第415話 嫉妬するイリスは可愛い。もちろんマリーさんも可愛い。

 ここは特殊作戦群、第三演習場。俺達にとってはもうだいぶ馴染みの場所ではあるが、今日に限ってはいつもとは少し違う点があった。


「少し緊張する」

「まあ、落ち着いていけよ。イリスなら問題ないさ」

「うん。頑張る」


 若干、表情の硬いイリスが深呼吸をして気持ちを落ち着かせている。なぜそんなことをしているのかといえば、その原因はこの場に居合わせた面子にあった。


「がははは、硬いな! シュタインフェルト中佐。気心の知れた人間も多いだろう」

「じゃが、今日に関してはそうもいくまい。何しろ中将会議の人間が複数に、Sランク魔法士数名の立ち合いまであるのじゃぞ。これで緊張せんほうが難しいじゃろ」

「とはいえなぁ、ヤンソン中将。中佐にとってはほとんど身内みたいものだろう」

「その身内に見定められるのが、緊張の原因じゃな」


 そんな会話をしているのは、俺の元上官ことジェット・ブレイブハート中将に、我が愛しのマリーさんだった。他にも近くには将官クラスの超大物軍人が数名いて、加えて特戦群所属のジークフリート中佐や、宮廷魔法師団の重鎮、近衛騎士団長なんかの姿もある。

 揃いも揃って化け物ばかりだ。かく言う俺自身もまた少将という、この場においても上から二番目の階級持ちで、Sランク魔法士、皇国騎士、勅任武官といった肩書きの持ち主である(もっとも、上から二人目に偉いわけはないが)。


 ところで、なぜこれほどまでに大勢の大物が一堂に会しているのかといえば、それはイリスの実力をその目で見て審議する必要があったからだった。

 Sランクに認定されるためには、同格のSランク魔法士ないし戦士数名の立ち合いの下、軍や冒険者ギルドの高官が集まって審議を行う必要がある。そこでその戦略的有用性を認められれば、晴れてSランクとして認定されるのだ。

 数日前にイリスの実力を確信した俺は、その足で彼女を連れて軍務省へと飛び込んだ。思いっきり定時を過ぎてはいるのだが、皇国を守る軍の枢要たる軍務省は交代シフト制を採用していて、誰かしらのお偉いさんが必ず常駐しているようになっているのだ。

 で、俺は少将というバチクソ便利な肩書きをフル活用して、権力にモノを言わせてその場にいた最高責任者の中将閣下とアポ無し面談を行った。その結果、俺の要請に従い緊急で催されたのが本日の「戦略級魔法士認定審議会」である。

 俺も数年前にこの「戦略級魔法士認定審議会」に挑戦し、見事Sランクに認められたという経験がある。その結果、付いたのが「白銀の彗星」の二つ名だ。だからイリスも今日ここでSランクに認定されたら、新しい二つ名が贈られることになるだろう。俺はイリスが審議で不認定になるとはつゆほども思っていないので、どんな二つ名が贈られるのか今からもう楽しみだ。


「ファーレンハイト少将。君の周りには、規格外が数多く集まるね」

「これは、クリューヴェル中将閣下」


 そんなことを考えていたら、次期大将閣下と名高いクリューヴェル中将が話しかけてきた。彼は中将会議メンバーの中でもマリーさんに次いで古参であり、皇国軍の中枢オブ中枢である。俺のことも以前から目を掛けてくれていたし、だからこそ俺やメイが生み出した数々の新兵器を(慎重な検証を経てからとはいえ)全軍に取り入れてくれたのだ。

 老人と言っても差し支えない閣下だが、年齢にそぐわぬ柔軟な頭の持ち主である。まあ、それくらい優秀でないと超大国の中将なんて務まらないという現実もあるのだが。何にせよ、俺はこの中将閣下のことを、それなり以上の敬意を払うべき相手だと認識していた。


「私も随分と長いこと軍にいるけれどね。君のような逸材は、そこのブレイブハート中将くらいしか知らないよ。ヤンソン閣下はまた少し違う枠だしね」

「あの筋肉達磨と並び立つと評されるだけで、まあ光栄ではありますね」

「誰が筋肉達磨だ、色男め」


 ジェットが突っ込んでくるが、奴は紛れもなく筋肉達磨である。全身が筋肉でできた超人だ。内心で『筋肉』の魔人かとすら疑っているほどである。


「お前は優秀な魔法士だが、すぐ女に手を出すのが玉に瑕だな。あの堅物のヤンソン中将すら手籠めにするとは……。いつか女の魔人でも現れたら、篭絡されかねんぞ」

「まあまあ、英雄色を好むというではないですか。それにファーレンハイト少将は、女性に対しては非常に真摯であるとも伺っているよ」

「閣下。どこでそのような話を?」


 俺は、まあ確かに「すぐ手を出す」と言われても反論できないような私生活を送ってはいるが、しかし手を出した女の子は必ず責任を取って結婚するつもりでいるし、現にそうしている(マリーさんだけはまだだが、たぶんそのうち結婚することになるだろう)。

 そもそも正妻様の許可が無ければ俺は不埒なことなんてできないのだ。よくゴシップ誌で、色ボケ貴族が町娘やメイドを孕ませた挙句に認知せず放逐して金で黙らせるといった悪行を目にするが、そういう話は正直好まない。手を出されたほうは泣き寝入りするしかないし、手を出したほうも悪い風聞が一生ついて回るのだ。双方にとって良い話ではない。

 ゆえに、俺が女の子に対してきちんとした態度をとっているという噂話が流れているのは、良いことではあっても咎めることではないのだ。ただ、その情報が俺の知らないところで流れているというのは少し気になる。


「社交の場では、若い英雄の話が話題に上ることもしばしばあってね」

「なるほど」


 そういえば、確かクリューヴェル閣下は数代前に臣籍降下した、皇族に連なる家柄の出身だったな……と、ふと思い出す。皇位継承権は当然遥か昔に放棄しているし、分家のまた分家の……といった感じにだいぶ離れた傍系らしいので、爵位すら持たない士族らしいが。それでも歴代当主が軍の要職に就いていることもあって、クリューヴェル家は社交界ではそこそこ知られた名門なのだ。

 もちろん家格という意味では、うちの実家であるファーレンハイト辺境伯家には大きく劣る。中央から離れた地方貴族だから実感は薄いが、なんだかんだ言ってうちは大貴族なのだ。そりゃまあ、話題に出ることもあるだろう。


「おい、この無粋な筋肉達磨め。妾とエーベルハルトの関係に口を出すでない。……まったく、そんなじゃから、嫁に逃げられるのじゃ」

「えっ! ジェット、お前結婚してたのか⁉」


 マリーさんの何気ない一言で発覚した、衝撃の事実。なんとこの男、既婚者であったらしい。てっきり筋肉と結婚していると思ったから、心の底から驚いた。


「なんだ、してちゃ悪いか?」

「いや、別に……」


 まあ、こいつもなんだかんだで男性的な魅力には満ち溢れているし、筋肉フェチの女性がいたら性癖にブッ刺さるのは間違いないが……。


「まあ、一〇年以上も前の話だがな。俺が軍の仕事にばかりかまけていたせいで、実家に帰ってしまった」

「家庭を大事にすることの重要性を感じさせる、耳の痛い教訓だな」


 近々、大きな戦が始まりそうな情勢なわけだし、俺もまとまった休暇を申請するとしようかな。久々に家族水入らずの時間を確保したい。


「もうずっと会っていないが、息子がそろそろお前と同じくらいの歳になる。顔くらい見てやりたいが、嫁が許してくれるかはわからんな」

「子供もいたんだな」

「住所は知ってるし、ちゃんと養育費も送ってるからな。ネグレクトではないぞ! がはははっ」


 倫理観があるんだか無いんだかわからないジェットが、大声で笑う。少なくともデリカシーは無さそうだ。

 と、そこへ少しだけ顔を赤くしたマリーさんがそそそ……と近付いてきて、俺の耳元で小さく言った。


「エーベルハルトよ。妾との子供はちゃんと一緒に、大事に育てような」

「マリーさん!」


 人前なのに、思わずマリーさんを抱き締めてしまう俺。そんな俺達の様子を見ていた今日の主役であった筈のイリスが、ちょいちょいと俺の裾を引っ張って声を掛けてくる。


「イリス?」

「わたしも、ぎゅっとして」

「イリスぅ~~っ!」


 ちょっとだけ嫉妬の混じった嫁の顔。なんというか、神様。いるのかいないのか知らないけど、ありがとうございます!





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