第404話 Not Found

 皇都郊外、城壁の外側に新たに設けられた中将会議直属の特殊作戦群駐屯地。敷地面積だけでいえば特魔師団のそれと遜色ない程度には広いこの新駐屯地にはなんの施設も設備も無く、ただひたすらだだっ広い荒野が広がっていた。


「ここから新しく俺達の部隊が始まるわけだな」


 厳密に言えば、金網のフェンスと整地された発着場だけはあるのだが、群の本部になる予定の庁舎や兵舎、格納庫といった各種建造物はどこにもない。すべては俺達が、俺達自身の思い描く理想に従って自力で建てていくのだ。


「予算を飛行艦の建造費と装備費に持っていかれすぎたな」

「あと人件費も。特戦群の俸給はそれなり以上に高い」

「そうだな。皆には、高い給料に見合うだけの働きはしてもらわないとだ」


 隣で補足してくるのは、俺の副官にして愛妻のイリスだ。

 彼女の言う通り、特殊作戦群に招聘された人間は士官から兵卒に至るまで、全員が第一戦級の戦闘力ないしは技能を有している。

 士官は皆が皆、当たり前のように近衛騎士団、宮廷魔法師団、特魔師団といった三大師団に入れるほどの能力を満遍なく持っているし、兵卒だって士官のようにオールマイティとまではいかなくとも、頭脳や戦闘力、事務力といった各種得意分野では他の追随を許さないほどに特化した何かしらの能力に秀でているのだ。

 そんな人間を寄せ集め、組み合わせて一つの最強軍団を作り上げる。それこそがこの特殊作戦群という新部隊の一つの肝だった。


 そしてそれを成し遂げたのは、以前まで戦術魔法中隊で副長を勤めていたアイヒマン少佐だ。彼には新部隊設立に係る人員調達のほぼすべてを丸投げしていたが、彼は見事にそれを成し遂げてくれた。

 提出された隊員候補の一覧を見て、思わず唸ってしまったほどだ。

 いったいどこからこれだけの人材を見つけてきたのかと小一時間問いただしたいくらいには、アイヒマンは優秀な仕事ぶりを発揮してくれた。

 その功もあって、俺は彼を中尉から無理やり少佐にまで昇進させている。本当は権力の濫用になるからあんまりそういうことはやってはいけないのだが、彼に関しては少しばかり事情が特殊だ。本来なら尉官であること自体が異常なくらいに優秀なのだから、それをあるべき地位にまで引っ張り上げただけである。

 今は少佐のアイヒマンだが、近々中佐に昇進することはまず間違いないだろう。本当、優秀な部下を持って俺は幸せである。


 さて、そんなアイヒマン少佐の編成した新部隊だが、その編成は以下の通りだ。


 まず特殊作戦群の郡長にして魔道飛行艦の艦長は、俺ことファーレンハイト少将だ。そこはまあ議論の余地はないだろう。この部隊は、自慢ではないが俺ありきの部隊である。俺がトップを務めずして誰が務めるというんだろうか。

 そんなわけで俺は順当に指揮官の地位に収まっていた。


 次に、俺が前線に赴くなどして席を外している時に臨時で指揮を執る次席指揮官の副長だが、それはイリスに任せることにした。

 彼女には、今回の新部隊編成に際して部隊をまとめ上げる経験を積ませてある。これまでにも副官として俺の補佐に付いてもらっていたこともあって、そろそろ大きな役職を任せても大丈夫だろうという判断だ。

 副長にして副官のシュタインフェルト中佐。彼女にはこれからも色々と頑張ってもらいたい。


 お次は、艦の運用ならびに戦術全般を担う船務長だ。これは、信頼と実績のあるアイヒマン少佐に任せることにした。

 アイヒマン少佐の下には、直属の部下としてギルベルト・ハーゲンドルフ中尉を充てがっている。ハーゲンドルフ中尉の職種は航海長。役職だけなら船務長と同格の科長だ。彼は騎士学院で色々と軍の運用も学んでいるし、新部隊編成の際に色々と新戦術の研究も任せていた。その経験を活かして、アイヒマン少佐の下で成長してもらいたいという考えだ。


 そして主に戦闘時に大きな役割を果たす砲雷科の長である砲雷長には、レオン・ホフマイスター大尉を指名した。彼は鋼魔法という土属性から派生した珍しい魔法が使える魔法士だ。

 これからの時代の戦争は、地球の歴史がそうであったように鉄と火が嵐のように吹き荒れる錆びついたものになる。鋼の特性に詳しく、かつ魔法士としても軍人としても優れたホフマイスター大尉なら、魔道飛行艦の誇る一二.七センチ魔導衝撃砲の威力をいかんなく発揮してくれると期待しての抜擢だ。


