第209話 戦略級人型兵器

「おーっと、エーベルハルト選手、ここで『白銀』の二つ名の由来でもある『白銀装甲イージス』の魔法を解除した! ……いったいどういう意図があるのでしょうか?」


 司会が意外そうな声色で実況している。『烈風』は、【衝撃】の魔力を帯びた『白銀装甲』を圧縮させて放つ技だ。いわば防御を攻撃に転用するわけだが、それを知らなければ、まるで俺がせっかく展開した防御を意味も無く解除したように見えることだろう。意図が読めず不可解に思っても不思議ではない。

 ただ、その疑念も次の瞬間には驚愕と納得に変わっていた。

 全身を覆い尽くして尚、ありあまるほどの膨大な魔力が右手に収束、圧縮され白銀色に光り輝く。溢れ出す衝撃波が闘技場の空気をビリビリと振動させ、ようやく観客達は何か非常に高い威力を秘めた攻撃が放たれようとしていることを悟った。


「なんと、『白銀装甲』を収めたのは、捨て身ではなく攻撃のための布石だったーっ! 舞台の上から離れているここにまで、衝撃波がビリビリと伝わってきます! いったいどれほどのエネルギーが秘められているのでしょうかっ」

「むっ、エーベルハルト。その技は……考えたな!」


 特魔師団の団長であるが故に、俺の魔法のレパートリーにもある程度は詳しいジェットが、これから俺が放とうとしている技を看破してニヤリと笑っている。決して避けられないと確信した上で笑いが出てくるのは本当に意味がわからない精神構造ではあるが、まああのジェットのことだ。闘う相手が強ければ強いほど面白いと感じるたちなのだろう。


「ジェットの想像している通りだと思うよ。この技は、


 限界まで圧縮した魔力が臨界点に達した。俺は拳を振りかぶると、ジェット目掛けて一気に衝撃波を解放する。


「――――『烈風』」


 ————ドゴォォオオオオオオオオッッッ


 ジェットを倒すために、これまで行使してきた中でも最大の規模で『烈風』を放つ。一気に俺の保有する全魔力の三分の一……数値にして三万近い量の魔力が持っていかれるが、その分威力は絶大だ。石でできた闘技場の舞台が完全にひび割れ、砕け散り、粉々になってゆく。最早どこからどこまでが闘技場で、どこが場外なのかすらも判別が難しいくらいだ。


「なっ…………!」


 この光景には、これまで多くの場面でプロ意識を見せてくれた司会も唖然とするしかないようだ。驚愕のあまり、拡声器の魔道具を握り締めたまま絶句している。


「……さあ、どうだ。これなら流石のジェットでも倒れるだろ」


 何せ、既に残り三分の二くらいに減っていた俺の魔力の半分を持っていったのだ。砲撃や爆撃にも劣らない威力を喰らって、ダメージが通らないなんてことはありえない。

 ……しかし、その考えがフラグになってしまったのか。闘技場全体を包み込む土煙が一気に強風で吹き飛ばされたかと思うと、その中から拳を天に突き上げたジェットの姿が現れた。


「ぬおおおっ、ものすごい威力だなァ! おかげで結構しっかりとダメージを喰らってしまったぞ!」


 いくら人間を辞めたジェットといえど、流石に無傷とまではいかなかったようで、全身のところどころに少なくない負傷が見て取れる。『精神聖域』の結界内なので致命傷や後遺症に繋がるような怪我は無いが、無視できないダメージは負っているようだ。

 ただ、それだけだ。あれだけの威力の攻撃の直撃を喰らって、「無視できない程度」の怪我しか負っていない。なんなんだ、コイツは! ありえんだろ!


