第330話 エルフ族自治領
「うぬぅ……触られまくってしもうた……」
「いやぁ、マリーさん最高!」
ほくほく顔でマリーさんの尻を撫で回しながら空を飛ぶ俺。マリーさんはといえば、顔を真っ赤にしてされるがままになっている。
何故こんな状況になっているのかといえば、話は三〇分ほど前に遡る。
✳︎
「ぬぁ! またしてもやられてしもうた! ぐぬぅううっ!」
「素晴らしい……」
出発と同時にお尻タッチ空中戦を開始して今に至るまでずっと巴戦を繰り広げていた俺達だが、今のところ二八対三で俺が勝ち越している。やはり空戦では俺のほうが一日の長があるようだ。
すると、このまま弟子に負け続けては面目が立たないと感じたのか、マリーさんが俺に一世一代の大勝負を仕掛けてくる。
「エーベルハルトよ!」
「何?」
「今から一〇分間、真剣勝負じゃ。三本先取制……つまり先に三回相手の尻を触ったほうが勝ちじゃ!」
「勝ったほうにはどんなメリットが?」
「……勝った者は、相手の尻を遠慮なしに一〇分間撫で放題じゃ! 負けたらそれを無抵抗で受け容れねばならん」
「いいの? それだと俺に有利すぎやしないかな」
「いや、しばらく飛んでみて妾もだいぶ感覚を掴んできた。師匠としてのプライドもあるし、これ以上負けるわけにはいかんのじゃ。これは妾の覚悟の証明でもある」
そんなことに覚悟を示されても……。だがマリーさんの小っちゃくて柔らかいぷりぷりお尻を撫で回し放題の権限が与えられるのであれば、その勝負受けて立つのも吝かでない。さあ、
「勝負開始じゃ! ――――えぇいっ!」
「うわっ!」
開始を宣言した次の瞬間、マリーさんが視界から消える。実際には急減速・急降下をして俺の背後に回ったのだが、突然の挙動に俺はフリーズせざるをえない。
「くっ、後ろか!」
「遅い! …………タッチじゃ!」
「うおっ」
マリーさんの小さなお手手が俺のケツに、そっ……と添えられる。そのまま二、三度ほど撫で回されてからその感触は離れていった。
「ふひ……ごほん。ま、まずは一本目じゃ!」
「流石はお師匠様だな」
尻を触る手に妙にいやらしさを感じたような気がしなくもなかったが、きっと気のせいだろう。マリーさんの俺を見る目が性的な欲望に濁って見えるのも、同じく気のせいに違いない。
「俺も負けてらんないな。……マリーさん、本気出すからね」
「ほう? 今までは本気ではなかったと言うのか?」
「そうだよ。まだ飛行に慣れてないマリーさんにハンデをあげてたんだ。……でももうそれだけ飛べるんなら、遠慮は要らないかな!」
「面白い! ならば妾はもっとお主の尻を撫で回してやろうかのう!」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ!」
そして始まる変態飛行。
「獲ったッ!」
「なっ、まずい……にゅああんっ」
「よっしゃああああ! 俺も一本!」
「ぐぬぬ……負けてたまるかぁぁああ!」
こんな必死なマリーさん、もしかしたら初めて見たかもしれない……。
「ぬおおおおっ!」
「おらぁああああっ」
……………………。
…………。
……。
✳︎
「いやぁ、俺も危なかったよ。まさか二本も取られるなんてね」
「うう……師匠としての面目が……」
そう言って落ち込むマリーさんだが、まだ飛び始めて一ヶ月も経っていないのにここまで俺と良い勝負を繰り広げるのは流石「皇国最強の白魔女」だと言わざるをえない。知識も技術もセンスも、魔力量以外の魔法に関する何もかもが俺よりもずっと上のマリーさんだ。俺もそんな人の弟子であることが誇らしい。
「うふふ、マリーさんのお尻柔らかいね」
危ない場面は何度かあったものの、無事にマリーさんのお尻(とついでにその平坦な胸)を三回撫でた俺は、こうして勝利の美酒に酔いしれているというわけである。あー、やーらけー!
「ぐっ……ところでエーベルハルトよ。弟子が師匠の言うことを聞くのは、良いことじゃと思うか?」
「うん? まあ世間一般には道徳的であるとされるだろうね。でもそれがどうしたの?」
「ほうほう、そうか。やはりお主もそう思うか。……さて、エーベルハルト。お主は妾の弟子で、妾はお主の師匠じゃ。弟子が師匠の言うことを聞くのは良いことなんじゃよな」
「……そうだね」
「散々触らせてやったのじゃ。妾にもお主の尻を触らせよ! 撫で回させよ! これは師匠命令じゃぁああ!」
そう叫んで、その場で左捻り込み飛行を披露して俺の背後に回り込むマリーさん。ついさっき俺が見せたばかりの曲芸飛行なのにもう会得したのか。流石だ。
……じゃない! これ、パワハラとかセクハラとかアカハラとか、いわゆるハラスメントって言われるやつじゃないのか!?
「ぬおおおお! 尻じゃあああ!」
師匠のプライドが破壊されまくって、ついにおかしくなってしまったマリーさんであった。
✳︎
「ようやく見えてきたの」
「あれがエルフ族自治領? なんというか……一面の森だね」
それから数時間後。何度か小休止を経た俺達は、夕暮れ前にエルフ族自治領入りを果たしていた。眼科に広がるのは辺り一面の大森林。富士山麓の青木ヶ原樹海もかくやといわんばかりの大自然がどこまでも続いている。まるで世界の果てに来たみたいだ。
「懐かしい気分じゃ」
「マリーさんが最後にここに来たのって、どのくらい前なの?」
「……エルフ族領が皇国に編入されてからは、ずっと皇都か魔の森におったからの。もう五〇年以上は戻っておらぬ」
「五〇年……」
あまりにも長い。それだけの間、故郷から離れていたマリーさんは、何を思ってその「帰らない」という選択をしたのだろうか。
かつて公国連邦による侵略に遭い、恐ろしい数の同胞と国土の大部分を失った彼女が、今再びこうして故郷の地を踏もうとしている。「最強」のマリーさんでも、もしかしたら心が揺らぐ瞬間があるかもしれない。そんな時、彼女を支えてやれるのは俺しかいないのだ。
「マリーさん」
「む、なんじゃ」
「……行こっか」
「うむ」
その強さに反比例するかのように、小さく柔らかいマリーさんの手を取った俺は、彼女とともにゆっくりとエルフの森へと降下していく。上空からははっきりと見えなかったが、よく見たら街道沿いに小さな集落があるようだ。
「あれがエルフ族自治領への関所じゃ。ここからは陸路で行くぞ」
「了解」
俺の手をぎゅっと握り返すマリーさん。その手にいつもよりも力が込められているのは意識してか、はたまた無意識か。その答えはマリーさんのみぞ知る。
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