第558話 歩兵連隊到着

「フォーゲル大佐、ただいま現着いたしました。これよりデールダム市の制圧・統治任務に就きます」

「遠路はるばるご苦労、フォーゲル大佐。見ての通り、屋根のある建物を見つけることすら難しい状況だが、これも仕事だと思って頑張ってほしい」

「はっ。少将閣下がお膳立てしてくださったおかげで、あとの仕事がたいへん楽になりました」

「おいおい、皮肉か?」

「まさか。建物の陰から残敵が突撃してくるのに比べたら、屋根が無いことなど問題ですらありませんよ。本当、少将閣下の部隊が攻略担当で助かった」


 そう言って俺を持ち上げてくるのは、皇国から派遣されてきた歩兵連隊を率いるフォーゲル大佐だ。壮年から中年に差し掛かろうかという年齢の大佐は、野戦将校ではなく憲兵隊上がりの将校である。

 さもありなん。この連隊に課せられた基本的な任務は攻略済みのデールダム市を完全に制圧し、治安維持をすることなのであって、市街地で白兵戦を繰り広げることではないのだ。それならば治安維持に特化した憲兵隊出身の将校が連隊長を務めていたほうが何かと都合も良いのだろう。

 で、その連隊長さんの隣に立っているのが……。


「テールマン少佐。久しぶりだな。それと遅ればせながら昇進おめでとう」

「ファーレンハイト卿も気付けばいつの間にか少将閣下ですか。自分も昇進は早いほうだと思っていたんですが、閣下を見ていると自信を無くしますね」

「そんなことはないだろ。その年で少佐はなかなか聞かないぞ」


 俺よりも五つくらい年上の見た目をしているテールマン少佐。前に会った時は中尉だったから、一年かそこらの短期間に二階級昇進していることになる。前回会った直後に大尉に昇進していたとしても、相当に優秀でなければ一年程度で佐官にまでなるのは難しい筈だ。

 加えて言うならばテールマン少佐は憲兵。戦闘力があれば年齢などガン無視でそこそこ出世できてしまう特魔師団とはまったく毛色の違う部隊である。本当に事務能力や法知識の面でずば抜けて優秀でなければ、上になんて行ける筈がないのだ。


「今回は占領地の統治任務だし、上は相当テールマン少佐に期待していると見える」

「実は少し前に法務官の試験に通りまして。よって今回は法務少佐として、戦時国際法の担当をすることになりました。捕虜の扱いや現地住民の統治、戦争犯罪の抑止などはお任せください」

「す、すげえ……。法曹資格持ちかよ」


 法務官の存在は、皇国が文明国たる地盤そのものだ。紳士外交を国是とする(たまに砲艦外交もやるけど)ハイラント皇国は、戦争遂行時においてもしっかりとルールを守る文明人なのである。


「俺、宣戦布告とか無しに街を焼き払っちゃったけど、大丈夫? これ戦争犯罪とかにならない?」

「準交戦状態にある国の都市を無警告で攻撃するのは、国際法に照らし合わせても問題の無い行為ですよ。完全に支配した土地の民間人を虐殺するとかは流石に一発アウトですが、こちらが攻撃した時点ではデールダム軍港はデルラント王国軍の支配下にありましたからね」

「よかった……」


 まあ、俺は一応中将会議と参謀本部の意思に従って行動しているわけであって、現地における裁量権とかはあっても全体の攻撃方針とかまでは自由に決めうる立場にないから、よしんば非難されたとしても俺の責任ではないんだけどな。一部は俺も罪を着せられるだろうが、割合としては微々たるものだ。悪者扱いされるのは、きっとマリーさんとかジェットとかクリューヴェル中将閣下とかシャルンホルスト軍務卿とか、そういう偉い人達だ。もしそうなったら、マリーさんだけは全力で守ろうと決めた俺である。


「それにしても、東で英雄的奮戦をしたと思ったら今度は西で大活躍ですか。閣下も休まる時が無いですね」

「そうなんだよ。文句は敵国の首脳陣に言いたいけど、生憎となかなか会ってくれそうにないからな。仕方ないから敵軍相手に抗議活動を行ってるんだ」

「敵兵からしたら堪ったものじゃないですね」

「相手はあの英雄、ファーレンハイト少将閣下ですからな!」

「やめてくれよ二人とも。俺を持ち上げたって、武功しか上げないぞ」

「その後の統治を引き継ぐのは我々なのですから、閣下にはできるだけ暴れてもらわねば困るのです」

「テールマン少佐も言うようになったなぁ……」


 かれこれ四年近い付き合いである。はじめのうちは階級が近かったこともあって、友人とまではいかなくとも割と距離感は近い。たまに本社で会う他支店勤務の同期、くらいの距離感が一番近い表現なのかもしれない。俺は前世で働いたことはないからよくは知らないが。


「なんにせよ、ここからは我らが引き継ぎますゆえ。閣下はどうぞごゆるりとお休みください」

「ああ、助かる。それじゃあ後は任せた」


 フォーゲル大佐のありがたい言葉に礼を言い、俺は二人と別れる。さて、これから数日間は艦内待機という名の自由時間だ。狭いシュトルムの中ではあるが、艦長をはじめ幹部陣営には個室もあるし、共用スペースには狭いなりに立派な食堂も、資料室も、談話室も、浴場だってあるのだ。

 戦いの疲れを癒してしばしゆったりとするのも悪くない。これが終わればどうせまた皇都待機になるんだろうが、緊急招集が掛かるまでは再び学院生活にも戻れることだろう。冬休みも終わっていることだし、そろそろ学院にも顔を出しておきたい。溜まりに溜まった課題を消化する時が来てしまったみたいだ。


「というか、この暇な待機時間にレポートでもやれれば楽なんだけどなぁ……」


 残念ながら、軍務に服している時は外部との私的接触ならびに文書のやり取りは厳重に管理されているので、そうもいかないのだ。というかむしろ俺は管理する側である。だって俺の階級は少将、管理職中の管理職なのだから。




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