第52話 6年後 その2
他の人間も随分と変わった。
例えば、当時3歳だった弟アルベールはなかなか兄想いのいい奴に育ってくれた。これも兄貴である俺の教育の賜物だ。最近ではオヤジに北将武神流の「表」の方を習っているようだし、本格的に俺と修行で拳を交える日も近いかもしれない。その時に兄としての恥ずかしくないよう、もっと俺も精進して強くならなくてはな。
妹のロゼッタも、めちゃくちゃ変わった。と言うかそもそも当時はまだ1歳で、あうあうばぶばぶ言っていただけだったので、変わるに決まっている。一番変わったのは間違いなくロゼッタだろう。彼女はとても根が真面目でいい子だ。穏やかな性格をしているし、7歳なのに貴族の教養としてお勉強もピアノ(っぽい楽器なので勝手にピアノと呼んでいる)も刺繍も礼儀作法も社交ダンスも、たいへん真面目に取り組んでいる。ロゼッタこそ真のお嬢様だ。絶対幸せになるよ。いや、兄ちゃんが幸せにしてみせるよ! 俺は長男なんだ!
そして末の双子だ。男の子と女の子の二卵性双生児で、女の子の方のシャルロッテがお姉ちゃんだ。弟のジークハルトもシャルロッテと仲良くしているみたいだし、将来が楽しみだ。今は2人とも2歳。かわいい
姉ノエル? 理不尽さと暴力にさらに磨きがかかったよ。なまじ令嬢に相応しい教養を身につけて狡猾になり、さらに外面は完璧なだけにたいへんタチが悪い。本来の意味からは外れるんだろうが、俺は内心で「内弁慶」と呼んでいる。この前なんて夜メシの一番大きな肉を盗られたしな。辺境伯令嬢とは思えぬ所業だ。断じて許せるものではない。以上。
次はメイドのアリサだ。彼女は26になり、なんと結婚した。相手は同じ使用人のアンソニー。どこかで聞いたことのある名前だなと思えば、管財課の若手職員だった奴だ。聞けば、俺がアリサとともに荷車を探しに管財課に行った時に、アンソニーがアリサに一目惚れしたらしい。つまり俺は二人の愛のキューピットと言うことだ。生まれた頃から知っている身としては、アリサが幸せになってくれるのは素直に嬉しい。
この世界で26で結婚とはだいぶ遅い方だ。なぜ今になって結婚したのかと言えば、俺が大きくなり、あまり手がかからなくなったことが大きい。貴族家子息お付きの専属メイドというものは、主人が大きくなるまでは無責任に結婚などできない。俺の場合、中身の人格的な問題で自立するのがかなり早かったおかげか、アリサは専属メイド連中の中では比較的早くに結婚できたという訳だ。
それにしても、アリサが結婚か……。あの柔らかなお胸に抱かれる感触を味わえなくなるのは悲しいが、まあ俺にはメイがいる。おっぱいには困らない。なので存分に幸せになって欲しい。ちなみに我が辺境伯家家臣団内での職場結婚なので、オヤジに掛け合って結婚祝い金と新婚休暇を進呈しておいた。早く元気な子供の顔を見せてくれると俺としても嬉しい。
他にもまだ変わった人はいる。メイのオヤジさん、アーレンダール工房の親方だ。彼は鍛冶師としても一流だが経営者としても一流だったようで、辺境伯家お抱えの御用職人に任命されて以降、溢れんばかりの商才を発揮して工房を皇国随一の大工房へと発展させたのだ。まずは領内の経営難の工房の買収から始まり、他工房からの職人の引き抜きや引退した熟練鍛冶師の指導役としての再雇用、彼らを活用した新人育成、設備投資、研究開発などに全リソースを割き、研究開発チームのトップに娘のメイを据えることで、ハード面とソフト面を兼ね備えた盤石な体制を確立、短期間での急激な成長を実現したのだ。
いくら前世の知識がある俺でも、ここまで順調に経営するのは不可能に近い。俺ができたのは彼が行う改革のバックアップだけだ。ここまで工房を大きくできたのは、ひとえに親方の才能と努力の賜物だろう。一連の改革の余波が街にも影響しているのか、ここ2年くらい領内の税収もやや増加しており、オヤジはホクホク顔で「お前には領主としての才能もあるんだな」と俺を褒めてくれたものだ。
とはいえファーレンハイト家は皇国北方の防衛を任された武官貴族だからな。いくら才能があろうと、俺が実際に政務に就く場面は限られてくるだろう。もちろん最低限のことはやるが、基本的に領地経営の大部分はお抱えの文官達に任せてしまうシステマチックなものになっている。日本で言う官僚や地方公務員、あるいは古代中国の科挙みたいなものだ。優秀な人材を登用して、システマチックな統治体制にした方がある程度歴史のある発展した領地の経営には向いているのだ。
