第402話 魔導飛行艦・視察

「へえ、随分と形になってきてるじゃないか」


 巨大な建物の中に堂々と鎮座ましましていたのは、全長一二〇メートル近くはありそうな鋼鉄のふねだった。どこかツェッペリン飛行船と旧軍時代の潜水艦に似ているシルエットは、まるで旧日本軍の駆逐艦の上下をそっくりそのままひっくり返したような印象を受ける。

 もっとも、艦橋は甲板上にあるので文字通りに上下逆さまなわけでもないんだが。


 ところで一二〇メートルというのは、地球の軍艦で考えれば小型の駆逐艦くらいに思えるかもしれないが、つい最近になってようやく大航海時代が幕開けしたかどうかといったこの世界の基準で考えれば、果てしなく巨大と言えるだろう。

 この世界の海には魔物がいる。もちろん陸上にだって魔物はいるが、本来人間は陸の上の生き物だ。もともと自分達の土俵ではない海の上で戦うのに比べれば、地上で魔物と戦うのはそう難しい話でもない。

 そんな事情もあって、既に近世末期から近代前夜(もしかしたら俺とメイのせいで近代にギリギリ突入してしまったかもしれない)という文明水準にしてはやや不釣り合いなほどに、陸路に比べて海路の開拓が遅れているのが現状だった。


 そこへ突如として現れた、鋼鉄製の飛行する巨大艦だ。この魔導飛行艦が世界に……とりわけ事実上の敵国であるヴォストーク公国連邦に与える影響は果てしなく大きいだろう。

 そんな戦略兵器をこのわずかな短期間でここまで形にしてみせたのは、今こうして俺の隣でニコニコしている愛すべき嫁なのだ。


「以前ノルドに旅行に行った際、船の構造に興味を持ちまして。あれから色々と勉強していたのが功を奏しましたね」

「お前はいつも勉強熱心だな」

「えへ、お褒めいただき光栄であります」


 相変わらず愛くるしいメイを軽く抱き締めて髪をわしゃわしゃとやってから、俺は彼女を引き連れて視察を続ける。ちなみに今やっただが、リリーとかマリーさんは普通に嫌がる。イリスは元からちょっとだけ癖毛気味で、そんなに髪が崩れないから許容してくれているみたいだ。


「飛行艦の構造を何に寄せるかで相当悩んだんですが、やっぱりハル殿に見せてもらった形が一番しっくりきますね。他はなんかちょっと違うであります」


 その「なんかちょっと違う」の言葉の裏には当たり前のように、物理学的な計算の果てに導き出された強度の数値やら、安全性、被弾時の生存率、空力的要因などの諸項目が含まれているんだろうが、それを俺が一つ一つ訊くことはない。メイのほうが圧倒的に理解度も高いしミスだって少ないのだ。俺が確認するのは二度手間だし、さらに言うならその作業はアーレンダール重工業の同僚達の仕事であってプロジェクト統括者である俺の仕事ではない。


「それでですね。艦載の砲の口径なんですが、やっぱり一二.七センチ砲が一番良さそうであります」

「一二.七センチ連装砲か。うん、実にロマンがあるな」


 この一二.七センチ砲というのは、艦砲として採用するのを前提として、既存の魔導衝撃砲マギウス・ショック・カノン————通称「ファーレンハイト砲」をベースに色々と改修を施して開発された新型の砲だ。

 仕組みとしてはそれほど複雑なものではない。主に敵として想定されている歩兵集団を吹き飛ばすのに充分な威力を込めた魔力エネルギー弾を、SFアニメの宇宙戦艦みたいに発射するだけだ。だから皇国軍で採用されている「〇八式魔導小銃」のように、【衝撃】の魔法を利用しつつもボルトアクション式で実弾を発射する……という感じではない。


 だが、むしろそのほうが威力は高いのだ。

 全軍規模で配備が絶賛進行中の「〇八式魔導小銃」(同じ年に発表された「アーレンダールM一五〇八拳銃」とはまた別だ)で実弾仕様のボルトアクション式が採用されているのは、端的に運用面でのコストと補給効率に優れているからにすぎない。

 魔力弾を撃ち出すのは、威力や命中精度の面では優れているんだが、いかんせん魔力切れが早いのと、その補給を兵士一人分の魔力で賄うにはやや負担が大きいのだ。もちろん時間を掛けて補給してやれば問題なく運用自体はできるんだが、たとえば魔力を補給した直後に敵襲があったりなんかしたら、もう目も当てられない。

 その点、少なくとも鉛の実弾を発射する方式なら、消費するのは撃ち出す際のエネルギー分だけでいいから魔力の消耗が少ないのだ。そういった事情もあって、全軍規模で更新が進められてる「〇八式魔導小銃」は実弾仕様なのだ。


 で、結局何が言いたいかといえば、魔力の供給に問題がまったくなく、かつその上で艦砲や野戦砲のように威力が何よりも重視される状況下にあっては、撃ち出すのは魔力弾であるに越したことはないという事実である。

 魔力弾なら、重力や空気抵抗による減衰を受けにくい。もちろん大気中に含まれる魔素の影響でどうしても距離が遠くなればなるほど収束された魔力弾が拡散して威力は落ちていくが、それでも実弾に比べれば減衰率は微々たるものだ。

 加えて、魔力の収束率やら圧力やら実体化やらを色々と弄ってやれば、実弾と同じように徹甲弾や榴弾、曳光弾に照明弾といった各種砲弾を使い分けることも可能だ。しかも薬嚢やくのう(火薬の部分だ)が要らない分、調整の手間は掛かるが魔力さえされば実質補給無しで無限に砲弾を撃ち続けることが可能になるチート仕様である。

 で、その魔力の供給は「魔王エンジン」が半永久的に担ってくれるわけだ。


「ずるい。実にずるいな」

「何がでありますか?」


 艦砲の設計も担当した、もうなんでもありな超狂人科学者マッドサイエンティストのメイが、そのえげつない頭脳とは裏腹になんともあどけないぽやぽやした顔で俺を見上げてくる。そのギャップにどうしようもないほどの萌えと愛情と幼馴染ゆえの慣れの感情を覚えつつ、俺は続けた。


「いやな、こいつが戦場にもたらす影響について考えてたんだ」


 試射実験に同席していたから、俺は知っている。この一二.七センチ砲は、俺が割としっかり本気を出した時と同じくらいの威力を秘めているということを。

 しかもそれだけではない。先ほども少しだけ触れたが、こいつは俺が使える各種『衝撃弾』なら、一通り再現できるのだ。

 ゆえにだ。俺が現状使える技の中でも最も攻撃力の高い必殺技『雷』。超近距離型で予備動作が必要なこの『雷』に代わる、速射型の必殺技として開発した『徹甲衝撃弾』すらも、この一二.七センチ砲は再現できてしまう。

 このことが意味するのはすなわち、どんな要塞や敵艦が相手であっても、そのすべてを撃ち抜く最強の矛がこちらにはあるという驚異的な事実にほかならない。

 さらに言うなら、軽く放っただけでも迫撃砲並みの威力を持っている『衝撃弾』なのだ。ましてやそれが艦砲射撃として放たれようものなら、敵歩兵部隊は陣地ごと吹き飛ばされて文字通りに全滅するに違いない。


「ありがとうな、メイ。お前のおかげでさらに俺は強くなれる」

「それが私の仕事でありますがゆえ」


 俺は皇国軍の准将だ。この魔導飛行艦の運用が始まれば、俺は少将として当該部隊を率いることになる。魔導飛行艦が強ければ強いほど、俺もまた強くなるのだ。




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