第417話 「蒼穹の魔女」

「さて、シュタインフェルト中佐。君に辞令を言い渡す」

「はい」


 特殊作戦群・駐屯地。その郡長室にて、俺はイリス相手に形式張った態度で辞令を告げていた。


「貴官は日々の鍛錬を怠ることなく己の実力を陶冶し、ついに魔法士としての頂点である戦略級の高みへと至った。この功績を評価し、貴官を大佐へと昇進させる。併せて、中将会議より貴官には二つ名が贈られる」

「二つ名……」

「そうだ。俺の『白銀の彗星』やジークフリート中佐の『雷光』のような、真に強い者にしか与えられない異名だ。イリスもその仲間になるんだぞ」


 イリスは光属性を支援型から攻撃型に派生させた唯一の魔法士である。闇に潜み、景色に紛れ、回避不可能な光の速さで敵を狙撃する隠密型の魔法士、イリス。それだけでも充分以上に強いが、彼女がその本領を発揮するのは太陽が出ている日中。晴れわたる青空の下だ。

 ゆえに、ついた二つ名は「蒼穹の魔女」。青い空を意味するその異名は、青い髪を持つイリスにふさわしいネーミングだ。


「『蒼穹の魔女』。これがシュタインフェルトに贈られる二つ名だ。……やったな、イリス。かっこいいぞ!」

「……うん! 嬉しい」


 「魔女」だなんて随分と物々しい名前ではあるが、こうして喜んでいる姿を見るとなかなかどうして可愛らしいものだ。あまり溌剌と話すタイプではないイリスは、寡黙な雰囲気もあって軍内では割とクールビューティーに見られがちである。実際はこんなにも可愛くて愛しい女の子なんだが……まったく世の中の奴らは見る目が無いね。


「さて、シュタインフェルト大佐。貴官には七日間の特別有給休暇が贈呈される。せっかくの機会だ。実家にでも顔を出してきたまえ」

「うん、そうします」


 そう答えたっきり、じーっと俺の顔を見つめて黙り込むイリス。


「……もちろん俺も一緒に行くよ。事前に調整して、七日分の休みは確保してある」

「ハルト、大好き」

「夫なめんなよ」

「うん。わたし、ハルトのお嫁さんでよかった」


 もうすっかり軍人モードじゃなくなってしまったので、俺は詰襟(特魔師団時代の黒地に赤い線が入ったものから、金の線へと少しだけデザインが変わっている)のホックを外して首元を緩める。今は軍務中とはいえ半分プライベートみたいな時間だし、俺が郡長を務めるこの駐屯地には、俺を咎める上官だっていないのだ。


「さてと。そうと決まれば今日はもうゆっくりしようか。やること終わっちゃったしな」


 連日働き詰めだったこともあって、特戦群はすっかり戦時体制を維持できる水準に達していた。各ケース毎のフォーメーションや部隊運用案だって実戦に耐えうる段階にまで固まっているし、訓練だってかなり厳しく繰り返している。

 練度なら、熟練した三大師団の古参兵にだって劣らないだろう。そもそも特戦群を編成するにあたり、アイヒマン少佐や俺が各方面の俊英を片っ端から引き抜いて揃えたのだ。これで練度が伴わないようなら、俺は指揮官を辞めたほうが国のためである。

 幸いにして俺には個としての戦力のほかに、集団を率いる指揮官としての才能もある程度はあったらしい。これまでの努力が積み重なったおかげもあって、ちゃんと給料分のお仕事はこなせている自信があった。


「それじゃあハルト。エッチしよう」

「脈絡どうした?」


 明らかに順接の接続詞の使い方を間違えているイリスである。そもそもここは軍の施設内なのだ。仮にも公務中の人間が淫行に及ぶというのは外聞的にもいただけない。


「帰ってからな」

「もう定時だから、早く帰ろう」


 目にハートを浮かべて、情緒も雰囲気もないド直球の提案をかましてくるイリス。まったく、少しくらいは男女の駆け引きってものを意識してもらいたいもんだ。

 正妻のリリーを見習いたまえ。リリーは俺と政略結婚だったにもかかわらず、未だに俺は日々彼女にドキドキさせられっぱなしなのだ。正妻のプライドがそうさせるのか、それとも天性のたらしなのかは知らないが、大人の誘い方という面ではぶっちぎりでリリーが一番である。

 ちなみに一番年上の筈のマリーさんは、二〇〇年処女だっただけあって、めちゃくちゃ誘うのが下手クソだ。恋愛初心者の中学生みたいな誘い方をしてくる。変に緊張してしまうせいで、意識しているのが丸わかりなのだ。

 もっと酷いのがメイで、あいつはイリスと同じく直球で誘ってくる。というか襲ってくる。で、あっという間に逆転されて息も絶え絶えな状態でへばっている。雑魚である。


「カルヴァンの町に帰省旅行か。向こうにも都合があるだろうし、今日か明日のうちにご両親に連絡を入れてもらえるかな?」

「うん。あとでやっておく」


 結婚式の際に、俺達の持つ通信型魔道具をイリスのご両親にも渡してあるので、わざわざ時間のかかる手紙を出す必要はない。ただ、それはそれとして前日の夕方に連絡というのでは急すぎる。

 今日、明日は皇都でゆっくりして、明後日あたりから伺うのが良いだろう。


「今日はハルトをしこたま搾り尽くす」

「負けてはやらんぞ!」


 ヒロインズの中では一番フィジカルが強いイリスは、体力面でも相当に優れている。ただ、あっちのほうはそんなでもないので、現状、俺の勝率はかなり高い。


「わたしが強いのは昼だけじゃない」


 ふんふん、と鼻息荒く言うイリス。なんというか、意気込むところが少しズレているんじゃないかな、という気がしなくもない俺であった。








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