第265話 メイに誓う
「ン、もう大丈夫。……ありがとうな」
「いえいえ、ハル殿の力になれるのが私の一番の生き甲斐なんであります」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
あれからしばらくの間、みっともなく号泣してしまった俺をずっと抱きしめていてくれたメイに礼を言ってから、俺はハンカチで顔を拭く。目元が赤くなっているだろうから、もうしばらくは研究開発室の外には出られないだろうな……。
「にしてもこれ……毎度のことながら世紀の大発明じゃないか?」
「まあ、適性の無い属性魔力に変換可能な魔道具の存在は古今東西聞いたことがないでありますね」
「世界が動くレベルの発明をポンポン生み出せちゃうって、やっぱりちょっと異常だと思うんだよなぁ……」
ここだけ文明水準が高すぎるんだよな。部分的に現代地球科学すらも超越しているような気がしなくもない。
「いずれは私の身を狙う輩も出てくるだろうとは数年前から思ってましたけど……でも心配要らないであります。ハル殿が絶対に守ってくれますから」
「当たり前だ。メイには指一本とて触れさせない」
そのために強くなったと言っても過言ではないのだ。もちろんそれだけが理由ではないが、間違いなく主たる理由の一つではある。
「なので、私は自重せずにこれを世の中に放出するつもりであります」
「いいんじゃない? アーレンダール工房の新しい主力商品になること間違いなしだよ。皇国軍御用達で、しかもファーレンハイト家が後ろ盾になってるようなところに真正面からちょっかいをかけられるような奴なんているとも思えないしね」
そんなこと、ファーレンハイト家のみならず国が黙っちゃいないだろう。アーレンダール工房に対する嫌がらせを看過することは、即ち国益を損なうことにもなるのだから。
「ただ、まずは中将会議にかけたほうがいい案件ではあるだろうな。そこは俺がジェット経由で伝えとくから、メイは気にせず量産体制に入ってくれていいよ」
「オリハルコンを使用している以上はこのままだと価格帯が高めになるのは避けられそうにないですから、廉価版の開発が急務でありますね」
いったいどうやってダウングレードするのかまったく以て予想がつかないが、まあメイのことだ。少なくとも軍のエリート部隊に限定配備できるくらいには、上手いことやってくれるだろう。
「ちなみにもし仮にこのオリジナルのバングルを売り出すとしたら、市場価値ってどんくらいになるんだ?」
「オーダーメイドなので、末端価格にしたら多分数千万エルは下らないでしょうね」
「数千万ッ……!」
庶民の一〇年……あるいは二〇年近い稼ぎが吹っ飛びかねない大金だ。今の俺個人の資産状況を踏まえれば痛くも痒くもない額ではあるが、それでも常識的に考えて軽々しく扱っていい値段ではない。これは技術料込みの末端価格だが、原価だけで考えてもおそらくこれの五割ほどはかかっているに違いないのだ。
「そんな資金、よく降りたな。もしかして持ち出しか?」
「ええ。文部委員会に割り当てられた予算だと足が出るどころの騒ぎじゃないですからね。材料はすべて私が個人所有している在庫から出してるであります」
「そういえばメイ、オリハルコン自前で調達できたんだったな……」
もう何年も昔に俺がハイトブルク近郊のランタン遺跡で見つけた大量のオリハルコン・ミスリル塊だが、実は今ではその何割かが巡りめぐってメイの倉庫に収まっている。俺所有のまま単に預けているのもあれば、メイが買い取ったものもあるが、いずれにせよ鍛冶、錬金術には必須となる貴金属は大量にストックしてあるわけだ。
ちなみに伝説の金属と言われていたオリハルコンをここまで大量にストックした上で、これを日常的に研究、精錬、鍛冶等に使用しているのは、世界中でもアーレンダール工房だけだ。まともにオリハルコンを扱える技術を持っているのは、うちを除いて他に存在しない。
強いて言うのなら、国が設立ならびに運営している皇立科学研究所が、唯一これに近い水準を維持しているくらいだろうか。鍛冶の国ノルド首長国とて、アーレンダール工房ほどの加工技術は有していないだろう。その
何が言いたいのかというと、要するにメイは世界最高のオリハルコン技師なのである。俺は、この世界でもっとも進んだ技術を持つ鍛冶師から、世界最高の魔道具をプレゼントしてもらったというわけだ。
「一週間だ」
「何がですか?」
「俺は、一週間でこの『エレメンタル・バングル』の扱いをマスターしてみせる」
今まで一五年間、一度も属性魔力を使えなかった俺が、果たして僅か一週間でモノにできるだろうか。そんな不安が無いわけではない。だが、メイがここまでやってくれたのだ。それに応えてやらねば男が廃るってもんだろう。
「ハル殿ならできるでありますよ! それは私が一番よく知ってるであります。……あっ、でも無理はしないでくださいね」
さりげなく一番アピールをしてくるメイに微笑ましいものを感じつつ、俺はバングルを優しく撫でて言った。
「ああ、無理はしないよ。……だって、俺に無理なことなんてないんだからな」
どんな不可能でも、できるまで努力をし続ければ必ず可能に変えられる
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