第38話 不穏な動き(第35-38話 大幅改稿済み)

 秘密兵器「魔導衝撃銃」を開発したメイに、いかにその武器が社会に大きな影響を与えるか、そしてそれが巡り巡って自分の身を危険に晒す可能性について懇切丁寧に説明し、何とか理解してもらえたので俺は一息つく。

 メイは発明狂いで職人気質な――悪く言えばマッドサイエンティスト気味な節があるので、正直なところ理解してくれるかは不安だった。ただ、メイは決して馬鹿ではなく、あのような発明を生み出すセンスとそれを裏付ける観察眼、着眼点から察するに、むしろ相当頭は良い方だ。6歳とは思えないほどの理解力で以って、きちんと俺の言うことに頷いてくれた。


「たしかにこれが出回って、いずれわたしをねらうのかもとおもえばおそろしいであります」


 このような規格外の発明を生み出すメイだ。その天才的才能を買われて大資本の商人や貴族に引き抜かれるくらいならまだ良い方だ。中には危ない職業の人間を使って、非合法な手段でメイに言うことを聞かせる奴も出てくるかもしれない。そんなことは北将家の嫡男として――何より友達として絶対に許さないつもりではあるが、四六時中メイにひっついている訳にもいかない。おそらく将来的には俺がメイをお抱え鍛治師として雇うことにはなるんだろうが、今は俺もメイもまだ子供だ。

 俺が誰にも手出しをさせないくらい強くなるか、少なくともせめてメイが自衛手段を身につけるまでは魔導衝撃銃は世の中に出さない方が良いだろう。衝撃銃は確かに威力抜群で画期的だが、それでも通用するのは良くてBランクくらいまでだろうから。Aランク……いや、A−ランクもあれば手も足も出ずにやられてしまうに違いない。そして王侯貴族や大商人などにかかればAランクの冒険者や用心棒を雇うことなど簡単にできるわけで。

 要するに俺がAランクを軽く撃退できるようにならないと安全にはならないのだ。


「Aランクかぁ」


 多分、今の俺の全力でギリギリAランクあるかどうか、といったところだろう。6歳児の中ではまず間違いなく世界一強いと言っていいだろうが、それでは意味がない。


 ちなみにランクとは、冒険者や魔法士の強さを測る公の基準のようなもので、職種に関わらず同じランクであれば一定の実力が保証されるシステムになっている。冒険者ギルドや魔法ギルドといった各ギルドと、皇国をはじめとする各国政府が提携して定めた基準で、便利なので世界中に広まっているという訳だ。


 いつも修行する時に模擬戦をするオヤジは強過ぎて、正直Sランクがどの程度強いのかがイマイチ判断が難しいが、母ちゃん――テレジア・サリー・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトこと、「新緑の聖女」なら比較的わかりやすい。母ちゃんはA+ランクの魔法士だが、たいへん器用に魔法を使う一方で、魔力量だけなら俺の方が圧倒的に多いのだ。もちろん魔力量に比例して、一撃の威力も実は俺の方が高いのである。

 ただ、ランクとはそこまで単純なものではない。強ければいいという訳でもないのだ。どれだけ器用に魔法を使いこなせるか。いかに適切な魔法を発動できるか。威力は充分か。発動速度と命中精度は許容範囲に収まっているか。

 判断基準を挙げればキリが無いが、こと威力と魔力量以外に関しては、俺は何一つ母ちゃんに勝てていない。「魔法大全」に載っている魔法は粗方習得済みだが、それでも最後の方のいくつかはまだ未習得であるし、何より「魔法大全」だけでは流石に充分とは言えない。一般魔法士レベルであれば「魔法大全 -基礎編-」の時点で既に充分なのだが、皇国最強の一角を占める北将を継ごうと思ったら「応用編」でも若干物足りないだろう。

 まだまだ俺はたくさん魔法を覚えないといけないし、魔法以外にも北将武神流の武術も身につける必要がある。魔道具開発も良いが、俺が安心できるくらい強くなるのはいつになるだろうか。まだまだ先は長そうだ。



