第405話 駐屯地建設

「やっぱり属性魔法が使えるようになったのは相当にデカいな」


 新駐屯地という名の何もない荒野を改良すべく、部隊を率いて土木工事に励む俺。右手には以前メイに貰ったエレメンタル・バングルが。

 そして横には副官にして副長のイリスの姿があった。全体の施工を管理する主計長の彼女は、ヘルメットを被って方々に指示を出しつつ雑談に応じてくれる。


「特にハルトの魔力量は膨大だから、質よりもまず量がモノを言う土木の世界なら馬匹の比じゃないくらい効率は良さそうだね」

「まあ、軽く馬一〇〇頭分の働きはするだろうからな」


 まさしく人間重機である。しかも重機よりも汎用性に富んでいて、かつ馬力も大きいのだ。我がことながら、あまりの重機っぷりに呆れを通り越して乾いた笑いが出てしまったほどだ。


「エーベルハルトは、もうなんでもありなんだね」

「言ってくれるじゃないか、マルクス」


 工兵科をまとめ上げる工兵長のマルクスが、図面に線を引きながら会話に混ざってくる。今回、新しく建設する予定の庁舎や宿舎はすべて彼の設計によるものだ。どうもこだわりがあるのか、実用性のみに留まらないおしゃれなレンガ作り風のデザインは、どこか横浜の赤レンガ倉庫のような気品すら感じられる。

 まあ、とはいっても中身はファーレンハイト建設でお馴染みの鉄骨鉄筋コンクリートなので、レンガが使われているのは外側ガワだけなのだが。まるでレンガ風のタイルを貼ってそれっぽく見せていることで有名な某JRの駅みたいだ。


「だってさ、普通あの規模の掘削は一流の工兵でも難しいよ。エーベルハルトがいれば一夜城を築くことだってできるんじゃないかな」


 今回の建設工事は経費節約のため、完全に特戦群の力だけで行われている。ゆえに土属性や鋼属性といった土木向きの魔法を使える者が中心となって、工兵科の指揮の下、こうして隊員が駐屯地建設に汗を流しているというわけだった。


「一夜城か。まあ不可能じゃないだろうけど、強度は保証できないな。せいぜいが短期決戦を凌ぐ上での臨時拠点程度だろうさ」

「それでも要塞を築けるのは戦術的に見て凄いことだと思うけどなぁ」

「マルクスだって、やれば似たようなことはできるだろ?」

「確かにできるかもしれないけど、おれの場合は適地を見繕った上で、しかも必要最低限の質でしか再現できないよ」

「自慢じゃないけどな、俺みたいなチート級の魔法が無いのに似たようなことをやれてる時点で充分に凄いんだよ。だからこそ、お前は栄えある特戦群の工兵長なんだぞ。自覚を持ちたまえ」

「うん、わかったよ」


 少し嬉しそうに頷くマルクス・コルネリウス少尉。いつだったか魔の森で修行した時よりも、彼はずっと成長していた。


「コルネリウス少尉はとても器用。これからもハルトを支えてあげてほしい」

「任せてよ、シュタインフェルト中佐」


 マルクスは、いわゆる一般的な将校課程を経てはいない。だが戦術魔法小隊に入るために一度は中途退学した工科兵学校に復学して以降、部隊での実戦経験もあってずば抜けた成績を取り続けていたことで、同期でも上位数名しか選ばれないという優秀学生に選出され、こうして新任少尉としてこの場にいるのだ。

 いずれはハイラント皇国軍の工兵科全体を導いていくであろう、未来の大物軍人。そんなマルクスは、工科兵学校で優秀な席次を維持していただけあって、罠や野戦陣地の構築以外にも、こうした普通の建築に関する造詣も深かった。


「エーベルハルト。そこのセメントと水分の比率がちょっとずれてるよ。もう少しセメントの量を多めにできるかな」

「ああ、わかった」

「ホフマイスター大尉。鉄骨の強度がほんの少しだけ足りないから、もう少し炭素の割合を多くしてくれないですか」

「わかった。これでどうだ?」

「うん、大丈夫です」


 これは俺も見たことがある。メイがよく工房で見せてくれた、工学系の鑑定魔法だ。

 鑑定系の魔法には色々と種類があるが、今マルクスが使ったのは素材の含有量を目視で確認できる魔法だな。特定の周波数の魔力を流すと、素材ごとに違った反応が返ってくるから判別できるらしいんだが……そもそもそれぞれの素材がどういった反応を返すのか、そしてその微妙な反応の差を見落とすことなく掴み取るは、やっぱりずば抜けた経験とセンスがなせる業なんだろう。

 これほど高い精度で鑑定できる人間を、俺はマルクス以外にはメイしか知らない。そしてメイは言わずもがな、皇国はおろか世界で最も優れた技術者にして工学魔法の使い手なので、それを考えたらどれだけマルクスが凄いのかがよく伝わる筈だ。

 というかこれ、もう少尉のレベルじゃないだろう。中尉をすっ飛ばしていきなり大尉でも良いんじゃないだろうか。


「エーベルハルト、また配分が乱れてるよ」

「わ、すまん」

「ハルトは割とすぐ気が散るね」

「考え事をしてたんだよ! 将官クラスにもなると色々考えることが多くってなぁ!」


 イリスに茶々を入れられたので、必死に弁明する俺。まあ仕事にそこまで関係ないことは考えていない筈なので、セーフな筈だ。……筈である。


 ちなみにこの鉄骨鉄筋コンクリートの技術はアーレンダール重工業から軍に提供されているため、後日しっかりと重工の口座にライセンス料が振り込まれることになっている。おかげでまたさらに俺とメイが儲かってしまうのは、なんというか官民がズブズブに癒着しているようで悪いことをしている気になってしまうね。






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