第562話 西方諸国史・概論
ルクサン大公国。その歴史はなかなかに古く、建国は三〇〇年ほど前にまで遡る。
今から一五〇〇年ほど前に魔王を倒した勇者によって建てられた国がハイラント皇国であるという話は周知の通りだが、その勇者パーティに魔法士として西国出身の神官が所属していたことはあまり語られない。
否、語られてはいる。が、勇者――すなわち初代皇帝陛下を建国の父として崇拝・信仰する皇国においてはそこまで重要視されていないのが実態だ。
だが件の神官の出身地である西方では話は違う。むしろ皇国とは真逆で、神官こそが信仰の対象であり、魔王討伐事業における最大の功労者であるとされているのだ。
それは決して間違いではない。神官をはじめとしたパーティメンバーらの協力がなければ勇者は決して魔王を討伐しえなかっただろうし、その過程で勇者以外のメンバーが大活躍し、いくつもの街を魔人による支配から解放したのはれっきとした事実だからだ。
特に西方諸国に関していえば、まだ神官と勇者が合流してパーティを結成する前に解放された地域ということもあって、歴史的に神官信仰がたいへん厚い。
そんな英雄である神官は、魔王討伐後に故郷であるカンブリアに戻って聖人として祭り上げられた。そして神官は法王として君臨し、政治的にも宗教的にも権威を発揮したという。
彼の子孫は代々カンブリア法王を世襲することとなり、一五〇〇年経った現代に至ってもなお、国境を越えた影響力を持っているのだ。
さて、そんなカンブリア法王が元首を兼ねるカンブリア教主国だが、その国土は意外なほどに小さい。大陸から突き出したカンブリア半島――ノルド首長国よりも小さなその半島部分を領土としているにすぎないのだ。
ではハイラント皇国西方の大部分は誰が治めているのかというと、しばらくの間は「魔人の
何のために初代法王様は民を救いたもうたのか。これでは何の救いもないではないか。
時の法王はそう苦悩したという。そして、その御心に応えるべく立ち上がった者達がいた。それが当時の枢機卿らだ。
枢機卿とは、法王に代わって実際に政務や軍事を執り行う、カンブリア教主国における事実上の最高権力者達である。その彼らが自らの宗教的権威と軍事力を背景に北進を開始し、在地の豪族らを平伏させて自らの配下に組み込み、そうして今のノルド半島の南端あたりまでの広い地方を平定することに成功した(ノルド半島だけは原住民であるドワーフ達による連合政権が既にできあがっていたので、カンブリア宗教圏には組み込まれなかったそうだ)。
西方諸国を統一した枢機卿達はそれぞれの管区の君主となって独立し、カンブリア法王からは大公の称号を賜ることとなる。
……と、まあこれが大雑把な西方諸国の成立史だ。ルクサン大公国はその大公が現役で統治している珍しい国なのだ。
悲しいことにいくつかあった大公国は長い年月を経て再び戦乱を繰り返し、隣国を併呑した大公は自ら「王」を僭称するようになってさらに勢いづき。そうして今の国際秩序が形成されることとなった。
今回、ルクサン大公国に侵攻したデルラント王国や、ルクサン大公国の南側にあるヴァレンシア王国なんかはそういったカンブリア枢機卿の流れを汲む国なのだ。
ゆえに彼らはカンブリア法王を邪険にできない。カンブリア法王の発言を無視できないのだ。それを否定してしまえば、自らが依って立つ支配の正統性すらも揺らぐことになってしまう。
だからこそ、国際会議の場にルクサン大公国を呼んで、法王に味方をしてもらう必要があるわけである。宗派が異なる我らがハイラント皇国の皇帝陛下ではだめなのだ。まったくややこしいことこの上ない。
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[あとがき]
近況ノートに『努力』の世界地図を上げておきました。国際的な地理関係をこちらにて補完していただければと思います。
https://kakuyomu.jp/users/tsuneishi/news/16818093085025407328
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