第39話 忍び寄る魔の手
2020/5/8 第35〜38話を大幅加筆、改稿しました。こちらを読む前にそちらから読んでいただけると幸いです。
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「何ぃ! 誘拐だと?」
「うん。イマイチ要領は得ないけど、話を聞く限りどうもそうとしか思えなくて」
「坊主、そりゃ本当なんだろうな? 大人をからかうと後が怖いぞ」
「あー、そりゃまあそうなるよな」
警邏隊の詰め所に女の子を連れて行ったはいいものの、俺達が子供なのであまり信用してもらえない。仕方がないのでポケットから家紋入りキータグを取り出して、お貴族様権限を発動させる。
「この紋所が目に入らぬか?」
「失礼しましたァ!」
「わかればよろしい。あとちゃんとこの子を保護してくれたら先ほどの無礼は不問に致す」
「かしこまりましたっ。……おい、マルコ。エリックを連れてこの子の親を探してこい!」
「了解っす、隊長」
「あっ、じゃあ自分は外回り行ってきます。この子を探してる親がいるかもなんで」
「待て、ジョン。その前にこの子の名前と親の名前を聞いてからだ」
「うっす」
どうやらちゃんと真面目に仕事はしてくれるようだ。警邏隊に所属しているだけあって、職業意識はそこそこ高いのだろう。
「それで若様。この子はどこで見つけられたんですか?」
先ほどとは打って変わって、礼儀正しく事情を聴取してくる警邏隊の隊長。いつの間にかお茶まで出されていて、メイなどは隣でお茶請けの菓子をバリバリ食べている。何というか、俺が言うのも変だが図太い奴だ。
「倉庫街があるでしょう。あそこの4番倉庫だったかな? 鍛冶屋町とは反対方向だったから、確かその辺だよ」
「なるほど。となると住宅地区が近いですね。市民相手に身代金を請求するとも思えないので、違法な奴隷狩りでしょうかね?」
「その手の輩は前の取締令で掃討されたんじゃなかったのか?」
皇国において、奴隷は犯罪奴隷と戦争奴隷、そして借金奴隷の三種類だけだと決められている。そして人を奴隷の身分に落とせるのは皇帝と裁判所だけだ。それ以外の奴隷は全て違法な奴隷である。
つい一年ほど前に、奴隷にされてしまった無実の人間を救うため、全国的に御触れが出て、違法奴隷は全て解放された筈だった。奴隷取引も皇国から認定を受けた業者しか行えないことになっているのだが。
「その筈なんですがね。地下組織なんてのはどこにでもいるものです。国内が無理でも、国外に売り捌いてしまえばバレやしませんから。……もしかしたら、旧いのがいなくなって隙ができたところを狙って、チャンスとばかりに余所からやって来たのかもしれません」
「とんだ傍迷惑だな。現にこうして被害が出ている訳だし、夜中も含めて人の目が無いところをゼロにするようにしてくれ」
「努力はしますが、いかんせん人員が足りないです。完全には難しいかと」
「それこそ臨時予算でも組んで冒険者とかを雇うか?」
「それだと犯罪者を警戒させてしまいますよ。まあ、この子を取り逃がした時点で
「警戒して尻尾を出しはしないか……。厄介な……」
「警邏隊にできることと言えば、街の出入り審査をもっと厳しくするくらいですかね」
「そうだよな。そこは徹底してくれ。俺もオヤジには話しておく」
「助かります」
詰め所の隊長と話していると、外回りに出ていたジョンという隊員が女性を連れて戻って来た。
「この子の親御さんと思しき人を見つけました」
「アニー!」
「ママ!」
アニーと呼ばれた女の子は母親に飛びついて泣き出す。母親もアニーを抱き締めて泣いている。
「よかったでありますな」
「そうだな」
今回は無事に終わったからまだ良いが、毎回そうなるとは限らない。これまでにも顕在化しなかっただけで、似たような事件はあった筈だ。こういう悲劇が起こらないように皇帝は違法奴隷禁止の御触れを出したのに、それを自分の欲望のためだけに守らないとは何とも不愉快な奴らだ。こんな不幸を引き起こす輩は、この街の領主の息子として絶対に許せない。
