第560話 自信

「こぢんまりとはしてるけど……思いの外、立派な要塞になったな」

「ちゃんと城主と兵達の居住空間だってあるよ。罠に関してはまだほとんど設置できてないけどね」


 出来上がった要塞を見上げながら話す俺とマルクス。今回俺は手を出していないので見ているだけだったが、マルクスは陣頭指揮を執りながらも自分で動いていた。

 誰にとっても工程がわかりやすいように工程表や図面を複数用意した上で、必要になる道具類の管理もシステム化していたあたりは実に素晴らしいと評価せざるをえまい。

 部隊の練度向上に多大なる貢献ありだ。これは昇進確定かな、などと考えていると、シュトルム待機組だったアイヒマン少佐から魔導通信が飛んできた。


「はい、こちらファーレンハイト。どうした?」

「《本国より速報です。至急、幹部会議室までお戻りください》」

「わかった。……ってなわけで、マルクス。あとは頼んだ」

「うん、了解」


 軽く手を振ってマルクスに別れを告げ、俺は『飛翼』で一気に港に停泊中の魔導飛行艦シュトルムまで戻る。数キロは離れていたが、所要時間はたったの一分だ。今回は音速を出すほどの距離ではないので巡航速度だが、それでも充分すぎる帰還速度である。飛んでくる、とはまさにこのことだ。


「……流石にお早いですね」

「速さならジークフリート中佐にも負けないぞ」

「ンだとコラ模擬戦すっか?」

「後でな」

「おう」


 同じく待機組だったジークフリートが絡んでくるが、適当にあしらっておく。奴は隙あらば俺との模擬戦を所望してくるのだ。こちらとしても良い訓練になるので何回かに一回かはこうして許諾してやるというわけである。


「それで、話って?」

「デルラント王国が電撃的な侵攻を行い、瞬く間にルクサン大公国が呑まれました。先日の机上演習の想定が現実のものとなりましたね」


 表情一つ変えず淡々と事実のみを告げるアイヒマン少佐。俺はといえば、顔を手で覆って思わず天を仰いでいた。


「あちゃー……ついにそうなったか」


 もはや世界大戦の様相を呈しつつある世界情勢である。不幸中の幸いと言うべきか、総力戦の時代に突入していないのだけが唯一の救いだ。それに関しても俺とメイのおかげというかせいというかで近代化が進みつつある以上、もう五〇年か一〇〇年かしたら地球の血塗られた歴史をなぞる可能性だってあるのだ。

 まあ、そこは皇国が圧倒的な軍事的プレゼンスを発揮して超大国として君臨し続けてさえいれば、パワーバランス的に総力戦を阻止しうるわけであって、未来の皇国のためにも今俺達が頑張れば良いだけなのだが。


「首都を含む国土の大部分は呑まれたようですが、辛うじて中央政府は南方、ヴァレンシア王国との国境付近の都市に逃れることができたそうです。西方諸国がこの状況を座して見ている筈もありませんので、近々何かしらの動きがあると思われます」

「それに皇国も一枚噛む、というわけだな」

「ええ。おそらくはそうなるでしょうな。一介の佐官風情にはこれ以上の予測はできませんが」

「何が一介の佐官風情だ。その気になってりゃ、今頃は将官にだってなってたかもしれんだろうに……」

「たらればの話でございますな、閣下」


 相変わらずアイヒマン少佐は食えない男である。現場を離れたくなくて頑なに昇進試験を受けずにいたところからも、頑固者らしさを感じずにはいられない。それでいて融通も利くのだから不思議な男だ。「頑固」というよりは「芯のある」とでも表現したほうが良いのだろう。

 そんなことはさておき、である。


「幹部を招集してくれ。これから臨時の幹部会議を行う。時刻は一時間後の一五〇〇ヒトゴーマルマルだ。その他の兵達は今やっている仕事の片付けをさせておけ」

「了解」


 サッと敬礼して、速やかに部屋を出ていくアイヒマン少佐。さて、俺はこの後の会議で使う資料でもちゃちゃっと作っておくとしよう。ペラ紙一枚程度にはなるだろうが、無いよりはマシに違いないからな。



