第366話 文化祭表彰式

「それではただいまより、優秀論文の発表へと移らせていただきます」


 俺達の後にも数人ほどが発表をして、一時休憩となった論文発表会。その間に査読を担当する教授陣らが審議を進めており、今こうしてその結果が発表されんとしているところであった。

 講堂の空気が緊張でピリ……ッと張り詰める。かくいう俺も若干ながら心臓の鼓動が早まっているのを感じていた。

 そんな俺の隣にいるメイはといえば、呑気そうな顔で壇上の司会者をぼんやりと眺めている。それなりに緊張はしているんだろうが、気負ってまではいないらしい。

 まあここでいくら祈ったところで結果は変わらないのだ。シュレディンガーの猫でもあるまいし、発表されるまで結果が確定しないなんていうことはなかろう。


「発表の前に、まずはノイマン教授から総評がございます。教授、よろしくお願いします」

「はい。ご紹介に与りましたノイマンです。えー、今回の発表会ですが、投稿された論文の多くがかつてないほどに高い水準であり、優秀論文を決定する上で実に苦労いたしました。このような素晴らしい論文を書き上げてくださった学生諸氏には今後の活躍を大いに期待するともに、諸君らが魔法学院の学生であるということを教授として誇りに思いたいと思います」


 こういう場においてはよく耳にしがちな文言ではあるが、ノイマン教授の言葉に嘘偽りはなさそうだ。本心からの言葉ということであろう。

 実際、今回発表された論文の中には光るものがいくつもあった。皇国の未来はきっと明るいに違いない。


「さて、そんな選ぶのが難しい状況にあっても優秀論文は選ばねばなりません。……まずは敢闘賞の発表から参ります。研究題目は『魔力が作物に与える影響について』、マイエ学生。前へどうぞ」

「は、はい!」


 優秀賞には惜しくも選ばれなかったが、評価には値するという意味で設けられている敢闘賞。選ばれたのはマイエ学生と呼ばれた女の先輩だ。例の、学術的には一定の価値が認められるものの、経済的な合理性からいまひとつ実現性に欠けると評価された論文の人だな。


「あなたの論文は実に興味深い観点から論じられており、まだまだ伸びしろはありましたが将来性を見込んでここに表彰いたします。これを」

「あ、ありがとうございます!」


 緊張した面持ちで盾と賞状を受け取るマイエ先輩。全身がプルプルと震えているのがここからでもまるわかりだ。


「これで彼女も研究者街道をまっしぐらでありますね」


 そうメイが言う通り、どこぞの研究機関の人間と思しき中年男性がなにやらしきりにメモを取っている。机の上に置かれたネームプレートを見るに……あれは農業ギルドからの参加者か?

 いずれにしても、これでマイエ先輩とやらは将来の就職先からの内定を事実上ゲットしたも同然だろう。名前にフォンが付かないから貴族階級の出身ではないっぽいし、今のうちに仕事を見つけて将来安泰というのは実に素晴らしい人生設計だ。


「それでは続いて、優秀賞の発表に移らせていただきます。……えー、これに関しましては魔法との関連性がやや薄かったために議論が割れたのですが、軍務省よりお越しいただいたグーテンベルク准将閣下と魔法経済学のヘリング教授、そして商業ギルドのコストマン氏より強烈な推薦がございましたため、優秀賞に選ばせていただきました」

「俺じゃん」

「でありますね」

「研究題目は『鉄道線を利用した最適な兵站線の構築、ならびに戦力の集中投入』、ファーレンハイト学生。前へ」

「はい」


 ノイマン教授に招かれて、俺は壇上へと登る。我ながら、魔法学という意味ではメイにおんぶに抱っこも同然の研究だったと自覚している論文ではあったが、こうして無事に内容が認められて良かった。


「ファーレンハイト学生。あなたの論文は非常に完成度が高く、特に経済・軍事の両面において非常に革新的な研究であったと評価し、ここに優秀賞として表彰いたします。ただ、もう少し魔法学の範疇に収まる内容で研究を進められるともっと良かったですね」