 そしてこの魔道飛行艦を運用する上で大きな意味を持つ空挺部隊だが、その長、空挺揚陸隊長にはジークフリート中佐に就いてもらうことにした。

 彼は階級だけならイリスと同じく中佐と、この艦の中でも群を抜いて高いのだが、いかんせん性格がアレだ。流石に副長の適性は無しと判断したわけだが、一方で突撃力だけなら一部においては俺に匹敵する実力の持ち主でもある。

 だからこその空挺揚陸隊長だ。勢いこそが何よりも大事な強襲部隊には、ジークフリート中佐くらいの苛烈さが必要なのだ。


 ちなみにこの空挺部隊の副隊長には、シュナイダー兄妹の兄のほう、魔剣使いのヨハン・シュナイダー少尉を任命した。

 魔の森での修行プロジェクト時代から、魔剣術には光るものがあったヨハンだ。少し前にはなるが、レーゲン子爵領での反乱鎮圧時にもかなり活躍してくれた彼である。夢中になると周りが見えなくなるなど、おつむのほうはややポンコツ気味なところのあるヨハンだが、兵学校で色々と学んでちゃんと成長してくれていた。

 だから本来は下士官の伍長から始まるところを、特別に将校課程に推薦の上で少尉にまで引き上げているのだ。ヨハンには、ジークフリートの下でしっかりと部隊の運用を学んでほしい……のだが、多分がむしゃらに突っ込むことだけを学んでしまいそうな気がしなくもない。

 まあ、それが一番大事なので深くは突っ込むまい。人間、短所を直すよりも得意を伸ばすほうが大成するものだからな。


 次に、空挺部隊と同じくらいに重要になってくる工兵科の隊長には、工科兵学校で凶悪な罠や各種土木技術を学んで立派に成長したマルクス・コルネリウス少尉を任命した。

 マルクスの罠の実力がずば抜けているのは、魔の森の演習やレーゲン子爵領での反乱鎮圧の際に証明されての通りだ。

 あの後、マルクスはもう一回工科兵学校に復学して更に工兵としての実力に磨きをかけたのち、原隊復帰している。今の彼の工兵としての技量は皇国でも指折りだろう。ぶっちゃけ、部下連中の中で一番の期待株がマルクスかもしれないと思っている俺である。


 そして魔道飛行艦の心臓部である「魔王エンジン」のご機嫌取りを行う機関科だが、なんと機関長には「魔王エンジン」の開発に携わった張本人のメッサーシュミット中佐を大抜擢である。

 というか、彼以外に任せられそうな人間がいなかったのだ。本来ならメッサーシュミット卿は軍の技術士官として、兵器工廠や装備研究所とかで働いてもらわなくてはならない貴重な人材なんだが、いかんせん「魔王エンジン」である。万が一暴走でもしようものなら、メッサーシュミット卿以外には完全にお手上げなのだ。

 他になんとかできそうなメイやノイマン教授は軍属ではあっても軍人ではないし、遺骸開発プロジェクトのリーダーだった俺は文系ということもあってあまり「魔王エンジン」の機構に詳しくはない。

 そういうわけで、本職の技術士官であるメッサーシュミット卿に機関長をやってもらうしかなかったのだ。今後、彼には「魔王エンジン」を任せられる部下を育成してもらって、それから再び元いた場所へと戻っていただくという流れになるだろう。そこそこ時間はかかると思うが、仕方あるまい。それも国家のためだ。


 そして衛生科をまとめる軍医だが、これには完全に新しい人が入ってきてくれた。シーボルトという少佐相当官の人なのだが、どことなく紳士然とした雰囲気はノイマン教授のような印象を受ける。訊ねてみれば、なんとノイマン教授とは遠い親戚関係にあるらしかった。世の中って狭いね、と改めて感じさせられた出来事である。


 最後に輜重部隊である主計科のまとめ役、主計長だが……これはイリス・シュタインフェルト・フォン・ファーレンハイト中佐が兼任することになった。

 副長として部隊全体を管轄するイリスが補給や経理を担当するのは非常に理に適っている話だ。俺も多少は手助けするし、部下も数名付いているので副長と兼任でも問題なく業務は回るだろう。


「考えうる限り、最高の人員配置だな。もはや敵に負ける方法が見つからないよ」

「ハルトにしては珍しい。気が大きくなってる?」

「いや。部下が頼もしいのさ」

「わたしも、その頼もしい部下」


 ふんふん、と鼻を鳴らして胸を反らすイリス。相変わらず表情筋は死んでいるが、その溢れんばかりの天然っぽさがあんまりにも可愛く胸キュンで、掛ける言葉がついぞ見つからない俺であった。






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[部隊編成]


艦長 ファーレンハイト少将

副長 シュタインフェルト中佐

船務長 アイヒマン少佐

航海長 ハーゲンドルフ中尉

砲雷長 ホフマイスター大尉

機関長 メッサーシュミット中佐

主計長 シュタインフェルト中佐(兼任)

工兵長 コルネリウス少尉

軍医 シーボルト軍医少佐

空挺揚陸隊長 ジークフリート中佐

 〃 副隊長 シュナイダー(兄)少尉

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