第559話 机上演習とコルネリウス少尉の提案
魔導飛行艦シュトルム。全長一二〇メートルの巨艦の中でも最も広い部屋である幹部会議室にて、俺をはじめとする特殊作戦群の幹部陣が勢揃いしていた。
部屋の中央には立派な長机が鎮座しており、その上には皇国北西部とノルド半島が描かれた地図が広げられている。居並ぶ面々はコーヒーを啜りながら、地図上に置かれた艦隊や陸軍師団の模型を動かしてああでもない、こうでもないと話し合っている。
「ここに敵の大艦隊がいる。ブラージュ軍港は堅牢な要塞であり、正面から突破するのは容易でない。陸上戦力は拮抗、ないしこちらが押されている状況にあり、正面突破は難しいものとする。それではホフマイスター大尉。貴官が参謀として全軍を動かしうる立場にあるとしたら、この千日手の状況をどう打開するか」
ブラージュ軍港とはデルラント王国の南方、ルクサン大公国の首都が置かれる港街である。暖流の影響で港は冬でも凍ることがなく、複雑に入り組んだ地形に据えられた砲台の数々は天然の要塞として敵を寄せ付けない。
そのブラージュ軍港が何らかの理由で敵勢力————すなわちデルラント王国の手に落ちた場合、どうこれを奪還するかというテーマの机上演習である。発案者はイリス・フォン・シュタインフェルト・ファーレンハイト大佐。可愛い可愛い我がお嫁さんである。
「そこはやはり空襲を行うということになるでしょうか。今回の戦いで、敵には碌な対空攻撃手段が無いことが判明しました。たかが数ヶ月程度で改善する見込みもないでしょうし、それが一番こちらに被害の少ない効率的な攻略方法だと考えます」
「ふむ。確かに効率的という意味では間違いない。が、その案は採用できないな。なぜだと思う? アイヒマン少佐」
「端的に言って、殺し過ぎるからでありましょう。敵もそうですが、救わねばならない友好国の民まで」
「あっ……」
レオンさんことホフマイスター大尉が、アイヒマン少佐の言葉でハッと気付いたような顔になる。そうなのだ。これは攻略対象が占領地であるという想定の机上演習である。もし被支配側の住民まで巻き添えで殺しまくっていたら、いざ敵を排除し街を解放したところで、待っているのは怨嗟の声と非難の眼差しだけなのだ。
それでは意味が無い。俺達は現地の民間人にとって、悪逆非道な侵略者から祖国を解放してくれる救済者でなくてはならないのだ。現地の国民感情をいたずらに刺激せず、覇道ではなく王道で支配する道を選ぶ。それでこその世界に冠たる皇国であるし、陛下もそれをお望みである。
「考えが足りませんでした」
「構わない。他の皆も、気付けなかった者は多いだろう。まあ、少しずつ視野を広げていけってことだな」
「「「は」」」
話は一旦綺麗にまとまったかに見えるが、課題はまだ解決していない。机上のブラージュ軍港は未だデルラント王国の魔手に絡め取られたままである。
「空襲が難しいってンなら、空挺降下しかねェだろうがよ」
「ま、それが一番民間人の被害を抑えられる方法だよな」
ジークフリート中佐の発言に俺は頷くが、当然反対意見も出てくる。
「しかし、それではこちらの利点である高所からの一方的な砲撃が活かせないという欠点があります。揚陸部隊の人数を考えると、いくら精鋭とはいえ攻略の負担が大きすぎるのではありませんか?」
「おっ、ハーゲンドルフ中尉。よく気付いたな、その通りだ。攻略において一番被害を抑えられるのは間違いなく揚陸部隊による空挺降下作戦だが、これを成功に導くには些か人員が足りないと言わざるをえない。三〇〇〇くらいいれば安心なんだが、流石にシュトルムの収容人数はそんなに多くないしな」
「ではどのように……」
「それを考えるのがこの机上演習の目的。わたし達は、いつでもハルトに頼れるという甘えを捨てる必要がある」
スパッと切り捨てたのはイリスだった。彼女はそう言い放つかたわら、地図を見て何やら黙考している。あれは何かに気付きかけている時のイリスだ。かっこ可愛いね。
「ねえ、ハルト。敵の要塞砲って、湾の内側には向いてるみたいだけど、外側に対してはほとんど無防備なんだね」