「はい。ご指摘をありがたく受け止めさせていただきます」


 記念品の盾と賞状を受け取り、ノイマン教授と審査員席、そして観客席にそれぞれ一礼する。パチパチパチ、という拍手を受けて俺は壇上から下りようとして……そこでリリー、イリス、マリーさん、そしてユリアーネの姿を発見した。

 なんだ、あいつら来てたのか。そう思ったところでリリーと目が合う。小さく手を振ってくれる。好き……。あ、イリスも振ってくれた。くっそ可愛い。それを見たユリアーネもおずおずと振ってくれる。うーん、これは結婚ですかね。

 ちなみにメイと同じく魔法研究科で論文発表会への参加が義務付けられていたユリアーネだが、今回は優秀論文には選ばれなかったようだ。どうも彼女の研究はそれなりに時間のかかる大掛かりなものであるらしく、今回の文化祭には間に合わなかったらしい。それでとりあえず当たり障りのないテーマを新たに設定してやっつけで書いたはいいものの、あまり満足のいく出来にはならなかったと聞いた。

 というかマリーさん、ちゃっかり観客席に混ざってるけどあなた審査員席じゃなくていいんですか⁉

 ふと会場を見回してみると、他にも魔法哲学研究会の面々が来ているのが見えた。表彰式の最中だってのに、皆(真面目なカミル先輩以外全員)酒を飲んでやがる。治安終わってるだろ、こんなの。


「おめでとうであります」


 席に戻ると、メイが小さくガッツポーズして出迎えてくれた。俺はメイとハイタッチすると、彼女の背中をポンと押してやる。


「次、呼ばれると思うよ」

「だといいんですが」


 ぶっちゃけ呼ばれないわけがないと思う。あれが受賞しないんだったら、そんな学院は潰れてしまったほうがまだ国のためだ。魔法学院は学費も高いが、それ以上に公金がふんだんに投入されているのだから。

 まあ、実際にはメイが呼ばれるだろうから、そんなのは杞憂にすぎない。ハイラント皇国が魔法先進国たる所以でもある魔法学院だ。評価基準も公正かつ厳正に決まっているのだ。不正を許さず、しかも未来への投資は惜しまない。この国の良いところである。


「えー、続きまして最後に最優秀賞の発表に移らせていただきます。既に予想なされている方も多いとは思いますが……これに関しては満場一致での最優秀賞となりました。研究題目は『魔導機関を活用した大量輸送手段の開発について』。アーレンダール・ファーレンハイト学生、前へ」

「はい」


 俺と結婚していて苗字が厄介なことになっているメイが、呼びかけに応じて登壇する。その背中は種族柄どうしても小柄だが、俺にはとても大きく見えた。


「あなたの論文は理論研究のみに留まらず、実際の開発や運用データ等をもふんだんに取り入れた、およそ学生のレベルとはかけ離れた第一線級のものでした。この、文化祭始まって以来のたいへん素晴らしい功績を讃え、ここに最優秀賞ならびに特待生としての地位を贈呈いたします」


 「特待生」の言葉に会場がどよめく。しかし別に不思議なことではない。俺やエレオノーラだって皇帝杯での活躍が理由で特待生としての地位をゲットしているのだ。それよりも規模は小さいとはいえ、学内論文発表会でこれだけの成績を収めたメイが特待生の資格を贈呈されるのは至極納得のいく話であった。というか、それが狙いでここまで頑張ってきたのだ。俺もメイも万歳である。


 ペコリと審査員席と会場にお辞儀をして降壇するメイ。小走りでこっちに戻ってきた彼女の顔は、今にも弾けんばかりの眩しい笑顔で満ち満ちていた。


「やったな」

「はい!」


 かくして、俺とメイの文化祭は無事に当初の目標を達成して幕を下ろすのであった。






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