そう思ってオヤジに言ってみたら「そんなことはないぞ」と否定されてしまったことは記憶に新しい。
「いくら部下が有能でも、彼らを使うトップが無能だと意味が無いからな」
言われてみればそうだ。日本でも官僚は皆、超が付くほど優秀なのに、大臣やら県知事やらが無能だと国や自治体全体に大きな負担がかかっていた。逆にトップが優秀なところはどこもある程度うまくいっていたように思う。なるほど、武官貴族と言えど、内政は軽んじてはならないようだ。
他に変わったことと言えば、あと一つあったのを思い出した。俺が行きつけの串焼き肉の屋台のおっちゃんだ。真面目に美味しいものを愛想よく売っていたことが功を奏したのか、ついに彼は商店街の一画に自分の店を構えることに成功していたのだ。新たに従業員や調理師も雇い入れて、なかなか幸先の良いスタートを切れていた。俺もメイやアーレンダール工房の職人達を連れて開店祝いに食事に行ったものだ。酒類や新メニューなども増えていて、リピーターもそこそこいるようだ。美味しい店が続くのは良いことである。
さて、取り敢えず周囲の人間で変わったのはこのくらいだろう。オヤジや母ちゃんは何も変わらないし、これ以外に身近な人間で変わった人はあまりいない。
あとは俺だけだ。
俺はこの6年間で随分と強くなった。【衝撃】もかなり色々な使い方を習得したし、魔力や体力も随分と増えた。取り敢えずステータスとしては、こんな感じだ。
———————————————————————
エーベルハルト・カールハインツ
・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイト
生命力 :536/536
魔力 :5万1692/5万1692
身体能力 :693
知力 :138
魔法属性 :―
固有魔法 :【衝撃】
固有技能 :【継続は力なり】
———————————————————————
まず、生命力……すなわち体力、HPがそこそこ増えた。理由としては、北将武神流の修行や冒険者として活動しているのが大きい。全国の12歳の中ではほぼトップクラスと言っていいだろう。大人の冒険者や兵士と比べてもそこそこ上位に入る筈だ。
次に魔力。これは尋常じゃないくらいに伸びた。もう俺を超える魔力を持つ人間なんていないんじゃないだろうか? そう思えるほどの増加率だ。ぶっちゃけ、エリートと名高い三大師団が一つ、宮廷魔法師団の人間にも負けない気がする。師団長クラスになると流石にわからないが、平の団員であれば遅れを取ることはまず無いと言っていいだろう。
お次は身体能力。これも平均値程度だった6歳の時から随分と伸ばして、今では何の魔力強化を用いずとも、素の状態でゴブリンの群れやオーク、あるいはチンピラどもを相手に大立ち回りを演じるくらいはできるようになっていた。ランクで言えばDランク上位かCランク下位程度。流石に近衛騎士団は難しいだろうが、その辺の軍隊や騎士団であればやっていけるに違いない。
それに、俺が変わった一番の要素はそこではない。俺はこの6年間必死に、膨大な魔力量にモノを言わせて文字通り朝から晩まで北将武神流「裏」の修行に取り組んできた。そして遂に一年前、師匠であるオヤジとの最終試験――お互い全力での決闘に勝利し、俺は晴れて免許皆伝となったのだ。
血反吐を吐くような辛い日々だった。たまに趣味で行う冒険者稼業すらままならないほど、苦労の連続だった。筋肉や魔力回路はズタズタに千切れるし、それを強引に回復魔法で治してまた訓練するし、なまじ魔力が尽きないから気絶するまで修行を続けることになるし……。
それでも俺はめげなかった。正直何度もめげそうになったが、リリーやメイ、幼い妹弟達を見ていると、彼らを守る力を得るための修行をサボる気にはなれなかった。
転生前と違って、この世界での俺は努力すればするだけ報われる。ならば努力しない筈がなかった。「もう二度と大切な人達を悲しい目に遭わせないためだ」とひたすら自分に言い聞かせて、俺はおそらく歴代北将の中でも最速、最年少の11歳――5年間の修行で北将武神流「裏」をマスターしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます