第403話 特殊作戦群

 特魔師団・皇都駐屯地が一画、戦術魔法中隊に充てがわれた一室にて、俺は新たに編成された部隊の幹部連中と顔合わせしていた。その数、実に十数名。尉官以上の幹部連中だけでこの数である。下士官や兵卒も含めたら、実に三〇〇名以上の規模を誇る部隊だ。


「シュタインフェルト以下、幹部全員が出揃いました」

「ご苦労」


 軍人モードのイリスの報告を受けた俺は、整列した部下の前に立って全員を見回し、それから自分の肩を見やる。そこにはつい先日佩用はいようしたばかりの、少将の階級を示す徽章きしょうがあった。


「諸君。この度、我が戦術魔法中隊は多くの仲間を迎え、晴れて『特殊作戦群』として新たな道を進むことになった。このことを本官は心より嬉しく思う」


 戦術魔法中隊が基幹となっているだけあって、居並ぶ面々はほとんどが見慣れた顔ばかりだ。だが中には新しい顔もいくらか混じっていて、彼らは皆、新しい部隊で戦えることへの期待感と緊張感が入り混じった表情で直立している。

 そんな連中の緊張を解すのではなく、あえて喝を入れることで、俺は新部隊としての覚悟を表明するのだ。


「国際情勢は緊迫するばかりで、世論にも不安の声が混じりつつある昨今だが……だからこそ我々のような最前線に立つ部隊の存在が重要になってくるわけだ」


 魔導飛行艦は山を越え、谷を渡り、国境すらも跨いで作戦に従事する皇国軍先鋒の要だ。中将会議直属の独立部隊として、国内はおろか国外のどこへでも即座に展開して作戦行動を取る俺達は、必然的に文字通りの常在戦場、常に最前線へと赴くことになる。


「改めて諸君。我々『特殊作戦群』は、大陸に冠たるハイラント皇国軍、その全軍の先鋒を担う一番槍となるのだ。その自覚を持ち、陛下の御意思に背くことなく軍務に邁進し、もって祖国を護り抜く盾となり、祖国に仇なす国を攻むる矛とならんことを各々が心に強く刻まれよ」


 やや形式ばった口調で、しかし断固とした決意で部下連中に告げる俺。普段の俺をよく知る彼らだが、今は皆が真剣な表情で直立不動の姿勢を保ったまま耳を傾けている。


「諸君らとともに戦場を駆け巡り、いつの日か我ら全員が英雄と呼ばれることを本官は望む。以上だ」

「敬礼」


 副官のイリスの号令で、幹部連中が揃って敬礼してくる。実によく規律訓練された素晴らしい態度だ。


「さて、ここからは少し気を緩めていこう。いつまでも肩肘張ってたら、疲れる一方だからな」


 上官の俺がそう言って詰め襟のホックを外し首元を緩めてやれば、部下もまた思い思いに姿勢を崩したり、椅子に腰掛けたりと楽な体勢を取る。だが全員が座れるだけの席が無いのは仕方のない話だ。

 というのも、今俺達がいる部屋はこれまで戦術魔法中隊が使用していた事務室なのだ。定員が中隊規模から事実上の大隊規模へと大幅に増員された今となっては、流石に手狭にすぎる。ゆえに今日をもって俺達はお引越しだ。

 引っ越し先は、皇都郊外に新しく建設された特殊作戦群専用の駐屯地になる。魔導飛行艦の発着場を備えた新駐屯地は、滑走路(みたいなものだ。何しろ魔導飛行艦は別に浮上する際に滑走したりはしない)や金網のフェンスで囲まれていることもあって、まるで前世でたまに見かけた空軍基地みたいな印象を受ける。もっともまだ皇国軍では陸海空の軍種が区分されていないので、あえて「駐屯地」やら「基地」のように言い分ける必要はないのだが。


 つい先日までは書類やら棚やらで雑多な印象のあった事務室だが、今は綺麗に片付けられて完全にがらんどうだ。発つ鳥跡を濁さず、なんて言うが、まさにその諺の通りである。


「にしても……上は相当この特戦群に力を入れていると見える。ジェットの奴がよくお前の引き抜きに応じたな」

「アイツは自分がスカウトしたテメェを相当に買っていた。それに今は師団間の壁なんて気にしてる場合じゃねェってことなんだろ」

「まったく、良い話なんだか悪い話なんだか」


 そう雑談に応じるのは、特魔師団時代に俺の先輩だったジークフリート中佐だ。「雷光」の二つ名を持つ彼は、Sランク魔法士としても俺の先輩にあたる。皇国でも数少ない、俺と曲がりなりにも渡り合える実力を持った精鋭中の精鋭魔法士だ。

