と彼女の分のオーダーメイドもお願いできますか?」

「もちろんだよ! どんなデザインが良いとか、希望はあるかな?」


 イリスのほうを見ると、彼女はしばらく悩んでから希望を口にした。


「コンサバティブな感じの、スラッとしたパンツとブラウスの組み合わせが良い」

「俺もそれに合わせて、同じく私服として使えるワイシャツでお願いします」

「了解! じゃあ採寸しちゃうからこっちに来てもらってもいいかな?」


 防具屋だということをすっかり忘れて服選びに没頭する俺達。俺としては凄く楽しいし、イリスも自分からこの店を選んだだけあってかなり楽しそうだ。こういう都会でしかできないデートというのも良いもんだな。




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