第561話 「錦の御旗」作戦

 将官たるもの、仕事は自分で見つけるべし。

 何が言いたいかといえば、要するに俺は特戦群幹部会議で話し合ったあれこれをまとめて参謀本部に上奏したのだ。

 結果、多少の修正こそあれど概ねはそのまま採用され、俺達は今こうしてヴァレンシア王国とルクサン大公国の国境付近、深い山の谷間で密かに停泊しているというわけである。


「これよりルクサン大公国の首脳陣と接触、これを護送しながら陸路にてカンブリア教主国へと向かう」


 今回の作戦において、魔導艦シュトルムの存在は秘匿する。シュトルムは戦略兵器だ。国家の存亡や運営方針にすら関わってくる戦略兵器の存在を、どちらかといえば友好国寄りだとはいえ他国にひけらかすわけにはいかない。

 これはたとえ相手がノルド首長国であっても同じことだ。魔導衝撃砲の時とはわけが違う。一隻で小国くらいなら滅ぼせてしまうこの魔導艦シュトルムの存在は、絶対に秘匿する必要があるわけである。

 ちなみに「じゃあなんでデルラント王国のデールダム市では呑気に停泊なんてしていたの」という質問には、「普通の軍艦を装っていたから」と答えたい。

 魔導飛行艦シュトルムが戦略兵器たる所以ゆえんは、魔導である点にある。そりゃあストラテジー・カノンもクソ強いには強いが、本質はそこではない。

 空を飛び、地形をガン無視で戦略上重要な土地へと一直線に、しかも高速で向かえる点にあるのだ。

 確かにストラテジー・カノンの威力は無視できない。あれを食らったおかげで一撃でデールダム市は軍港としての機能を失ったし、東部艦隊だって木っ端微塵に打ち砕かれた。

 だが同じことは俺個人でだって(たぶん頑張れば)できるし、部分的にはマリーさんやイリスだってできただろう。それにシュトルムには一二.七センチ魔導衝撃連装砲が四基積んであるのだ。砲雷科が全力でこれをブッ放せば、港の一つや二つ落とせないものではない。

 だからこそ俺達は本国の応援艦隊がデールダム軍港に入港するタイミングで煙幕を張り、沖の彼方からどこからともなく現れた謎の黒船がごとくちゃっかり応援艦隊と合流して、何食わぬ顔をして港へと入ったのだ。

 つまり、デールダム市を襲った謎の爆発は未だ謎扱いのままである。上空から光学迷彩を施した透明の軍艦が一発極太ビームをブッ放したなどとは、噂にすらも上っていない。

 だがそれでいいのだ。俺達の正体を公表するのは、魔導飛行艦シュトルムの存在を隠しきれなくなってからでいい。今はまだ「新たに新設された活動内容不明の特殊部隊」程度の扱いで構わないのである。

 なお、皇国軍でも佐官以上の人間ならだいたい全容を知っているので、ガチガチに情報封鎖を敷いているというほどでもないのだが……そこはインターネットなんて便利な代物の無い異世界である。眉唾物の情報が他国にまで拡がる時間は限りなく長いのだ。


「護送には、アーレンダール重工業謹製の高機動車を使う。先頭と最後尾を特戦群で固め、中三両はルクサン大公国の要人と特戦群の相乗りにする予定だ」

「質問よろしいでしょうか」

「何だ? ハーゲンドルフ中尉」

ということは、揚陸部隊以外のメンバーも護衛に回るという理解でよろしいですか?」

「ああ、その通りだ。特戦群は一部の専門家を除いて、基本的には皆が戦闘に長けている。今回は所属兵科関係なしに、適性を見て人選を決定した。これが人員と配置の資料だ」


 一号車

 総司令官 兼 護衛隊長 ファーレンハイト少将


 二号車(護送車)

 車長 ハーゲンドルフ中尉


 三号車(護送車)

 車長 シュタインフェルト大佐


 四号車(護送車)

 車長 ホフマイスター大尉


 五号車

 車長 ジークフリート中佐

 

