第147話 超高等魔法『雷』の秘密

 誰も一言も発さない静かな空気の中、俺はクリストフの方へと近づいてゆく。太い木に激突したまま動かないクリストフは、全身血塗れの状態で倒れていた。


「……この身体じゃ、もう二度と魔法士としては戦えないだろうな」


 俺の『いかづち』を食らったクリストフは、肩から先の右腕と膝から先の脚を失っていた。他にも肋骨、腰骨、骨盤など全身を砕かれた状態で、今後奴はまともに歩くことすらできないだろう。


「ま、殺さないだけありがたく思って欲しいね」


 叛逆者とはいえ、即死刑という訳にはいかない。現場で処分するだけの権限が俺には付与されているものの、それは「どんどん殺してOK」という殺人の免罪符ではないのだ。可能であれば無力化したのち連れて帰り、裁判を行なって処罰する。文明国を自称する皇国のお偉いさんにとっては、そうすることが望ましいようであった。


「ブランシュ伯爵家は改易か、蟄居か。クリストフを勘当するにしても、自分の家から叛逆者を出した責任は重いの」


 マリーさんが近付いてきて、ボロボロのクリストフを見て言う。


「すまぬの。お主に汚れ役を押し付けてしもうた」

「俺が好きでやったんだ。マリーさんは気にしないでいいよ」


 緩く二つに結んだ白く長い髪をなびかせて佇むマリーさん。その顔は憑き物が落ちたかのように、どこか穏やかなものだった。



     ✳︎



 最低限死なないように重要な部位だけに回復魔法をかけてやり、あとは拘束して放置することにしたクリストフを(鋼魔法が得意なレオンが)急遽作成した鉄の檻に転がしたところで、本日はお開きとなった。

 流石にこのような事件があった直後に試合を行うほど俺達の精神も強靭ではない。微妙にしんみりした雰囲気の中、俺達は夕食の支度をする。


 マリーさんとリリーの二人が腕によりをかけて作った食事を食べていると、沈黙を破るようにしてハンスが俺に訊ねて来た。


「あの……エーベルハルト。こんな空気の中で訊くのもどうかなーとは思ったんだけど……、ちょっといいかな?」

「ハンス? いいよ、どうしたのさ」

「さっきエーベルハルトがクリストフを倒す時に使ってた『いかづち』って技……。あれ、見た目が大人しいというか……そこまで強くなさそうだったけど、どうしてあんなに凄い威力だったんだい?」

「あー、『雷』な」


 周りを見ると、食卓を囲んでいる皆が俺の方を見て、俺達の会話に注目している様子だった。


「お、オレも気になるぞ! スゲェ威力だったよな?」

「俺もだ。どうしたらあそこまで高い威力が出せるのか、皆目見当もつかない」

「わたくしもですわ。一体どれほど複雑な術式なのでしょう」

「わ、わたしも知りたいです……!」


 何人かが身を乗り出して訊ねてくる。あまりの勢いに若干引いてしまうくらいだ。


「み、皆、そんなに気になる……?」


 揃って頷く修行生達。仕方がないので俺は『雷』の種明かしをすることにした。

 普通ならこういう必殺技とか奥義は口外禁止の秘伝技だったりするのだが、今回の場合は俺にしか使えない固有魔法【衝撃】を用いたオリジナル技ということもあって、特別に教えても構わないと判断したのだ。それに皆、信頼の置ける修行仲間でもある訳で、俺の技が何かの参考になれば良いという考えもある。


「あー、そうだな。まず、この技に必要な要素は三つ。一つめが、爆発的な威力を出す魔法力。二つめが、その魔法を緻密にコントロールする力。三つめが、それらを有効打にするための瞬発力だ」


 俺は『雷』を開発した際のコンセプトと経緯を説明する。


「『いかづち』は単なる大威力の衝撃波じゃない。超々精密な魔力操作が必要な高等魔法なんだ。まず、威力を高めるために自分の出せる最大速度で魔力を練り上げる。次に、実際に対象に触れて弱い衝撃波を流し、その伝わり方を感じ取ることで対象の構造を完全に把握する。最後に、把握した構造情報を基にして、練り上げた魔力を、対象を破壊するのに最適な波形・速度の衝撃波に調節した上で叩き込むんだ。……あまりに精密な魔力操作が必要な上に、対象に直接接触していなければそもそも構造の把握ができないから、万が一攻撃時に彼我の距離が離れたりでもしたら効果は著しく落ちる。最悪、普通の『衝撃弾』なんかよりも低くなってしまうんだ。――――外れればスカ、当たれば絶対破壊の、文字通りのという訳だね」


 加えて、観測のために敵に触れてから、破壊に最適な衝撃波に調節し、それを放つまでの時間はまさに刹那だ。拳が敵に触れてから振り抜くまでのあの一瞬で、俺が今までに覚えてきた全ての魔法の中でも限りなく難しい方に入る魔力コントロールを要求されるのである。

 どれだけ現実離れした技なのか、わかっていただけただろうか。


 見ると、修行生達は皆一様に呆然と俺のことを眺めていた。あのマリーさんですら、瞬きを忘れて俺をじっと見ている。


「えっ……こ、怖いんだけど?」


 何か言えよ! という視線とともにそう語り掛けると、ようやく皆は再起動して口々に感想を言い出した。


「……あの一瞬でそんな高度なことが行われてたのかよ」

「ありえませんわ……。いえ、信じない訳ではないのですけど……信じられませんわ」

「……悔しいけど、魔法の技術は相当先を行かれてるわね」

「そんな離れ業、妾とて似たようなことをするには年単位の修行が必要じゃ……。エーベルハルト……お主、まじでどんどん人間辞めていくの……」

「あれ!? なんだか思ってた反応と違う?」


 修行生達はともかく、マリーさんなら同じくらいのことはできると思っていたのだが……。

 どうやらあまり肉弾戦を繰り広げるタイプではないマリーさんには、こういう技を作るという発想自体が無かったようであった。


 結局、俺の魔法の凄さをただ自慢するだけして終わるという、何とも締まりのない展開を経てその日の夕食はお開きになるのだった。











 

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