第264話 エーベルハルトの新たなる力

「この子は俺の契約神獣のリンちゃんだ」


 俺の背後を見て訊ねてきたヒルデに、俺はリンちゃん(人型形態)を紹介する。


「リンちゃんって、あれか? 始源竜エレメンタル・ドラゴンの……」

「そうだよ。皆大好きリンドヴルムちゃんさ」

「はぁ〜……」


 そう言ってぽかーんと呆けるヒルデ。


「なんつーか、予想の斜め上をきたな」

「俺もまさか人型になるとは思ってなかったよ」


 リンちゃんの新たなる力、そのための形態変化を提案してきたのは他ならぬ魔法哲学研究会のヒルデとレベッカさんだ。とはいえ、あまりにも予想に反した結果を前に、流石の当人もそれがリンちゃんだとは気づけなかったみたいだな。


「まあ、エーベルハルトだからなぁ……。そういうこともあるよな」

「変な納得の仕方!」


 最近、あまり人様の度肝を抜けなくなってきている気がする。このままだと「あれ、また俺何かやっちゃったかな」というムーブができなくなってしまうじゃないか。

 

「とりあえず、この子預けていってもいいかな?」


 完全に部屋着状態のヒルデにそう訊く。するとヒルデは頭をポリポリと掻きながら頷いた。


「んー、別にここにいる分にはいいけどよ。アタシ子供の世話とかできねーぞ」

「それは大丈夫。変なもの食べさせたりしなきゃいいよ」

「ならいいぞ」

「すまん助かる。リンちゃん、ここでおとなしくしてるんだぞ」

「わかったー!」


 ニッコリ笑顔で元気よく返事をするリンちゃんの頭を撫で撫でしながら、俺はヒルデに向き直る。


「じゃあよろしく」

「おう」


 俺は魔法哲学研究会の扉を閉めると、そのまま部室棟を後にするのだった。



     ✳︎



 午後の講義を終え、部室棟に向かうために渡り廊下を歩いていると、向こう側から見知った顔が歩いてくるのが見えた。ぴょんと跳ねる赤い髪。大きなリボン。低い身長に、豊かな胸。


「メイ」

「あ、ハル殿! いいところで会ったであります。ちょっと来てください」

「何か事件でも……いや、また何か凄いのを作ったのか?」


 俺を呼ぶ理由となると、構内でトラブルが発生して生徒会執行部の俺が必要になったか、あるいは何かまた超科学的アーティファクトを発明してその成果を見せたくなったかのどちらかだろう。今回、メイの表情にはどこにも深刻そうな色がなかったので、おそらく後者であろうと予測を立てる俺。


「その通りであります! おそらくハル殿にとっては革命的なものでありましょう」

「ほう」


 革命的とな。そこまで言うからには、それはもう相当なものができあがったのだろう。何なのか予想するのは味気ないから、楽しみにしておくか。

 そのまましばらく歩いて連れていかれたのは、職員室や各種委員会室などが入居している中央棟。その二階に位置する文部委員会の研究開発室だ。生徒会役員である関係上、場所こそ知ってはいたものの、何気に入るのはこれが初めてだったりする。文部委員会とのやり取りは主に書面上か会議室のどちらかだしな。


「中へどうぞ」


 研究開発室の中は、色々な素材やら工具やらが雑然と散らかっていた。とはいえまったく整理整頓されていないわけでもなく、ちゃんとどこに何があるのかは一目でわかるようになっている。これぞまさしくラボという感じだ。似たような光景は他でも見たことがある。メイの実家であるアーレンダール工房や、メイ個人の所有である専用工房だ。


「誰もいないんだな」

「まあ今は昼間で講義がある学生も多いであります故」


 研究開発室に籍を置く学生は各学年に数名ずつ。多くても六、七人とからしい。その全員が一堂に会する機会はそれほど多くはないようだ。


「ここが私のデスクであります」


 研究室の壁に沿うようにして並ぶ机の内、奥の隅に位置する机を指差すメイ。その机の側には巨大なラックがあり、数々の剣や盾、防具に、なんだかよくわからない魔道具が整然と並べられていた。


「これを見てほしいんであります」


 そのラックの一番手前に置いてあった腕輪型の魔道具を手に取ってこちらに渡してくるメイ。これはいったい……?


