第418話 嫉妬しちゃったマリーさん

 翌日。数時間にも及ぶ夜戦の果てに戦術目標イリスを無事撃破し終えた俺は、そこから泥のように眠り、ふと目が覚めた時にはすっかり日が昇ってしまっていた。

 隣では、愛すべき嫁が枕に顔を突っ込んでうつ伏せになって爆睡している。綺麗な肩に流れている深い青の髪をサラッと撫でてから、俺は目線を下にやる。

 きめ細やかな白い肌。引き締まっていながらも、むっちりと丸みを帯びた女性的な背中。柔らかそうな形の良いお尻が、丸出しになってしまっている。


「風邪引くぞ」


 ぺしっと尻を軽く叩いてから、布団をかけてやる。さっきまで俺が寝ていたので、それなりに温かい筈だ。


「ん〜……」


 尻を叩かれたせいで一瞬覚醒しかけたイリスだが、布団の温もりに包まれたおかげで彼女の意識は再び沈んでいった。

 そんなイリスを尻目に、俺は床に散らばっていた服を拾い上げ、着用し、それから部屋の外に出る。そこそこ広いにもかかわらず使用人達が頑張ってくれているおかげで清潔に保たれている廊下を歩きながら、俺は風呂場へと向かった。

 冬場とはいえ、夜の間中動き回っていたのだ。軽く汗を流したい気分だった。


「……ん? 先客か」


 脱衣所に入れば、どうやら既に利用者がいたらしい。いくつか置いてあるカゴの一つに、真っ白なワンピースが無造作に突っ込まれている。マリーさんだ。


「お邪魔しちゃお〜っと」


 まだ結婚こそしてはいないが、俺とマリーさんは半ば内縁の夫婦状態である。肌を晒し合った既セクの関係である以上、今さらお風呂ごときでどうたらいう話でもない。

 そもそも深い関係になる以前から風呂にはたまに一緒に入っていたのだ。ここは一丁、裸の付き合い(意味深)といこうじゃないか。

 着ていた部屋着をパッパと脱いで、全裸になった俺は身体を洗うためのタオル一枚だけを持って浴室へと突入する。ガラリと引き戸を開けてみれば、湯船に浸かってぼーっとしていたマリーさんと目が合った。


「やあ、おはよう。マリーさん」

「む、エーベルハルトか」


 ザバァッ、と湯船から上がってこちらへとペタペタ歩いてくるマリーさん。何も隠さないで近付いてくるもんだから、見えちゃいけない――――否、俺しか見ちゃいけないつるつるの部分が丸見えだ。


「昨夜はお楽しみじゃったの」

「あれ、聞こえてた?」

「前も言ったじゃろうが。エルフは耳が良いのじゃ」

「そういやそうだったね」


 少なくとも、リリーやメイには聞こえてはいないだろう。使用人達に関しては住んでいる区画自体が違うから、聞こえる筈もない。だがマリーさんだけは違う。自分の番じゃない日はいつも聞き耳を立てては、一人寂しく自分を慰めているのだ。

 ……なんで知っているのかって? それはこの前、マリーさんに用があって彼女の部屋に入った時に、セルフ活動真っ最中のマリーさんに遭遇したからだよ! あんまりに夢中だったからか、俺の侵入にすら気付かない様子のマリーさんと目が合った時はどんな顔をすれば良いかわからなかったよね。

 突然の出来事にびっくりして、そのまま足ピンで果てていたお師匠様の醜態ったらなかったよ。というか、マリーさんもするんだね、そういうこと……。なんだかとても新鮮な気持ちになったのを覚えている。


「まあ、イリスはよう頑張ったからの。お主が報いてやるのはわかるんじゃがの」

「マリーさん?」

「お主は、仮にも四人の女子おなごを娶っておる身なのじゃし、皆を平等に愛する責務があると思うがの」


 そっぽを向きつつ、どこかつっけんどんな口調で呟くマリーさん。なんだか少しだけ距離を感じる。

 これは……さては。


「マリーさん、拗ねてる?」

「拗ねてなどおらんぞっ。妾は大人じゃしな!」


 間違いない。つい最近結ばれたばかりなのもあって、今は自分がたくさん愛されたい時期なんだろう。それなのに俺が他のヒロインズにも愛を振り撒いているから、マリーさんは不機嫌になっちゃったわけだ。

 嫉妬する姉さん女房か……。うん、可愛いね!