「俺も何か対策を考えないと」
「犯罪者を見つけ出す方法ですか?」
「それもあるけど、一番は抑止力かな。二度とこの街でそういうことができないように、徹底的に報復する必要があるからね」
俺を敵に回した輩は徹底的に潰されると示せば、少なくともこの街で悪さをする連中は自発的にどこかへ消えてくれる筈だ。誰しも命は惜しい訳だから。
とは言え、報復するためにはまずは見つけ出さなくてはならないので、メイの言うことにも一理ある。倉庫街で見かけた若い男も、遠目でイマイチ特徴が掴めなかったし、俺一人では見つけるのは難しいだろう。仕方がないが、警邏隊や領兵を動員して人海戦術で探すしかない。
「まったく、面倒なことになった……」
『ソナー』以外にも、『盗聴』や『望遠視』といった索敵系の魔法は存在する。「魔法大全 -応用編-」の巻末の方に書かれていたのでまだ習得できていないが、それらを覚えるのも一つの手だろう。
帰ったら早速修行を開始しようと決意する俺だった。
✳︎
「話は聞いている。よくやったな。助かった。領主として礼を言う」
「まあ僕も次期領主だからね。他人事じゃないよ」
「お前ならそう言うだろうと思っていたよ。エーベルハルト、お前は俺の誇りだ」
「アッハァ、照れるなぁ」
「……そういうところもお前らしいな」
オヤジがジトーっとした目で見てくるが、そろそろ壮年の男のジト目なぞ何も可愛くない。正直やめてほしい。
「ハル君すごいわ〜。お母さんが褒めてあげる」
「ありがとう」
「えらいえらい。ご褒美に魔法教えてあげるわね」
「マジで!? それは嬉しいな。何を教えてくれるの?」
「うーん、回復魔法とかどうかしら?」
「やったあ!」
「ハル君は無属性以外は苦手みたいだから、無属性回復魔法になるかしら」
回復魔法と一言に言っても、その内容は実に多岐にわたる。一番ポピュラーなのは無属性で、その次が光属性だ。その下に水属性、土属性ときて、最後に火属性と風属性がくる。生命属性はレアなので、あまり
そして何を隠そう、俺の母親のテレジアこそがA+ランク生命属性魔法士「新緑の聖女」だった。オヤジがSランクの魔法士……というか戦士? だからイマイチ埋もれがちだが、母ちゃんも充分に凄い魔法士なのだ。
オヤジが北将武神流の師匠なら、母ちゃんは魔法の師匠だ。「魔法大全」を読んでたくさん自主練を積んではいるが、やはりオヤジとの訓練の合間に母ちゃんに習った魔力の扱い方や細かいコントロールなどがなければ6歳にしてここまで魔法を使いこなすことはできなかっただろう。母ちゃんの功績は大きい。
「回復魔法かぁ……」
俺はまだ回復魔法は使えない。覚えよう覚えようとは思っているのだが、イマイチ何から手を付けて良いのかわからず、放置している節があった。
――怪我が治せないのなら、怪我をしなければ良いじゃない!
幸いにして【衝撃】という半分チートのような使い勝手の良い固有魔法が使えたので、怪我をしそうになったら俺は逆位相の衝撃波を放って衝撃を緩和したり、あるいは咄嗟の回避に利用したりと、これまでは特に大きな怪我をすることもなく過ごしてきた。
ただ、これからも不意を突かれるなどして怪我をしないとは限らないし、やはり回復の手段が無いというのは地味にハンデである。イージス艦は撃たれないことを前提に設計されているが、撃たれないからと言って装甲が紙では、いざ撃たれた時には沈むしかないのだ。戦艦のように重装甲、それでいて高機動、回避、回復に長けてようやく安心できると言うものである。
『盗聴』や『望遠視』と並行して『回復』も習得して、忍び寄る魔の手から領地を守ろうと決意する俺だった。
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