第181話 『衝撃砲』

「……しかし、表情の無い死体を相手にするってのは何とも言えない気味の悪さがあるな」

「命をもてあそぶのは不快」


 そう言うイリスの表情は、いつも通り平坦な無表情ではあるが、どこか不快な感情を滲ませていた。確かにクリストフはどうしようもない奴ではあったが、死んで以降もこうして死体を操られて尊厳を踏み躙られてよいはずがない。奴はその命を以って罪を償ったのだ。無駄な優しさかもしれないが、それでけじめはついたと俺は思っている。


「せめてもの手向けに、これ以上尊厳を奪われることのないよう倒してやろう」


 魔刀ライキリに魔力を供給する。ライキリに含有された伝説の金属オリハルコンが俺の魔力に呼応して、その絶対にして必殺の斬れ味を起動させてゆく。知覚の限界を遥かに超えた高周波の衝撃波を放つ魔刀ライキリが、周囲の空気を震わせて「——キィィイイン!」と甲高い音を響かせる。


「もう二度と会うこともないだろうけど、せめて安らかに眠れよ。クリストフ」


 『纏衣まとい』を発動させた今の俺の身体能力は常人のそれを遥かの凌駕する。音を置き去りに————は流石にできはしないが、そういう比喩表現がしっくりくるくらいの瞬発力で以て一気に死霊人形クリストフの間合いに入り込んだ俺は、北将武神流の誇る剣術をお見舞いし、瞬きの間に憐れな死体をバラバラに斬り裂いた。


「おわぁ……スプラッタ……」


 流石に今晩は肉を食えないかもしれない。決して仲良くはなかったとはいえ、かつての知り合いを手に掛ける(もう既に死んでいるとはいえ)のは実に気分がよくないな。死んでいるが故にクリストフは当時の姿から成長していないから、いくらか年下に見えるというのもたちが悪い。


「憐れなもんだな」


 これはクリストフが処刑されてブランシュ伯爵家が取り潰された時に発覚したことだが、どうもクリストフはマリーさんの修行プロジェクトに召集される際、「ファーレンハイト家の勢力を削げ」という内容の密命を、そこにいる父親グラーフから帯びていたらしいのだ。結局それは敵わなかったわけだが、その結果処刑されてしまったクリストフは今、こうして死体になって実の父親に操られ、俺の前に立ち塞がっている。

 ……死して尚、奴は親父の操り人形だったということか。皮肉なもんだ。そりゃああいつも自由を求めて皇国に反旗を翻すわけだ。クリストフ暴走の原因の一端は間違いなく魔人こいつにある。というか八割くらいはこいつが原因じゃあないだろうか?


「ひでえオヤジだな!」


 俺に斬り刻まれたクリストフだった肉片が、魔力を失って土塊つちくれに還る。流石に不死とはいえ不滅ではないらしい。


「ぐぬ……、まだまだだ!」


 魔人グラーフが手をかざしてそう叫んだかと思うと、例の魔人特有のよどんだヘドロのような重苦しい魔力がそこら中に渦巻き、人型の像を形作る。


「ひっ」


 背後に控えていたイリスが小さく悲鳴を上げていた。無理もない。俺だって思わず後退あとずさってしまったのだから。

 目の前には、グラーフが召喚した大量の死霊人形クリストフ達がうじゃうじゃとうごめいている。過去最大級のホラーだ。監督誰だよ!


け! 我が息子達よ!」


 ————ワラワラワラワラッ


「ぎいいやああああああ!!!!」

「ひっ、嫌!」

「くっ、気分が悪い……!」


 目の前の数十……いや、百体はいるだろうクリストフゾンビが、一斉にこちらを目掛けて近寄ってくる。そのどれもが生前の奴よりは何段も劣る戦闘力しか持たないとはいえ、流石に気持ちが悪すぎる。これはメンタルへのダメージがデカい。


「部屋の出口を塞げ! 一体も外に逃すな!」


 部屋の外には鎮圧にかかりきりの隊員達がいる。もしクリストフゾンビを逃して彼らの背後を取られたら、いくら粒揃いの戦術魔法小隊とはいえ不覚を取る可能性は否めない。


「ハルト、この数は捌ききれない!」

「うおおおおッ、えろ! 魔剣ディアブロ!!」


 修行してかなりの高火力を扱えるようになったとはいえ、もともとが砲台タイプではないイリスが切羽詰まったような表情でこちらの指示を仰いでくる。ヨハンも先ほどの失態をカバーせんと必死に魔剣を振るってはいるが、焼け石に水だ。倒しても倒しても、明らかにクリストフゾンビの数が増えている。既に三〇〇体くらいはいるのではなかろうか。さながらコミケ当日の始発の〇んかい線のようだ。乗車率三〇〇%である。


「二人とも、俺の後ろに移動しろ!」


 俺達がゾンビを始末するスピードよりも、グラーフがゾンビを生み出すスパンのほうが早い。このままではいずれ捌ききれなくなって、この防御陣地は崩壊する。————ならばそうなる前に、この部屋ごと吹っ飛ばす!