「マリーさん」

「なんじゃ……ひゃっ!」


 お互いに全裸のまま、俺はマリーさんを後ろから抱き締める。色々と危ない感じになってしまってはいるが、マリーさんが俺を振り解く様子はない。


「で、弟子とのスキンシップも兼ねて、背中でも流してやろうかの。ほれ、座らんか」

「ふふ、マリーさん優しいね」

「妾は優しい師匠じゃ」


 俺が洗い場の椅子に腰掛けると、マリーさんは洗面器に溜めたお湯を頭からかぶせてくる。そのままシャンプーを手に取って俺の頭をちゃかちゃか洗ってくれるマリーさん。まるで床屋に髪を切ってもらっている時みたいに器用な手つきで、優しく泡立ててくれる。


「こうしておると、お主なんだか犬みたいじゃな」

「犬ぅ? 俺はそんなに従順なたちじゃないと思うけどな」


 軍の命令には忠実なので、なるほど確かに俺は国家の犬かもしれないが、そういう意味ではあるまい。もこもこになった泡を洗い流しながら、マリーさんは続ける。


「性格の話ではなくての。なんというか……信頼されておるのが伝わってくるというか、なんじゃろうな?」

「それは多分、俺がマリーさんのことが好きだからだよ」


 バシャッ! とお湯が一気に掛けられた。手を滑らせたらしい。


「い、いきなり恥ずかしいことを言うでない……」


 振り返って見てみれば、顔を真っ赤にして横を向いたマリーさんの姿があった。胸に手を当てて深呼吸している。


「う〜……、エーベルハルト。お主とおると、妾はいつも鼓動が激しくなってしまう。不整脈を疑ってしまうほどじゃ」


 恒例の年齢ネタをぶち込んでくるマリーさんだが、肉体年齢だけなら俺よりもよっぽど若い彼女だ。不整脈なんて、それこそあと数百年以上生きないと起こらないに違いない。

 照れ隠しなのか、タオルを泡立てて俺の全身をガシガシと洗ってくるマリーさん。それでも痛くないのは、やっぱりマリーさんが俺のことを大事に思ってくれているからだろう。


「あ、そこは自分で洗うからいいよ」

「うん? ……っ! わっ、そ、そうじゃな! すまん!」


 身体の前側を洗っている際に密着するせいで、ほんの少しだけ膨らんだ柔らかい感触が背中に押しつけられるのだ。おかげで俺の分身は元気いっぱいである。それに気付いたマリーさんは、まるで生娘みたいに慌てて俺から距離を取った。

 このあたり、まだ見慣れていないのがよく伝わってくる。実にうぶで可愛らしい。


「……もう辛抱たまらん! マリーさん、お覚悟!」

「ひゃっ、エーベルハルト、何を……っ! にゅわぁっ⁉︎」


 マリーさんから泡々タオルをひったくって残りを洗い終えた俺は、まずは自分がお湯をかぶってから次にマリーさんにお湯をぶっ掛ける。マリーさんが面食らったその隙を突いて彼女を抱きかかえた俺は、そのまま二人して湯船にドボンだ。


「ぶはっ。なんじゃいきなり……むぐっ」


 抗議の声を上げようとしたマリーさんの唇を奪った俺は、そのまま貪るようにその華奢な体躯に襲い掛かる。


「あっ……」


 ここは風呂場だ。いくら汚れても、またいくらでも洗い流せる。


「好きだ、マリーさん。愛してる」

「ん……妾も愛しておる」


 風呂場にこだまする、男女の睦み合う声。それを邪魔する者はどこにもいない。






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