第255話 三人のアドバイス

「さーてと。エレオノーラがここまで成長した姿を見せてくれたんだから、俺も何かしら成果を出さないといけないよなぁ」

「あんた、まだ強くなる気なの?」

「まあ俺より強い敵が現れないとも限らないからな」

「意外と心配性なのね。こんなに強いのに」

「現実ってのは案外脆いもんだからさ。いつ壊れるかわからないんだぜ」

「くたばる寸前の老人みたいなこと言うわね」

「う、うるせぇ!」


 少し前の話にはなるが、魔人となって俺達の前に現れたクリストフの父親グラーフ。奴自身もなかなか強かったが、死に際に奴は「第二、第三の魔人が現れる」というようなことを言っていた。しかも奴より強いという「第二世代」や「第一世代」の魔人が、だ。

 現状、俺の前に姿を現した魔人は二体。直接遭遇していないものも含めれば合計三体の魔人と俺は関わっていることになる。うち二体は既に戦闘の末、撃破済み。いずれも部分的に苦戦を強いられはしたものの、死の恐怖を感じるほどに追い詰められたことは一度たりとてない。カサンドラの町でニアミスした転移する魔人に関しては、積極的に俺から逃げ出したくらいだ。だからおそらくは、数の多い「第三世代」の魔人達が相手ならば、俺は問題なく対処できるんだろう。

 だが、一七年前に現れた、オヤジが討伐したという「第二世代」の魔人。そいつはここ最近の「第三世代」達よりもずっと強かったと聞く。そして、もしその「第二世代」が現れた時、俺は誰一人失うことなく魔人を撃退できるだろうか。

 そう考えたら、やはり慢心なんてものはできる筈がないのだ。


「俺も何か新技を考えないとな……」

「せっかくだし、リンドヴルムの強化でもしたらどうかしら」

「リンちゃんの?」

「そうよ。私も炎精霊イフリートとの連携で強くなったんだし、エーベルハルトも契約神獣を強化する路線がいいと思うわ!」

「なるほどな。言われてみれば、あんましリンちゃんとの連携を強化したことはなかったよな……」


 何しろ、リンちゃんは元から強かったからな。今日みたいに俺が既に使える技を伝授したりしたことはあったが、リンちゃんオリジナルの技を開発したことはなかった。


「そうだな、そうするか。うん。ありがとう、エレオノーラ」

「礼には及ばないわ。まあ、強いて言うならもっと強くなって高い壁として私の前に立ち塞がりなさい。絶対に超えてみせるわ」

「ああ。そうするよ」


 そう言ってエレオノーラは去っていった。次の授業があるんだろう。時計を見れば、いつの間にか二限の授業が終わる時刻になっていた。どうやら随分と長い時間、エレオノーラと話し込んでいたみたいだ。

 だがおかげで次に目指すべき方向性のようなものが見えてきた気がする。俺はリンちゃんを鍛えることにしよう。もちろん俺自身もだが。


「リンちゃん、まだ俺の知らないお前を見せてくれ」

「ぴゅい!」


 こうして、俺とリンちゃんの修行生活はスタートしたのだった。



     ✳︎



「皆さん、お久しぶり……ってヒルデとレベッカさんしかいないの?」

「おー、エーベルハルトじゃねえか」

「やあ、帰ってきてたんだね!」


 リンちゃんとの戯れを経て、魔法哲学研究会の部室にやってきた俺が扉を開けると、中には悪魔っ娘先輩ことヒルデガルトと部員上がりのド派手衣装講師ことレベッカさんがいた。二人は部室に備え付けの黒板に何やら書き込んで議論していたらしく、ちょうど俺が入ってきたところで一旦休憩をしていたようだ。


