第367話 計画メンバー勧誘
文化祭で予想に違わぬ素晴らしい功績を叩き出し、無事に特待生としての地位を獲得したメイ。おかげで必修の授業数が大幅に減り、かなり自由な時間が増えた彼女である。
自由な時間が増えたということは、俺が抱えていた「魔王の遺骸をどうにかする」という課題に協力する時間も増えたということで、俺は早速「遺骸研究プロジェクト」のメンバーを確保すべく彼女とともに奔走を開始するのであった。
そんなこんなでプロジェクトメンバーに相応しい人間に詳細を伏せつつ声をかけること数日。俺は呼びかけた人間をファーレンハイト辺境伯家皇都邸に集めて、秘密の説明会を催していた。
「……これは
そう呟くのは、魔法哲学研究会の顧問にして新進気鋭の若手研究者でもあるレベッカさん。彼女はうちの屋敷の応接間に集まった面々を見渡して、いつもよりどこか硬い表情をしていた。
「文化祭で素晴らしい論文を書き上げてくれたお二人に呼ばれたので、てっきり祝賀会にでもお呼ばれしたのかと思いましたが……面子を見る限り、なぜ私が呼ばれたのか皆目見当もつきませんね」
そう言うのは、今回の文化祭でたいへんお世話になったノイマン教授だ。彼は既に初老と言っても差し支えないほどの年齢であるが、俺やメイのような優秀な学生からはとても慕われている教授である。お友達感覚では決してないが、ノイマン教授の講義を受けたことがある人間ならまず間違いなく彼の研究の凄さと人間性に感銘を受ける筈だ。
「エーベルハルト君……いや、失礼。ファーレンハイト卿とお呼びしたほうが良いですね。いつも娘がお世話になっています」
かしこまった言葉遣いで俺に挨拶をしてくるのは、軍の技術士官であるメッサーシュミット準男爵。ユリアーネの親父さんだ。
「エーベルハルトで結構ですよ。こちらこそ、いつもユリアーネさんには仲良くしていただいてありがとうございます」
「そんな。むしろ我々のような下級貴族が、君のような立派な方と親しくさせていただけるほうがありがたいというものです」
そう言って謙遜する準男爵だが、その態度に卑屈さや取り入ろうとする醜さは欠片も見受けられない。やはり伊達に実力で平民から一代限定とはいえ貴族階級に成り上がった人間ではないな。
「……なぁ、ハル。なんでアタシみたいなのがこんなとこにいるんだ?」
そして最後に、ものすごく居心地の悪そうな顔でそう話しかけてくるのは、レベッカさんと同じく魔法哲学研究会に所属していて俺の一つ先輩であるヒルデガルトだ。
「周りの人間、みんな学究肌のクソエリートじゃねえか! アタシは研究とかよりも戦闘のほうが得意だぞ」
「それは知ってるけど、別に研究も苦手じゃないだろ?」
「そりゃ嫌いじゃないけどさ、程度ってもんがよ……」
魔法哲学研究会なる部活動に参加しているくらいなんだから、がさつそうに見えてヒルデは意外としっかり学問に対して真摯だ。だがそれは「学生にしては優秀」というにすぎない。この場に集まっている超エリート達と比べられるような代物ではないのだ。
ではなぜ俺が彼女を呼んだのかというと、それはひとえにヒルデの魔法の特性にあった。
「ヒルデはさ、悪魔と契約してるだろ」
「バアルのおっさんのことかよ?」
「うん。……あれの仕組みを解明できれば、多少は研究の助けになるかと思ってね」
「あー、つまりはモルモットってわけか」
「語弊を恐れずに言えば、そうなるかな」
「そういうことならむしろ安心だぜ。ちょっと気が楽になったな」
「とはいえ、貴重なサンプルだからね。積極的な議論への参加には期待してるよ」
「ま、やれるだけやってみる」
そんなわけで、詳細は未だ知らされていないヒルデだが無事に参加が確定した。あとは……残りのメンバーだ。
「皆さん。本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。皆さんをお呼びだてしたのは他でもない。私が軍より任されている、とある計画の中核メンバーとなってほしいからです」
「軍」のあたりで一瞬、緊張した空気が場に流れる。メッサーシュミット卿以外は皆が民間人なので、軍と聞くと身構えてしまうのはある程度仕方ない話なのかもしれない。
