正月・書籍化記念SS 波瀾万丈なお泊り会②

「ふああああ~~……。いい湯だな……」


 「かぽーん」という効果音が聴こえてきそうな、湯気に満ちる大浴場。リリーが魔法で氷塊を数個ほど湯船にぶち込み、湯が適温に下がったので、俺達はゆっくりと湯浴みを楽しんでいた。

 前世ではシャワーだけで済ませることの多かった俺だが、やはり休日とかに銭湯やら温泉やらに出向くとなんだかんだで心躍ったのを思い出す。俺も随分とこの世界に染まってきたとはいえ、やはり根っこの部分は日本人の頃から変わっていないのかもしれないな。

 ところで「かぽーん」という効果音だけども、あれはいったい何の音なのだろうかね。一説によると、身体を流すのに使う桶を床に打ち付けた際に出た音が広い浴室に響き渡っている————らしいのだが、正解はるー○っくワールドの人間に訊いてみないとわからないだろうな。


「それにしても、立派なお風呂よねー」


 肩にお湯を掛けながらそう呟くリリー。緩くうねった淡い金髪が水分で首筋の肌に張り付き、艶やかな魅力を発している。きめ細かく柔らかそうな白い肌と、ほのかに上気した桜色の頬が大人びた雰囲気を醸し出していて、俺を不埒な気持ちにさせる。


「確かに、言われてみればベルンシュタイン家の風呂はここまで広くはないな」


 何度かベルンシュタットと皇都にあるリリーの家に遊びに行ったことがあるが、その時に入った感じだと、どうも我が家の風呂のほうがサイズが大きいのだ。広くないだけで、内装とか壁の材質とか、他の要素も考えたら決して格下というわけでもないのだが、広さだけを考えれば、明らかにファーレンハイト家の風呂のほうが充実していた。さらにいえば、ファーレンハイト家にある風呂はこの大浴場だけではない。小浴場、サウナ、アロマ湯に加えて、使用人用の風呂までもが常時利用が可能な状態で維持管理されている。明らかに風呂好きが高じたとしか思えない充実っぷりである。


「そもそも、普通は貴族でもバスタブみたいな風呂に入ってると思う。二人は皇国貴族の中でも特に身分が良いから、あまり他の状況を知らないんじゃない?」

「そうなのか、イリス」

「うん。わたしの故郷、カルヴァンの領主様の娘さんとは幼なじみでよく一緒に遊んでいたけど、別に没落士族のうちの風呂と特に変わらなかった」


 そう言うイリスは、いつもの若干ぼさぼさ気味のボブカットに近い髪が、湿ったことで真っ直ぐになっており、少し雰囲気が違って見えた。あとよく漫画やらアニメやらでは水の中が何故か白く濁っていて見えないようだが、ここは現実世界。普通に湯船の中の様子が見えるので、イリスのスレンダーボディのシルエットも、下の髪の毛もバッチリ見える。ビバ・リアルワールドだ。


「へえ……。カルヴァンっていうと、確か子爵家だよな? 意外だな。子爵家ならもっといい風呂に入ってそうなもんだけど」

「真面目ぶって誤魔化しても無駄。視線がずっと動いていない」

「いやあ、敵は本能に在りって言うでしょ」

「言わない」

「そういうイリスだってずっと俺を見てるじゃないか」

「そっ、それは! だって、他で見たことないから……」

「そっかそっか。気になっちゃうよな。わかるぜ! 俺もおんなじ気持ちだ!」


 妙に嬉しくなって、俺はざばあ、と湯船に津波を起こしてイリスに抱き着く。


「ひゃあああっ」

「んー、モチモチ」


 女の子の肌って、どうしてこんなに柔らかくて温かいんだろうな……。

 それにしてもイリスの奴、意外なことに抱き締められるのが結構お気に召しているぽいんだよな。引っ込み思案だから自分から抱き着きにいくのが難しいだけで、何気に俺のほうから肩を寄せたり胸に抱いたりすると素直に身を傾けてくるのだ。

