カルヴァン編
第419話 カルヴァンの町へ出発だ
「それじゃあ、出発しようか」
「ん」
「うむ」
「久々の旅行ね〜。なんだか新鮮だわ」
「カルヴァンには行ったことがないので、楽しみであります」
各々がそんな感想を口々に言って、クルーザー
未だ馬車が主流の皇国交通事情も相まって、街中で車を乗り回すのは相当に目立つ。今も四方八方から好奇の視線が注がれているくらいだ。
「車での移動か。軍の送迎用とはやはり随分と異なるの」
「これは民生用だけど、軍隊向けの野戦仕様の型が一部に納められてた筈だよ」
珍しいとはいっても、政府の役人や軍の高官向けのものが一部では導入されていることもあって、中将閣下であるマリーさんもまた車に乗った経験自体はそれなりにあるらしかった。
ただ、軍務省で採用されているのは主に送迎に用いられる高級車仕様なので、今俺達が乗っているような荒地を走破するタイプのものとは随分と形が異なる。俺も少将になってからは何度か送迎車のお世話になったが、乗り心地はあちらのほうがよっぽど上だ。
「うむ。中央と東部を中心に、先行配備されておったな」
情勢がきな臭い東部と、全軍を支える要たる中央。その二つに高機動軍用車が数十両ずつ先行配備されているのは必然といえよう。まだまだ数は足りていないが、急ピッチでなされている配備のペースを思えば、そのうち充足するのは間違いないからそこまで心配はしていない。
それに馬車や竜車だってまだまだ廃れてはいないし、もう少ししたら鉄道だって敷設が始まる。そうしたら皇国軍の輸送力は一気に跳ね上がるに違いない。
「それにしても、車での旅行なんて久しぶりね。どのくらいぶりかしら」
「大抵はいつも転移門頼りだったからな。どうだろ、半年ぶりくらいか?」
助手席に座ったリリーが、レバーをくるくる回転させて窓を開けながら言う。ちなみに俺は運転席だ。一応は俺の車ということになっているので、まずは俺が運転するのである。
転移門を使わない旅行をリリーとするのは新婚旅行のタイミングで南都マルスバーグに行った時以来だから、実に半年くらいは経つわけだ。メイとノルド首長国に向かった時は陸路だったが、あの時はメイとの新婚旅行ということもあってリリーは同行してなかったからな。
「そのくらいかしらね。転移門も楽で良いんだけど、やっぱり旅行の醍醐味って道中の移動時間よね」
「旅行通みたいなことを言うね」
「私、普通に旅行は好きよ」
言われてみれば、さもありなん。リリーは皇国でもかなり珍しい時空間魔法を使えるわけで、徒歩での移動が必須ではない分、余計に道楽としての移動時間が非日常的で楽しいのだろう。
それにだ。未だ身分差の――――特に経済格差の激しいこの世界において、自由気ままに旅行を楽しめる有産階級なんて限られている。今でこそ辺境伯家次期当主にして皇国軍少将である俺の下に嫁いできているとはいえ、元々リリーは俺よりも家格では上の公爵家の出なのだ。
皇位継承権こそ持たないとはいえ、皇族の末端に連なる大貴族というのは、皇国全体の中でも飛び抜けて家柄が良いことを意味する。そんな文字通りのお姫様だったリリーの趣味が、ひたすらに時間と金のかかる旅行であるというのも、考えてみれば至極納得のいく話なのだった。
冒険者が旅をするのとは違う。護衛に囲まれた貴族の令嬢が各地を道楽で行脚するというのは、なかなかどうして相当にレアな趣味であることには間違いない。
「わたしは正直、移動なんて飽き飽きしている」
「そりゃまあ、イリスはそうだろうな」
軍人の彼女にとって、徒歩での移動なんて日常茶飯事だ。今でこそ魔法学院に出向という形で通っているから皇都を離れる機会も減ったが、少し前までは全国各地の情勢が不穏な場所へと飛ばされまくる毎日だったのだ。
当然ながら俺もそこに同道していたわけだが、原理的に転移門が一度訪れた場所にしか置けないという都合上、移動手段がもっぱら徒歩か乗合馬車か馬になるのは当たり前とも言えた。
「ハルトは逆に飽きてないの?」
「俺もリリーと同じかな。必要なら空を飛べちゃうから、陸路で移動するのは割と嫌いじゃないんだよね」
「そういうもの?」
「うん。あと馬、ちょっと可愛いし」
ほとんど乗る機会はないが、軍人たるもの馬の一頭や二頭、乗りこなせなくては恥ずかしいというものだ。おかげで白馬の王子様というには些か人格が野暮ったいが、軍馬を乗りこなす貴族の坊々という構図はしっかりと出来上がっていた。
「私は普通に移動は嫌いであります。疲れますし」
「ははは。メイは体力無いからな」
「……考えてみれば、この中でまったく戦えないの私だけですね。なんか、改めて思いますけど、皆凄いんですね」
唯一の非戦力であるメイが、皆の顔を見回しながらそんなことを呟く。軍人ではないリリーはまだいいとして、イリスはSランクの戦略級魔法士になったし、マリーさんは言わずと知れた最強の「白魔女」だし、俺だって伊達に皇国の英雄扱いをされてはいない。
それにリリーだって、魔法をブッ放すだけに限れば相当に強いわけで、まったく戦えないメイのほうが少数派というたいへん珍しい状況がこの場に生まれていた。
「その分、メイはこの中の誰よりも頭が良いだろ。お前はそれでいいんだよ」
各々が違う分野に強みを持っているとはいえ、少しだけ疎外感を覚えたらしいメイが珍しくシュンとしてたので、俺は後部座席に身を乗り出して彼女の頭を抱き寄せてやる。
実際、メイの規格外の頭脳にはいつもいつも助けられてばかりだ。スーパー理系才女のリリーや皇国軍枢要のマリーさんですら、メイの頭脳の出来には完全にひれ伏すといえばどれだけ規格外なのかが伝わるだろうか?
我が姉ノエルもそれに近しいものを感じるが、単純な頭の良さだけならきっとメイのほうが凄いような気がする。
つまりだ。メイは凄いヤツなのだ。
「へへ」
俺の腕に抱かれて、照れくさそうにはにかむメイ。皆、そんな彼女のことを微笑ましそうに眺めている。
嫉妬するでもなく、こうして温かく互いを見守ることができるあたり、皆は人格者だ。本当、俺にはもったいないくらいの出来た嫁達である。
とはいえだ。そんな彼女達を譲るつもりは欠片も無いのだ。俺は努めて謙虚であらんと思ってはいるが、根は強欲なのだから。
「リリー殿。あとで助手席、交代してください」
「それは嫌よ!」
「えぇ〜〜! この流れで断るんでありますか⁉︎」
とにかく俺の隣を死守したいらしい正妻様。いつも余裕があるように見えて、実は何気に必死なのかもしれないリリーだった。
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