     *



「シュタインフェルト大佐以下、一四名。揃いました」

「ご苦労」


 会議室に居並ぶ面々の顔を見て頷く。各兵科の長達に加え、彼らを補佐する尉官以上の者達だ。彼らは俺の合図で同時に着席し、一斉に机の上の資料に目を走らせだす。


 一番早かったのは意外なことにジークフリート中佐だった。だが、納得のいく話でもある。こいつはなんと、読む時に視神経と脳神経に雷属性の魔力を流して反応速度を向上させていたのだ。

 それで頭が良くなるわけではないが、単純に速く読めるというのはそれだけ利点でもある。面白い魔法の使い方をするもんだな。

 次点でアイヒマン少佐、メッサーシュミット中佐、シーボルト軍医少佐といった順に次々と皆が読み終えていく。やがて全員が目を通し終えたことを確認してから、俺は口を開いた。 


「今読んでもらった通り、デルラント王国が南の隣国であるルクサン大公国に侵攻した。既に首都ブラージュを含む国土のほとんどが占領されてしまっているらしい。これを受けて、まず間違いなく俺達はまた動くことになるだろう。今回の会議の議題はそこだ。どういった命令を受けても迅速に動けるよう、ありとあらゆる場合の動き方をシミュレーションしておきたい」


 報告によれば、勢いに乗って制海権を確保したデルラント王国はルクサン大公国の保護国化を宣言したそうだ。地方に逃れた正統政府は猛反発しているらしいが、それを押し通すための軍事力はもうほとんど残っていないという。

 ルクサン大公国だけの力では、もうどうにもならないところまで来ているのだ。


「おそらくだが、カンブリア法王は黙っていないだろう。何かしらのアクションがあると思われる」


 西方諸国の宗教的権威、カンブリア法王。中世ヨーロッパにおけるローマ法王がごとく、軍事力こそほぼ持たないものの、強大な発言権と影響力を保持している西の精神的支柱だ。

 

「俺達が動くとすれば、そのカンブリア法王の呼び掛けに応じる諸国――――とりわけ滅亡寸前のルクサン大公国、その首脳陣の護衛任務だろうな。デルラント王国の妨害から彼らを守りつつ、国際会議の行われるカンブリア教主国まで護送。なんとしてでも国際社会を味方につけ、こちら側が軍事行動を起こす際の大義名分を獲得する……って具合か」


 西方諸国が皇国の協力を拒否する可能性はほぼ否定できる。何しろ明日は我が身なのだ。誠に残念なことながら、デルラント王国は西方諸国中で最強である。


「デルラント王国の強さの根幹は海軍だ。これを叩き潰す大役を任されるのは……」

「プロヴァンス提督ですか」

「おそらくはな。かの御仁ならば、必ずや敵の艦隊を粉砕せしめてくださるに違いない。俺達はそれまでの間、時間稼ぎをすればいいのさ」


 いくらシュトルムが最強とはいえ、西部艦隊はデルラント王国の主力である。東部艦隊よりも幾分か規模が大きい上に、相手は既に制海権を保持している稼働中の艦隊なのだ。港でプカプカ呑気に停泊していた東部艦隊とはわけが違う。

 ならば海のことは海のプロに任せたほうが確実だろう。俺達はサポートくらいならするかもしれないが、やるべきことはまだまだ他にいくらでもあるのだ。


「空爆用の機雷でも準備しますか?」

「いや、どちらかというと魚雷のほうがいいんじゃないか?」


 部下達があれこれ話し合っている。実に健全な会議の場だ。こういう場を設けてこそ、部隊は成長するというものだろう。


「少将閣下も、年齢の割に貫禄が出てまいりましたな」

「そりゃ、これだけ荒波に揉まれりゃあなぁ……」

「御立派です」

「よせよ。照れるだろ」


 貫禄だけならこの中の誰よりも上なアイヒマン少佐にそう認められると、俺も多少は自信が湧いてくるってもんだな。








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