「これは……契約神獣の形態変化についてのメモか?」

「そうだよ! ヒルデが契約神獣のバアルと融合する時に、見た目が変化するだろう? あの現象と神獣の形態変化の共通点について話し合ってたんだ」

「アタシはぶっちゃけ無意識でやってっからなー。なんで見た目が変わるのか、いまいちわかってなかったんだよな。んで、先輩に色々訊いてたんだよ」


 そういえば皇帝杯でヒルデが「バアルのおっさん」と呼ぶ大悪魔アークデーモンと融合した時、彼女の見た目はまるでアニメに出てきそうな悪魔っ娘っぽい感じに変わっていたな。ヒルデは「波長が合う」のか、悪魔……負の魔力を帯びた精霊に愛されやすいので無自覚に融合していたみたいだが、あれを意図的にやろうと思ったら普通はもの凄く大変かつ危険なのだ。それこそ魂を悪魔に奪われかねないくらいには……。


「結論としては、実体を持たない精霊ならびに悪魔が変化することは滅多にないけど、ヒルデと融合して生身の肉体を得たことで、より望ましい姿へと形態変化したと考えるのが妥当って線に落ち着いたよ」

「ほら、よく動物型の神獣って第二形態があったりすんじゃん。あれに近いんだってよ」

「ああ、マリーさんのピーター君と同じパターンか」

「マリーさん? 誰だそれ」

「その人ってもしかして『白魔女』のヤンソン中将のことかい?」


 ヒルデは会ったことがないから知らなかったようだが、レベッカさんは流石に知っていたみたいだ。まあマリーさんはあまり表舞台に出てくることはないけど、皇国最強の魔法士として魔法士界隈では知られてる人だからな。魔法士の上位互換である導師号も持っている第一線級の研究者でもあるし、魔法学院の講師陣で知らない人は多分いないだろう。


「そうだよ。アンヌ・マリー・エレイン・ヤンソン・イグドラシル中将閣下。俺の師匠だよ」


 オヤジ、母ちゃんに続く三人目の師匠である。ちなみにマリーさんは母ちゃんの師匠でもあるから、俺はマリーさんの弟子にして孫弟子でもあるわけだ。


「なるほどね。エーベルハルトくんの強さの秘密の一端には、あの人も関わっていたってことだね」

「まあね。マリーさんには随分と、それはもう随分としごかれたからね……」


 八〇〇以上の魔法と『龍脈接続アストラル・コネクト』、その他戦闘技術に魔法知識を叩き込まれたあの日々は、未だにたまに夢に見てうなされることもあるくらいにはキツかった。ただまあ、あの経験が無かったら今の俺はここまで強くはなれていないし、マリーさんもなんだかんだいって優しかったので後悔はまったくしていない。


「そういやエーベルハルト、お前も契約神獣いたよな? 確か……」

「リンちゃん?」

「おー、それそれ。その子だよ。アタシの記憶が間違ってなければリンちゃんって竜種だったろ」

「そうだよ。始源竜エレメンタル・ドラゴンのリンドヴルムちゃん」

「竜種ってことは実体があるんだし、お前のリンちゃんも形態変化できるんじゃねえの?」

「リンちゃんが、形態変化……」


 ヒルデの素朴な疑問に、思わずオウム返しに繰り返してしまう俺。なるほど、確かにリンちゃんは肉体を持つタイプの契約神獣だから、ヒルデのバアルやエレオノーラの炎精霊イフリートのように憑依は難しくても、リンちゃん自身が形態変化をすることは理論上可能かもしれない。


「ヒルデの言う通り、可能性は充分あるとぼくも思うよ。エーベルハルトくん、せっかくだし挑戦してみたらどうかな?」


 レベッカさんも同調してそう後押ししてくる。


「……そうだな。ちょうどリンちゃんの新しい戦闘スタイルを開発しようかと思ってたところだし、これを機に形態変化目指して修行してみようかな」

「これでちゃんと習得できたらアタシのおかげだな」

「そうだな。ありがとう、ヒルデ」

「おっ? お、おう」


 ストレートに感謝を伝えられたのが意外だったのか、一瞬たじろいでからお礼を受け取るヒルデ。ただ、彼女のおかげで新しい道筋が見えてきたのは紛れもない事実だ。普段はちゃらんぽらんだが、流石は二年生ながらに皇帝杯出場を決めるだけのことはあると、改めてヒルデのことを見直した俺であった。


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