「ああ、そうだな」
敵は海から攻めてくるのだ。ならば重要な軍港を守るために、湾内に向けて砲台を設置するのは至極当たり前だと言える。
「ここと、ここ、————それからここかな。この三ヵ所に揚陸部隊を外側から隠密裏に降下させて、各自所定の砲台位置まで移動。定刻になったら同時に砲台を撃破して、要塞機能を停止させる。その混乱に乗じてシュトルムが上空から敵軍艦だけを狙って砲撃、沈黙させれば、あとは味方の歩兵を満載した輸送艦が堂々と湾内に進入できると思う」
「な、なるほど。それなら揚陸部隊の人数でも足りる……!」
「考えましたね」
「オレなら一人で二つ……いや、三つは砲台を破壊できる。こっちの砲台が集中してるところはオレが入ればもっと少ねェ人員で回せッから、こことここにもっと人員を回せ」
「ジークフリート中佐殿……頼りになります!」
「世辞は要らねェ」
いい塩梅に議論が煮詰まってきたようだ。これなら、今のプランを少し修正すれば実戦に応用できるかもしれない。西部攻略作戦の一案として、イリス名義で参謀本部に回しておくとしよう。
「もう少し作戦の成功率を上げるために、我々はあと一働きする必要があるかもしれませんな」
そう付け加えるのは叩き上げのベテラン士官、アイヒマン少佐だ。彼は煙草をくゆらせながら、地図上の一点を指差して言う。
「ブラージュ軍港北側のこの峠。複数の街道が合流する交通の要衝のようですな。ここを押さえれば敵の補給路を遮断できるばかりか、砲撃のための良い観測拠点になりはしませんか? ……なあホフマイスター大尉」
呼び掛けられたホフマイスター大尉は砲雷長としての知見をフル動員してしばし黙考し、やがておもむろに口を開いて頷く。
「ええ、確かにここであれば四方の街道が見渡せる上に、複数ある補給路を一点で断つことができます。さらに言えば、周囲に高い丘が他に無いのも大きい。砲撃陣地にはこれ以上ない好立地でしょう」
当然、敵とてそのくらいのことは熟知しているだろう。だからこそ、ここを奪えたら敵の士気を削ぐことだってできるに違いない。
「擂鉢山要塞よりも規模が小さくていいなら、一夜城を拵えるのも難しくないと僕は思うな」
作戦に関する机上演習ということで基本的には口を挟むことのなかったマルクスが、そこで初めて意見を出す。精鋭中の精鋭である特戦群工兵長の彼が言うのだ。できないことはないのだろう。
「コルネリウス少尉。本当にできるのか?」
「もちろん土木系工学魔法を使える人間には手伝ってもらうことが大前提になりますけどね。でも魔王エンジンで拡張された艦載インベントリに対魔コンクリートと鉄骨、鉄筋類を積んでいけば材料には事欠かないわけだから、理論値でよければ数時間でできると思いますよ。コンクリート用の乾燥魔法だってあるし」
「「「おお……」」」
ホフマイスター大尉の質問に、衒うでもなく淡々とそう答えるマルクス。その言葉に皆が感心するが、彼は気にせずに続ける。
「擂鉢山での築城経験があるなら、思ったよりもスムーズにいくかもしれないよ。エーベルハルト、あとで似た地形を探して実際に築城訓練をしておきたいんだけど、許可出せないかな」
「いいぞ。書類は後で書いておく」
「……ってことらしいんで、この待機中の暇な時間を使って訓練になるね。悪いけど築城訓練に関しては階級差関係なく指揮させてもらうから、皆さんよろしく」
「ではコルネリウス少尉。貴官を特戦群群長の権限で、期間限定の築城訓練実施責任者に任命する。訓練期間中、訓練に関わることは階級差にかかわらずすべてコルネリウス少尉の指示命令が優先されるので、皆その旨よく承知しておくように」
「「「了解」」」
かくして、突発的ながらも築城訓練が実施されることが決定した。場合によってはここの活躍次第でマルクスを昇進させても良いと内心で考えている俺であるが、それはまだ表には出さない。
彼には自然体で頑張ってほしいからだ。肩肘張らない、素の姿の部下を評価してこその特戦群だと俺は思うのである。
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