第289話 やっておかなきゃならないこと

「……ってことで、リリー。俺達、今度結婚することになったみたい」

「いやいや、ちょっと待ってハル君。……あ、いや別に結婚が嫌なんじゃないのよ。それ自体は凄く嬉しいわ。ハル君のこと大好きだし」

「俺も好きだぞ」


 額を押さえてそう言うリリー。「大好き」と言われて急にテンションが上がる単純な俺である。


「えっと、話を整理するわね。ハル君が皇城にお呼ばれして謁見に伺ったら、陛下が自ら私達の媒酌人を名乗り出たと。それで間違いないのよね?」

「うん。びっくりしたよ」

「……あり得ないわーっ!!!!」


 珍しく立ち上がってオーバーリアクションで叫ぶリリー。どうやら家格的には俺より上のリリーをして、陛下のこの提案はぶっ飛んだものに感じるらしかった。


「けど言い出したの、陛下本人だしなぁ」


 殊、国の重要な政策とは関係のない完全にプライベートな案件だ。議会が口を出してくる余地はない。つまりは徹頭徹尾、陛下のご好意ということになる。


「もちろん政治的な意図はあるんだろうとは思うわ。ハル君という戦略級の戦力を重用している事実を諸外国や国内の貴族達に示したいって側面はある筈だもの」


 それはその通りだろう。辺境伯という、国政にも口出しできるくらいに大きな影響力を持つ重臣の次期当主にして嫡男の俺と、ここまで深い関係にあると対外的にアピールできる絶好の機会なのだ。国内における求心力の維持という面でも、他国への牽制という意味でも、この機会を逃す手はない。

 それにしたって普通はここまで大掛かりな提案はしたりはしない。要するにまあ、大切な家臣を祝ってやりたいという陛下なりのサプライズなわけだ。


「リリーも別に嫌じゃないんだろ?」

「それはもちろんそうよ。臣籍降下しているとはいえ、うちとは一応親戚筋にあたるわけだし」


 立場さえ考えなければ、リリー的には親戚のおじさんが結婚式を取り持ってくれるのと変わらないわけだ。普通に考えて嫌なことはあるまい。


「まあ、これはもう決まった話だからな。ラッキーだったってことで、ありがたく受け入れるとしようよ」

「それもそうね。ハル君の名声が更に高まることを思えば、メリットしかないものね」


 結局は俺達の心持ちの問題なわけだ。めちゃくちゃに緊張するってこと以外は、そこまでデメリットがあるわけでもないし。他の貴族からのやっかみがあるかもしれないが、それこそ「皇帝陛下のご意思」の一言で黙らせることができるしな。


「それにしても、結婚かぁ」


 しみじみと呟く俺。前世の記憶も含めると、実に三〇年以上は独身でいたわけだ。そう考えるとなんだか感慨深いな。


「何よ。マリッジブルー?」

「いや、まさか。嬉しいんだよ、リリーと結婚できるのが」


 嘘偽りのない本心を告げると、リリーは真っ赤になってモジモジし出した。


「そ、そう。私も嬉しいわ」

「照れちゃって」

「う、うるさいわね。……好きよ」


 そう言って照れ隠しにキスしてくるリリー。……ああ、俺って幸せ者だな。



     ✳︎



「結婚するとなると、ハル君はその前にやっておかなきゃならないことがあるわね」


 その日の夜。夕食と湯浴みを済ませてベッドに入った俺達は、それはもう激しく組んず解れつで求め合い愛し合い。お互い汗だくでドロドロのヘトヘトになって一息ついたあたりで、そうリリーが口にした。


「やっておかなきゃならないこと?」

「ええ」


 右手をそっと俺の左手に絡ませながら、そう言うリリー。はて、何かあったか…………あ。


「イリス……」

「まだプロポーズしてないんでしょ」

「うん。なんだかタイミングを逃しちゃって」


 期末試験も終わったことだし、そろそろプロポーズしようとは思っていたのだが。従魔愛好会の監督に就任したり、生徒会の仕事に追われていたりで、なんだかんだ時間を作れていなかった。


「またメイルの時みたいに泣かせる気?」

「そんな。あれ結構トラウマなんだよ」


 誤解からではあるが、愛する幼馴染を一度でも泣かせてしまったことは俺の一生恥ずべき汚点だ。結局収まるところに収まったとはいえ、未だに後悔する日すらあるくらいだ。


「同じ女だからわかるけど……イリスあの子はハル君のこと、ずっと待ってるわよ」

「……そっか」


 出会った時期こそリリーやメイに比べたら遅い彼女イリスだが。特魔師団の同僚として過ごした濃密な日々は、気づけば他の二人に劣らないくらいの愛情を俺達の間に育んでいた。

 そんなイリスが、俺のことを待っている。自分からそういうことは言い出せないだろう奥手な彼女のことだ。俺がリリーやメイと結ばれる様子を傍で見ながら、ずっとずっと、俺と結ばれる日を心待ちにしているのだ。


「明日、朝イチでイリスん家に行ってくる」

「今度は泣かせるんじゃないわよ」

「うん、泣かせない……泣かないよな?」

「そこは自信を持ってよ。甲斐性を見せてほしいわ」

「甲斐性……稼ぎにはまあまあ自信はあるんだけどなぁ……」

「そういうことじゃないわ」


 愛すべき許婚とピロートークを繰り広げながら、もう一人の愛すべき同僚にどうやって想いを伝えようか悩む俺であった。




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