「耐衝撃体勢ェーーーーッッ!!」


 俺は久方ぶりに、何重にも練り上げた超高密度の魔力を具現化する。俺の固有魔法【衝撃】に変換された魔力塊は、直径数メートルはある巨大な『衝撃弾』となって俺達の眼前に顕現する。


「いくぞッ、新技、————『衝撃砲』!!」


 叫ぶが早いか、俺は『白銀装甲イージス』を展開して自分とイリス、ヨハンを包み込む。次の瞬間、視界が真っ白に染まった。耳をつんざく爆音が周囲に轟き、莫大なエネルギーが天井を貫く。


 ————ドガァァァアアアアアアアアンン!!!!


 白く輝く衝撃波が一筋の線となって天へと昇ってゆく。真っ暗な夜空が白く照らされて、一瞬、レーゲン子爵領一帯が夜明けのように明るくなる。


「…………」


 しばらく経って周囲が落ち着いたのを見計らってから、俺は『白銀装甲』を解除する。夜の闇が再び舞い戻ってきた周囲を見れば、砦の天井はきれいさっぱり消えてなくなり、先ほどの『衝撃砲』によって空を覆っていた雲が吹き飛ばされたおかげで満点の夜空が天蓋を彩っていた。当然、あれだけ大量にいたクリストフゾンビの姿は一体も見えない。


「た、倒したのか?」

「ヨハンそれフラグだから!」

「? す、すまない」


 フラグの概念を理解していないながらも、先の失敗があるので謝罪を入れるヨハン。とはいえ、俺の八万五〇〇〇以上ある魔力がほぼすっからかんになるくらいの攻撃だ。流石に魔人とはいえども戦闘不能になっている筈である。


「『おいで、リンちゃん』」

「ぴゅいいっ」


 最近忙しくて久しく召喚できていなかった始原竜エレメンタル・ドラゴンのリンちゃんを召喚し、『龍脈接続アストラル・コネクト』を代行してもらう。


「ありがとな。この件が落ち着いたらいっぱい遊んでやるから今は許してくれよ」

「ぴゅい」


 ひと昔前なら機嫌を損ねてそっぽ向いていたであろうリンちゃんだが、今は生まれてから二年近く経ったこともあって比較的大人になってくれている。おかげでしっかりとこちらの事情を理解してくれるので、とても助かっている。そんな健気なリンちゃんには後でしっかりと報いてやらないとな。

 リンちゃんのおかげですっかり魔力が回復したので、俺は魔人グラーフの魔力を探って瓦礫と化した砦の上層部を歩いて回る。イリスとヨハンにも手分けをして探してもらうが、なかなか奴の姿は見つからない。


「ん」


 何分か探していると、崩れ落ちた屋根の瓦礫の下に、弱々しい魔力の反応があった。


「二人とも、いたぞ!」


 『纏衣』で身体を強化して瓦礫の山を崩すと、消し飛んだ右半身から魔力の粒子を散らしている魔人グラーフの姿がそこにあった。


「……我が、復讐も……ここまで、……か……」


 その澱んだ瞳は既に光を映してはいない。


「おい、グラーフ。死ぬなら情報を吐いてからにしろ」

「魔人に……まで、なった……と、いうのに……」


 グラーフの身体が消えてゆく。


「参ったな。ちょっと威力を出しすぎたか」


 あの状況では仕方がなかったとはいえ、「第三世代」とやらの魔人に覚醒したてだったグラーフには、『衝撃砲』の威力は高すぎたようだ。せっかくの機会だしとっ捕まえて尋問しようと思っていたが、あえなくそれには失敗してしまった。


「クリストフ……」


 もうグラーフの身体は胸から上しか残っていない。……しかし、魔人の肉体はこうやって消えるんだな。身体が魔力で構成されているのか?

 と、そこでクワッと息を吹き返したようにグラーフが目をかっ開き、こちらを見据えてくる。


「憎きファーレンハイト家のせがれよ。……私が、死んでも、……まだ他の第三世代や、第二世代が、貴様を狙うだろう……。やがては第一世代の、魔人が、貴様と、この国を………………」

「グラーフ!?」


 そこで完全にグラーフは消失し、続きの言葉が紡がれることは二度となかった。親子二世代に亘るブランシュ家の復讐は、あっけなく、そして不穏な未来を示唆する言葉とともに終わったのだった。


「ハルト……」


 イリスが俺の右手を握ってくる。


「……これは、報告しなきゃいけないことは盛り沢山だな」


 グラーフが力尽きた後には、鈍い赤色に輝く拳大の魔石と、先ほどは気付かなかった灰のような土塊が残されていた。






————————————————————

[あとがき]

 お久しぶりです! 随分と長いことお待たせしました。私生活のえげつなく忙しい案件がようやく片付いて余裕が出てきたので、更新を再開したいと思います。毎日更新は厳しいかもしれませんが、コンスタントに続けていけたらよいと思います。今後とも末永くよろしくお願いします。

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