「この話は最重要軍事機密に該当します。ゆえに、具体的な計画の話を聞いた時点で参加を取り消すことはできません。……もちろん報酬はかなり多めに支払われますし、軍属の身分を得られるので今後は軍の研究施設などを優先的に利用する権限も与えられます。高待遇は確約いたしましょう」
そこで俺は一旦区切り、皆の顔を見渡してから続ける。
「ここまでの話を聞いて察しがついた方もいられるとは思いますが、それだけ大きな計画ということです。拘束期間は未定、報酬は莫大。そして秘匿性は最大です。もし情報が国外に漏れた場合は、軍法会議にかけられた上で最悪極刑もありうるほどでしょう。……以上の話を聞いて、辞退されたい方がいらしたらご意思を表明ください。お呼びだてしているにもかかわらず試すような形になってしまい、たいへん心苦しいのですが……これも軍規によるものです。ご理解ください。せめてもの心付けに、私より皇都の三つ星レストランで使える食事券を用意してあります。参加していただける方も、そうでない方も皆さんにお渡ししますので、それにてご勘弁願いたい」
そこで皆を見回すと、悩んでいそうな人がちらほら。メッサーシュミット卿はもともと軍人ということで、既に心を決めているようだ。ヒルデもあまり深いことは考えておらず、俺のお願いということで既に参加を決定している。
問題はレベッカさんとノイマン教授だ。
「……少し悩みます。私も学院での研究活動がありますから。とはいえ、こうしてお呼ばれしているということは少なくとも私の専門にある程度関係のあることなのでしょう? 国から自分の力を求められていて、それに応えることができる名誉を思えば参加したいのは山々なのですが……」
やはりネックとなるのは計画の巨大さか。軍事機密に触れることの心理的なハードルは、民間人にとってはかなり高いものになるだろうとは事前に予想していた。こればっかりは仕方のないことだ。
「……ぼくも、少しだけ考えさせてほしいかな」
そう言って思案顔になるレベッカさん。彼女もまた研究員を続けながら非常勤で講師を務める身分にある。不安定とはいえ、エリートコースをまっしぐらに爆進中だ。不必要な危険を受け入れる道理はない。
「わかりました。とりあえず今日はお話を聞けただけでも収穫があったとしましょう。……また後日、お呼びだてして返事をお聞かせ願えればと思いますが、いかがでしょう」
「私はそれで構わないです」
「ぼくも大丈夫だよ」
「ま、アタシは参加するって決めたからな」
「私も技術士官とはいえ軍人ですからね。一言、ご命じくだされば」
そう言うメッサーシュミット卿の階級は中佐。俺の一つ下だ。だから彼だけは俺の権限で強引に参加させることができたりするわけである。
まあ、実際にはそんなパワハラじみたことはしないが。
「それではまた数日後に人を遣わします。本日はご多忙の中、足をお運びいただきありがとうございました。外に馬車を用意してありますので、お送りいたします」
そう言って俺は彼らを見送る。とりあえずこれで確定参加者が俺とメイを合わせて四人、未定が二人だな。打診初日ということを思えば、まずまずの成果だろう。
「参加していただけると嬉しいですね」
「そうだなぁ。……まあノイマン教授はともかく、レベッカさんはなんだかんだ参加してくれそうな気がするけどな」
彼女は新しいことへの知的好奇心が人一倍旺盛だ。詳細を伝えることはできないが、世界でも類を見ない貴重か研究ができるといえばきっと参加してくれるに違いない。
「ま、なるようになるさ」
「でありますね」
最終的な話をしてしまえば、こっちには既にメイがいるのだ。一人で文明を進めまくった彼女がいるならば、どう転んでも魔王の遺骸の研究が失敗することはないだろう。
あまり気負うことなく、俺は皆が帰っていった後の中庭をぼんやりと眺める。丁寧に整えられた生垣に咲いた秋の花が、俺の心を少しだけほっこりさせた。
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[あとがき]
「第話 文化祭」の部分に「魔王の遺骸編」の章題を挿入しました。
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