第248話 ファーレンハイト砲
虚仮威しだ。それ以外にはありえない。宗家の奴らはまったく実用的でない砲を持ち出して、我ら分家の戦意を削ごうとしてきているのだ。
ただ、どうも嫌な予感を拭い去ることができない。叛乱軍の首領にして分家当主のゲオルグは、背中を冷たい汗が流れるのを感じていた。
「ゲオルグ様。奴ら、あのようなものを持ち出してきておりますが……」
「あんなもの張りぼてだ! 本物である筈がない! ……そうに決まっている。巨大な砲を持ち出してオレ達の戦意を削ぐつもりなのだろうが……しかしそれを逆手に取ってやるのも悪くないな。魔法士に伝えよ。奴らの砲を狙え!」
「はっ! ……魔法士部隊に命令だ。奴らの砲を狙え! 繰り返す。奴らの砲を狙え!」
これでいい。これで少しは時間が稼げる。そう胸を撫で下ろした次の瞬間、耳をつんざくような衝撃波が周囲に轟いた。ゲオルグは数秒の後、ようやくその正体が「音」だと理解して戦慄した。
「……なっ、何が起きた! おい貴様、説明しろ!」
周囲には煙が立ち込めていて、詳しい状況が把握できない。それは家臣とて同じだと頭では理解しつつ、湧き上がる怒りと戸惑いが意思に反してゲオルグの口から怒声として飛び出した。
「わ、わかりませんっ……。すぐに確認させます!」
当たり散らされた家臣は、
「まったく、いったいなんだというのだ……うん? ……なっ、こ、これはっ……!」
ようやく土煙が晴れて視界が明瞭になったことで、ゲオルグは愕然とする。
ベヒモスが通ったのかと錯覚するほどに巨大な穴の空いた城門。稲妻でも落ちたのかというほどに粉微塵に崩れた城壁。洪水に押し流されたかのように呻き声を上げて倒れ伏す兵士達。
ほんの一瞬前まではありえなかった惨状を目の当たりにして、ゲオルグはただただ立ち尽くすことしかできなかった。
✳︎
「ファーレンハイト砲の魔力充填作業、完了! 命令があり次第、いつでも撃てます」
「よろしい」
報告を受け取った俺は宗家の家臣達に頷いてみせ、アガーテに向き直る。ちなみに
「宗家軍の前線における指揮権はアガータ、お前に委譲されている。これを使うかどうかはアガータが決めるんだ。撃つタイミングは任せる」
「……ここまでお膳立てされて、今更引き下がるわけにはいかないでしょう。私が引き金を引かねば……この戦いを終わらせなければなりません。でなければ、姫様に申し訳が立たない」
「アガータが囚われの身だったことに関しては、アガータの責任ではないとカリンも言っていたと思うけど」
「それでもです。一度とはいえ、宗家を窮地に陥れるきっかけを作ってしまった汚名は返上せねば、私自身が私を許せないのです」
「そうか。なら深くは追及しないよ。好きにするといい」
もとより、皇国側の同意は得られているのだ。新兵器の使用を
「ファーレンハイト砲、発射
アガータの命令で、兵士達はトロムソ砦に大砲の照準を合わせる。
「……撃て!」
――――ドゴォォオオオンッッ!
一瞬のタイムラグを経て、ファーレンハイト砲が火を吹いた。爆音を轟かせて、高密度の凶悪な魔力エネルギー塊が衝撃波を撒き散らしながら亜音速で空中を貫いてゆく。
「攻撃はどうなりましたか?」
「……初弾命中! 微修正の必要はありません」
「よろしい。では、これより効力射に移ってください」
土煙が晴れ、トロムソ砦の様子がこちらからでも視認できるようになるにつれ、だんだんとその全容が明らかになっていく。城門は
一撃。たった一発の砲撃でこれなのだ。間違いなくこの新兵器は戦場におけるゲームチェンジャーになるだろう。
「これが実弾だとこうはいかないんだろうな」
敵側の被害の大きさを見ながら、俺は誰に聞かせるでもなく呟く。
中に炸薬の詰まっていない中世〜近世の砲弾は、たとえ命中したとしてもそこまで大きな被害を出すことはない。もっぱら城門を貫く破城槌として使うか、あるいは川に石を投げる水切りのように砲弾を地面の上で跳ねさせ、敵兵を
この世界に現状存在している砲もまた、鉄か鉛の砲弾を撃ち出すしか能がない原始的な代物だ。
だがファーレンハイト砲は違う。俺の『衝撃砲』を参考にしているとメイが言っていた通り、撃ち出すのは【衝撃】の魔力を帯びた魔力エネルギーだ。擬似『衝撃弾』と表現してもいい。
そんな高エネルギーを秘めた魔力塊が亜音速で目標に命中すれば、敵は抵抗すら許されず吹き飛ばされること請け合いというわけだ。
「二発目、撃て!」
――――ドォオオオオンッ!
「三発目!」
――――ドォオオオオンッ!!
次々に撃ち込まれる『衝撃弾』。ここで行われているのはもはやお家騒動や紛争などという生易しい言葉で済まされるようなものではない。強いて言うならば、蹂躙だ。
圧倒的強者が、弱者を粉微塵に磨り潰す。これこそが新時代の戦い方。皇国が世界に示す、抑止力の姿だ。
「ここまで来たらもうあとは突入して、残存兵力を殲滅するだけだな」
「そうですね。……撃ち方やめー! 既に敵陣の被害は甚大なり! これより掃討戦に移行する! 第一大隊から第三大隊までは正面よりトロムソ砦に突入せよ! 残りは砦の包囲だ! 一兵たりとて逃がすな!」
「突撃ィーッ」
「「「「オオオオッ!!」」」」
火力の高い小銃部隊を先頭に、剣や槍で武装した通常の兵士達も次々に突入していく。分家側からの目立った抵抗は無い。
「落ちたな」
「ええ」
窮鼠猫を噛むとは言うが、流石にこの状況から挽回できるとしたら、それこそ戦略兵器級の魔法士でも連れてくるしか方法はあるまい。
そしてそんな余力が分家勢力に残っている筈もなく。
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