     ✳︎



「そういえばこっち方面はまだ行ったことが無かったな」

「そうですねぇ、おろしたせい品をはこぶときとかはたまに来るのですが……」

「あまり一人で来たい所でもないな」

「はい」


 俺達は今、ハイトブルクの街の職人街や鍛冶屋町にほど近い、倉庫街の端に来ていた。理由は大したものではない。単純にまだ街の中で行ったことのない場所を探検していたのだ。倉庫が並んでいるだけということもあって、人通りは限りなく少ない。あったとしても、たまにムキムキの職人が武器を抱えてやってくるくらいであまり安心できる光景でもない。

 倉庫が大きいこともあり、薄暗くてやや不気味な雰囲気ではあるのだが、決して汚い訳ではなかった。むしろ綺麗だと言えよう。どことなく前世で行ったことのある横浜の赤レンガ倉庫に近い気がする。ただ、暗い。日陰にある赤レンガ倉庫といった趣きだ。

 この倉庫街がハイトブルクの工業経済を回しているのだ――。そう思うと、不思議と怖い気持ちはしない。ただ、昼にも関わらず暗くて静かであることには違いないので、あまり来たいとも思えなかった。


「だれもいないですねぇ」

「いても何も起きないけどな」

「なにかあるかもしれませんよ」

「そう都合よく事件なんて起こらんって」


 そんなことを駄弁りながら薄暗い倉庫街をテクテクと歩いていく俺達。なかなか広いため、代わり映えのない景色がずっと続く。


「あ、人だ」

「ほんとうだ。どうしたんでしょうか」

「誰か探してるっぽいな。迷子か?」


 倉庫数棟分先の辺りで、若い男がキョロキョロと周りを見渡しながら走って何かを探している。その表情には余裕が無いので、もしかしたら緊迫している状態かのかもしれない。


「あ、行っちゃった」

「行っちゃったでありますな」


 俺達に気が付かなかったのか、男はそのまま曲がり角を曲がってどこかへ消えてしまった。消える時もダッシュしていたので、よほど切羽詰まっているのだろう。


「変な奴だな……」

「ケンカでもしてたんでしょうか」


 火事と喧嘩はハイトブルクの華、……かと言えば、別にそんなこともない。他の街がどうかは知らないが、少なくともハイトブルクに関しては違う。この街は比較的治安が良い。道端で喧嘩などしようものなら即座に憲兵が飛んでくるだろう。火事もまた然り。ハーフティンバー造りと呼ばれる半木造建築と石造建築が入り混じっているので、江戸みたくガンガン火が燃え広がることは少ない。あと高層建築の屋上には大抵の場合、生活用の貯水タンクがあるので、火消しシステムも充分だ。


 結局、先ほどの変な男を最後に、人通りはまたいなくなってしまった。


「……そろそろ他のとこ行くか」

「そうでありますね……」


 若干退屈になってしまったので、俺達はそのまま倉庫街を後にしようと近くの角を曲がる。

 すると、目の前にいた物陰に隠れるようにしゃがみ込んで震えていた女の子――俺達と同い年くらいだ――と目が合ってしまった。


「「?」」

「!」


 一瞬、女の子が悲鳴を上げそうになっていたが、俺達が子供だとわかると慌てて息を止めて悲鳴を飲み込む。そして何度か深呼吸をして、再びこちらを見つめてきた。


「あー、えっと。君、どうしたの? もしかして誰かから逃げてる?」


 女の子の余りに不自然な様子と、先ほどの不審な男が頭の中をぐるぐる巡る。何だか嫌な予感がする。


「……あの、へんな人につかまったの。それで、くらいとこにとじこめられちゃったの。それで、こわくなってにげてきたの」


 イマイチ言っていることは要領を得ないが、誘拐と見て良さそうだ。これはハイトブルクで何かキナ臭い出来事が起こっていると見てよさそうだ。全く、治安が良いんじゃなかったのか。


「とりあえず、立てるでありますか?」


 メイが女の子に手を差し出して立たせてあげている。


「やれやれ。……これは一悶着ありそうだぞ」


 保護した女の子を預けるため、警邏隊の詰め所に向かってできるだけ人通りの多い道を目指して歩きながら、俺はオヤジに報告することが増えたな、と頭を掻きながら考えていた。

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