 他、各車両に数名ずつ。


「俺は索敵魔法が使えるし、特戦群でも最強の戦力だ。ゆえに先頭は俺が務める。イリスは中・長距離の攻撃ができて幅広い範囲をカバー可能だから中衛。殿しんがりはジークフリート、お前に任せる」

「わかった」

「ああ。怪しい奴がいたらとりあえず殺しとく」


 相変わらずジークフリートの奴は物騒極まりない。が、遠距離技もこの前会得したし、殿を任せるのにこれほど信頼のおける奴もそうそういなかろう。


「ハーゲンドルフ中尉。貴官は騎士学院で学んだ正真正銘の騎士だ。護衛のなんたるかを、この中の誰よりも熟知している筈だな?」

「は。護衛とは強さもさることながら、礼儀作法、護衛対象の精神的ケア、行程の確認など、気を配るべき点は無数にあるものであり、自分はそのすべてを高水準で完遂しうると自負しております」

「その言葉を信じての大抜擢だ。最重要人物が乗る二号車、貴官に任せたぞ」

「ありがたきお言葉!」


 まあ、ギルベルトさんなら問題ないだろう。実際、彼は騎士学院も優秀な成績で卒業したと聞いている。近衛騎士団に就職が内定していた(ところを引き抜いた)くらいだし、皇族方をお守りする資格ありと見做された実力をここで遺憾なく発揮してもらいたい。


「四号車はホフマイスター大尉だ。鋼魔法は護衛対象を守るのに適していると判断した。よろしく頼む」

「お任せください。賊に襲われたところで、護衛対象には指一本触れさせません」

「その意気だ」


 そこで俺は各車長らの顔を見回して続ける。


「護送車長の最重要任務は護衛対象を守りきることだ。間違っても敵の殲滅を優先せず、護衛任務を第一義とせよ」

「「「了解」」」

「安心しろ。賊の殲滅は俺とジークフリート中佐でやる」

「テメェの助けなんざ要らねェ。オレ一人で充分だ」

「ま、そう言うなよ。悔しかったら俺より一人でも多く敵を倒してみるんだな」

「言ったなコラ! ぜってェ勝つ!」


 憤慨しつつ叫ぶジークフリート中佐。この様子なら心配は要るまい。いつも通りのジークフリートだ。なんだか和むね。


「我々はいかがいたしましょう」

「アイヒマン少佐は、連絡あるまで艦で待機だ。場合によっては応援を求めるかもしれない」

「閣下がいて、応援が必要になる事態があると……?」

「わかんないぞ。魔王が復活したりでもしたら怪しいからな」

「それこそ我々ではどうにもなりませんな」


 呆れたように肩をすくめてみせるアイヒマン少佐。茶目っ気のあるオッサンである。実に軍人らしい。


「ま、とりあえずゆったりしていてくれ。休暇じゃないけど、ほとんど休みみたいなもんだから。酒さえ飲まなけりゃ何やっててもいいよ」

「かしこまりました。それでは閣下一向がカンブリア教主国に到着したタイミングで、手頃な港でもに乗り入れようと思います」

「そうしてくれ」


 ちなみに待機中のシュトルムは常に『光学迷彩ステルス』モードである。「制御頭脳アテナ・システム」にイリスの魔法式を記録してあるので、イリスがいなくても『光学迷彩』が発動可能なのだ。

 これは地味に大きな進歩である。イリスがシュトルムに縛られずに済むようになったからだ。イリスは特戦群でも二番の座をジークフリートと争うほどの戦力なので、彼女をステルス要員として艦に縛りつけておくのは実にもったいない。

 「制御頭脳アテナ・システム」のおかげでイリスの動かし方に制限が無くなったおかげで、作戦の幅が一気に広がったのだ。実にやりやすい。ほんと、メッサーシュミット中佐様様である。


「それでは、早速作戦開始だ」

「「「了解」」」


 かくして、国際世論を味方につけるためのルクサン大公国要人護送任務――――名付けて「錦の御旗」作戦が開始された。





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