「これは魔力属性変換腕輪『エレメンタル・バングル』であります」

「魔力属性変換腕輪?」

「ええ」


 そう言ってメイは続ける。


「ハル殿って魔力量も、魔力の扱いも、使える魔法の数も超一流じゃないですか。でも唯一、魔力を属性変換することだけができなかったですよね」

「ああ、その通りだよ」


 俺は生まれながらに、属性魔法への適性が無い。他の人間がどれだけ簡単に、それこそ息をするように魔力を属性魔力に変換してみせたところで、俺には何をどうすれば良いのかがさっぱりわからない。属性に変換するための機能がまるまる抜け落ちている――――それが俺の自己分析だ。

 おそらくはこの世界に転生した際、消えることのなかった前世の記憶が魂のキャパシティを圧迫しているんじゃないかと予想しているが、説明してくれる神様的超自然存在がいない以上は、真相は闇の中だった。

 何はともあれ、俺はこうして属性魔法を使えずとも魔法学院に首席入学を果たしたし、皇国騎士や勅任武官なんて地位にも就いている。だから現状に不満があるかと言われたら別にまったく無いんだが……それでも、一生属性魔法を扱えないというのは、心のどこかにコンプレックスとして残っていたみたいだ。今こうしてメイに言われて、自分でも気づかないくらいに胸が痛んでいることを意識する。


「この『エレメンタル・バングル』は、神獣が魔力を属性魔力に練り直す時の変換プロセスを魔法術式に構成し直してオリハルコンに記述し、各種属性を帯びた高密度な魔石を触媒とすることによって、注ぎ込まれた魔力を自動で任意の四大属性に変換することができるんであります」

「……おいおいおい、マジかよ!」


 俺は魔法式を理解、記憶、そして記述することはできる。そこだけなら世の中の魔法士の大多数よりも圧倒的に上手くできると胸を張って言えるだろう。

 ただ、自身の魔力を属性魔力に変換することができない。だから俺は原理上、無属性魔法しか使うことができなかった。

 だがメイが開発したこの『エレメンタル・バングル』さえあれば、俺はバングルを通してではあるが、自在に属性魔法を扱えるようになるのだ。


「ハル殿のリンちゃんやリリー殿のアッシュ君、イリス殿のレオン君を参考に研究を続けていた成果がようやく実ったであります。我ながら自信作です!」


 そう言ってえへんと胸を張るメイ。背丈こそ小さな彼女だが、やってのけることは本当に大きいな。


「これをハル殿にプレゼントするであります!」


 そう言うメイの目つきは温かい。これが単なる魔道具の譲渡ではない、愛する人のことを想った贈り物であることがちゃんと伝わってくる。


「……メイ、ありがとう……っ!」


 そうか。俺は……属性魔法が使えるようになるのか。


「……っ」

「ハル殿はもうご存知だと思いますが一応注意点だけ言っておくと……材料の一部にオリハルコンを使ってあるので、起動時に膨大な魔力を吸われる点は『魔刀ライキリ』と変わらないであります。それに不思議金属のオリハルコンですから、最初に起動した人間の魔力に染まる性質も変わってないです。だから他人への譲渡並びに貸与も不可能であります」

「メイがくれた装備を譲渡なんかするもんか。大事にするよ」

「壊れたらまた修理しますから、じゃんじゃん活用してほしいであります」

「ああ。早速練習しようかな。…………ン」

「あ〜もう、泣かないでくださいよ〜」

「だってよ、もう嬉しくてさ……」


 思わず涙腺が崩壊してしまった俺をそっと抱きしめてくれるメイ。その背中に手を回して抱き返しつつ、この魔道具を絶対に使いこなしてみせると決意する俺であった。









(※生徒会室が位置するのは中央棟ではなく七賢塔の最上階という設定を忘れていたため、修正しました。2022/03/15)

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