第288話 媒酌人の打診

「エーベルハルトよ。お主を呼び出したのは一つ提案があったからなのだが」

「は、提案とは」


 うむ、と一呼吸置いてから、あご髭を弄りつつ話を続ける陛下。


「このところ西方の雲行きが怪しい件はお主も知っておろう」

「は。一身上の都合もありまして、周りの者よりかは多少詳しくはございます」


 西方とは要するに大陸西方の小国家群のことだ。西方では現在、政治的な対立から諜報戦や国境付近での小競り合いといった怪しげな動きが活発化しているという。ノルド首長国でのアーレンダール家お家騒動に関与したこともあって、その件については他ならぬ俺自身がおそらく最も詳しい部類に入る筈だ。


「ノルドと友好関係にある我が皇国としてはこの動きを看過できぬ以上、近い内に紛争か、あるいは戦争に突入するかもしれぬ」

「ええ。できればそうなってほしくはありませんが……時勢が許さないことはあるでしょう」


 いくつか存在する西方諸国だが、ノルド首長国とは仲が良い一方で、皇国と国境を接しているデルラント王国とはあまり関係がよろしくない。他にもカンブリア教主国と呼ばれる宗教国家やヴァレンシア王国、ルクサン大公国といった小規模な国家が存在しているが、そちらに関しては別段良くも悪くもない普通の関係だ。

 遥か昔、魔人によって人類が支配されていた暗黒の時代『魔人のくびき』から世界を救った勇者一行。その中心人物で、魔王討伐の最大の功労者である勇者を信仰する国家が俺達の住むハイラント皇国だ。そして西方諸国は、同じく勇者一行の一員で、現在カンブリア教主国がある地域出身の神官を国祖として仰いでいる。

 わかりやすく言えば、大雑把なくくりでは同じ宗教と言えるが宗派が異なるイメージだ。勇者を信仰する地域はほぼすべてが皇国の版図に編入されている(だからこそ多民族国家になっている)ので、皇国内ではそこまで大きな宗教対立というものが存在しない。

 一方で西方諸国では同じ神官派でも、国や地域ごとに少しずつ考え方や戒律が違ったりするらしい。元々その地域に根差していた土着信仰と勇者信仰とが合わさったり、そもそも王族のルーツが勇者一行とは関係がなかったりした結果がそのような状況を生んでいるようだ。

 ちなみにノルド首長国では勇者信仰はあっても、どちらかというと宗教的というよりかは歴史的事実として受容しているみたいだ。元々、土精霊ノーム信仰の強いドワーフ族的には、あくまで信じるのは人ではなく精霊ということなんだろう。まあ、だからこそ皇国とうまくやれているってことなんだろうけども。

 ともかく、君主権が強く政治的にも宗教的にも安定している皇国とは違って、西方諸国では常に争いの種が絶えない。ここ数十年は平和が続いていたようだが、そろそろくすぶった火種が激しく燃え上がりそうになっている――――というわけだ。


「余の父である先代皇帝も、西方の仲裁には頭を悩ませておったからの。下手に介入すれば禍根を残すし、かといって放置しておっても状況は悪くなる一方。あまつさえ西方に掛かり切りになれば今度は東から横っ腹を突かれる始末よ。覇権国家も辛いものよな」


 それでも振り回される側の弱小国家と比べたら何十倍もましだがの、と小さく呟く陛下。稀代の名君にも悩み事はあるらしい。基本的に軍事面では議会と中将会議が中心となって事にあたるようになってはいるが、最終的に許可を出すのはやはりこの人なのだ。気苦労は絶えまい。


「話が逸れたの。それで今日ここに呼んだ理由なのだがの」

「は」

「こんなご時世では、せっかく婚約しておってもいつ結婚できるかわからぬであろう。であれば少々早いとは思うが、エーベルハルトよ。お主も今の内にベルンシュタインのところの娘と一緒になっておいてはどうかの」

「……は、と仰いますと、つまり」

「結婚したらどうかの。忠実な家臣にして、皇国を背負って立つ若き俊英の晴れ事なのだ。余が媒酌人の役を引き受けてつかわそう」

「は、えっ、……は、はいぃぃぃ⁉︎」


 あまりの衝撃に、陛下の前であるにもかかわらず思わず叫んでしまう俺。陛下が……皇国で一番偉い人が、俺の結婚式の媒酌人を⁉︎


「エーベルハルト、落ち着いて。父上は本気だよ」

「余は冗談など……言うこともあるが、今回の話は冗談ではないの」

「いや、しかし陛下。提案は恐悦至極にございますが、あまりに畏れ多く思います」


 普通、辺境伯家の嫡男の結婚式に皇帝が出席するというのはまずあり得ない。皇族から誰かしらが代理で出席することはそれなりにあるが、まさか皇帝本人が来るなんて……それも顔を出すどころか運営の中心である媒酌人を買って出るなんて聞いたことがない。これを聞いたらオヤジはもちろん、リリーの父親であるラガルド公だってぶったまげるのではなかろうか。

 まあリリーの実家は公爵家だから、皇帝が出席するっていうのもあり得なくはない……んだろうけどさ。


「まあ箔付けだと思って受け入れよ。別に嫌ではなかろう?」

「嫌だなんてそんな、滅相もございません」

「なら良いではないか」


 そう茶目っ気いっぱいに言う陛下。その悪戯に成功した子供のような笑顔を見て、ああ……これもう決定事項なんだ……と、遠い目をする俺であった。







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