「流石にそのまま喰らうといくら俺でも拙いのでな! 全力で殴り飛ばして威力を半分くらい相殺してやったら上手くいったぞ」

「もうどうしたら良いのか俺にはわからん……」


 ただ、おかげで、と言うべきか、ジェットの利き腕である右拳は今ので使い物にならなくなっているようだ。ジェット最大の武器が一つ減ったのはこちらにとって大いにメリットではあるのだが、依然として他の脅威が大きすぎてあまり安心できる状態ではないのが辛いところだ。


「マズいなぁ……、『烈風』はあと一発しか撃てそうにないや」


 今ので残存魔力量は三分の一を切った。残ったすべての魔力を振り絞って同じように『烈風』を放ったとして、まだジェットには左腕が残っているのだ。おそらく……否、確実に相殺されて防がれてしまうだろう。そして両腕が使えなくとも、魔力の枯渇した俺を瞬殺するくらいのことは、ジェットにとっては朝飯前だ。つまり、『烈風』を選択すれば俺は間違いなく負ける。だからもう『烈風』は使えない。

 幸いにして俺の最強の必殺技である『いかづち』は、消費する魔力量自体は中距離技の『烈風』や、遠距離技である『衝撃砲』に比べればそれほど大したものではない。『雷』ならまだもう何発かは出せるだろう。

 ただ、『烈風』が使えない状態でジェットの防殻を貫くには――――『雷』を当てるには、ジェットよりも数倍速く動くか、奴を無理やり拘束するくらいしか道は無いのだ。

 攻撃を見切ってから捌くことができていた事実からもわかるように、思考を八倍に加速している状態だと、どうやら速さに関しては俺のほうがジェットよりもギリギリ上のようだ。だが、それでも『雷』を放つために集中している状態で奴の速度を上回れるほどに差があるわけではない。だから「ジェットよりも速く動く」路線は無しだ。かなり難しい道ではあるが、やはり拘束するしかない。


「……さあて、どうやって拘束すっかな」


 相手は桁外れの怪力の持ち主なのだ。おそらく、『縛縄ばくじょう』程度では魔力のワイヤーを何本束にして拘束しても、簡単に引き千切られておしまいだろう。一応、あの技には日本にいた時に見たことのある鋼鉄製ワイヤーを参考にして改良を施してあるのだが、まあまず意味無いだろうしな。


「『縛縄』」

「むうんっ!」


 ――――ブチブチブチブチ……ッ


「ほーら無理だ」


 実際にやってみたが、案の定二秒で引き千切られてしまった。残念ながら『雷』の発動には数秒ほど掛かるので、二秒ではいささか時間が足りない。カウンターを喰らうか、普通に避けられるかして終わりだろう。


「今ので万策尽きたか? では反撃するとしよう! はああッッ!」

「ッ! 『多重・意識加速アクセラレート』!」


 常時発動していては脳ミソが沸騰しかねないため、一時的にクールダウンさせていた『多重・意識加速』を再発動し、意識を八倍にまで加速する。すぐさま猛烈な頭痛が俺を襲うが、おかげでジェットのロケット並みの加速をなんとか視認し、捌くことに成功する。


「素晴らしいな! 明らかに試合開始時よりも動きが良くなっているぞ!」


 実際、その通りだろう。『意識加速』の多重発動なんて今まで試したことすらなかったのだから。予想通り身体にものすごい負担が掛かることが立証されたので、『精神聖域』外ではあまり多用できる魔法ではなさそうだ。


「ふんッ!」

「ぐっ……」


 一秒くらいの間に何発も放たれる砲撃のような拳を、『白銀装甲』を部分的に発動することでなんとかいなし続ける。その過程で『白雹』に『衝撃弾』に『魔力刃』に『浮遊機雷エア・マイン』にと、ありとあらゆる魔法で対抗するが、いずれも決定打には程遠い。


「……強い」


 まるで兵器並みだ。それもただの兵器ではなく、核兵器のような戦略級の兵器の如き強さ。およそ一人の人間が発揮していいような強さではない。……こんなの、どうやって倒せばいいんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る