 現に今もお互い全裸と、かなりCERO倫理規定的にアウトな状態なわけだが、顔を真っ赤に染めつつもイリスは俺から離れようとはしない。こういうところが可愛いよなぁ、と思ってしまう俺である。


「イリス、お前……。見た目よりも結構あるんだな」

「………………『光学迷彩ステルス』ッ」

「あっ、消えた」


 後ろから抱くような形で俺がをすると、恥ずかしくなったのか、イリスはお得意の光魔法を使って雲隠れしてしまった。

 いやまあ、質量自体は消えないので、変わらず俺に抱かれたまま揉まれ続けているわけだが。


「そうか。風土に影響されてるわけだな」

「ハル君?」


 目の前で堂々と敢行されている浮気現場にも「もはや慣れっこだ」と言わんばかりの表情で関心を示すことなく、すすす……と近寄ってきて俺の右半身に密着した正妻リリーが、俺の台詞に反応してくる。ちなみに、この状態の俺を見て対抗意識を燃やした低身長巨乳娘メイルが背中に抱き着いてきたために、背中がたいへんワンダフルでウルトラハッピーな感触に包まれて涅槃しそうだった俺だが、あくまで平静を装って返答する。ちなみにこれは仕方のないことだが、いくら十数年も厳しい修行を積んだ俺をしても、流石に水面下では平静ではいられなかった。姿の見えないイリスが小声で「そ、その。えっと、あ、当たってるんだけど」とか呟いていたが、ガン無視を決め込む。


「風土だよ。皇国は広いだろ。だからそれぞれの土地の気候に根差した文化がたくさんあるんだよ」


 往年の哲学者、和辻哲郎も言っていたことだ。寒い土地では辛抱強い人間が多くなり、暖かい地方ではのんびりとした人間が多くなる————と言ったら伝わりやすいだろうか。それが果たして和辻の言うように真実なのかはさておき、少なくとも寒い地方や、潮風や湿度が多くて肌がベタつくような土地では、入浴の文化が発達してもまったく不思議はない。むしろ当然であるように感じられるというものだ。


「確かに。カルヴァンの街は皇都よりも若干北にあるくらいだから、そこまで寒くはない」

「ベルンシュタットもそうね。気候はほとんど皇都と変わらないもの」


 いつの間にか魔法を解除して色彩を取り戻していたイリスと、俺の腕を絡め取って抱き締めだしたリリーがそう言う。二の腕に伝わる感触がたいへん幸せだ。


「ハイトブルクじゃあ、風呂に入らないと冬でもやってられないもんな」

「ええ。うちの工房が今みたいに大きくなる前からも、我が家にはお風呂があったでありますよ。夏だと鍛冶で身体中ベタベタになるからってのもあったのかもしれませんが」

「まあ街中に公衆浴場があったくらいし、ハイトブルクの人間はそれはよく湯に浸かってたよ。冬は特にね」


 同郷きたぐに育ちの俺とメイが地元トークで少しだけ通じ合っていると、残った二人が頬を膨らませてだんまりを決め込みだした。


「そ、そろそろ上がるか。のぼせちゃうしな」

「そうね。次は枕投げ大会かしら」

「軍で磨いた投擲とうてきのスキルを見せる時がきた」

「私は、当たると取りついて離れないトリモチ枕でも作って対抗するであります」

「メイ、うちの枕は壊さないでくれよ」


 ハーレム経営というのもなかなか大変だなぁ、と感じる俺であった。







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[あとがき]

 明けましておめでとうございます!

 二〇二一年、始まりましたね。二日続けてスケベ話の投稿となりましたが、意外と好評のようでほっとしています。本編の更新にも入りたいのですが、何となくこの番外編が気に入ってしまったので、正月三箇日いっぱいはこの系統になるかもしれません。

 あと、書籍化のほうの初稿の編集作業が終わりました。これから何度も修正が入ると思いますが、一山超えた感じで一安心しています。皆さまにお届けできるのはまだまだ先にはなると思いますが、その時を楽しみにしています。

 今年もよろしくお願いします!!

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