 そんなジークフリート中佐だが、彼は本来、特魔師団の所属である。俺やイリスも形式上は特魔師団所属ではあったんだが、実態としては半ば独立した特魔師団隷下の戦術魔法中隊所属扱いだ。

 で、今回こうして戦術魔法中隊が特殊作戦群へと発展的に統合・解消されて中将会議直属の部隊となったことで俺達は特魔師団から正式に分離した。そしてその際に特魔師団時代から親交のあった……あったか? まあ、割と頻繁に模擬戦をやったり、たまに任務で一緒になったりしたこともあって互いに実力を深く理解していたジークフリート中佐に声を掛けて、俺は彼を特魔師団から特殊作戦群へと引き抜いたというわけである。


「ところでジークフリート中佐。答えたくなかったら別に答えなくてもいいんだけどさ。……どうしてお前は特魔師団を抜けて特戦群ウチに来ることにしたんだ? 言っちゃ悪いけど、俺はあんたにとってかつての部下だよ」


 厳密には直属の上司-部下関係にあったわけではないが、それにしても階級には圧倒的な差があったし、俺が少将に出世したところで先輩-後輩の関係が変わるわけでもない。ジークフリート中佐にとっては相当にやりにくい環境になる筈だろうに、どうしてまた彼は俺のところに来る決断をしたんだろうか。


「こっちのほうがもっと戦える。それだけだ」

「はぁ」


 いつだったか、ジェットがこいつのことを戦闘狂バーサーカーだなんて評していたが。なるほど、確かに戦闘狂だ。戦争屋ウォーモンガーと言い換えてもいい。


「……なんで、そうまでして戦いを求めるんだ?」


 責めるわけではなく、純粋な疑問で訊ねる俺。特魔師団で数年間を共に過ごした仲だ。今さら奴の人格に致命的な瑕疵があるとか言うつもりはない。曲がりなりにもこいつは特魔師団の入団面接を突破しているわけだし、陛下や祖国への忠誠心だってきっと……たぶん……おそらくほんのちょっとくらいは持ち合わせているに違いないのだ。

 だから、何かを疑っての質問ではない。


「オレはよ、昔一回死にかけてんだよ」

「死にかけ……それは大変だったな」


 死にかけるというのは、この世界においては別に珍しい話ではない。俺だって一歳くらいの時に熱病で生死を彷徨ったことがあるし、第二世代の魔人との戦いでは本当に死を覚悟した。

 でも今はこうして生きている。特に特魔師団みたいな戦闘のエリート集団になってくれば、誰しも一回や二回は死線くらい潜ってきているのが当たり前なのだ。


「まだ軍に入る前の話だ。近所の悪ガキ共と一緒に、街の外に冒険者の真似事で出掛けたことがあった。そん時にクソでけェ猪に襲われてな。オレも当時はまだそこまで強くはなかったし、仲間だった奴は呆気なく死んじまった。まあ、別に大して仲が良かったわけでもねェけどな。……ただ、力がねェとああやって簡単に死んじまうんだなって考えたら、やるせねェ気持ちにはなった」


 珍しく長文で話すジークフリート中佐。まだまだ尖っている感が抜けない彼だが、最近は少し丸くなってきているような気がしなくもない。


「だから、オレは強くなりてェ。それにどうせ強くなるなら、団長ジェットやテメェみてェな規格外の強さを手に入れてェ。だからオレはテメェのとこに来た。……満足か?」


 フン、と鼻を鳴らしながら不機嫌そうに訊ねるジークフリート中佐。でも俺はこいつが不機嫌ではないということを、なんとなくだがわかってしまっていた。


「ありがとうな、ジークフリート中佐」

「あ? ナメてんのか殺すぞ」

「お前の話を聞けて、俺は嬉しいよ。これからもよろしく頼む」

「……フン」


 再度、鼻を鳴らして今度はどこかへと去っていってしまうジークフリート中佐。俺にはそんな彼の背中が、素直になりきれない一匹狼のそれに見えて仕方がなかった。






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