第254話 才能チートと言うなかれ

「見せたかったのはこれだけじゃないわ。実はこの『神獣憑依シャーマン・スタイル』を会得した際に、もう一つ画期的な技を編み出したのよ」

「ほう?」


 炎のオーラを身に纏ったエレオノーラが、覇気を撒き散らしながら腕組みしてそう言う。こと戦闘に関してはセンスの塊と表現しても過言ではない彼女のことだ。きっと何かしら常識外れなことを見せつけてくれるに違いない。


「私はね、エーベルハルト。……空を飛ぶわ!」

「空?」


 ――――ゴォオオオオッ!


「なっ!」


 言うが早いか、エレオノーラは両足の裏と背中から炎のジェットを噴射して、まるでロケットか垂直離着陸VTOL機であるかのように空中へと舞い上がった。


「空を……飛んでる⁉︎」

「見なさい、エーベルハルト! 空はあんただけの領域じゃないのよ!」

「お、おおおおっ!」


 感動だ。心が震えた。俺は『飛翼』で空を飛ぶことができるが、そのためには相当量の魔力が必要だ。飛行に耐えうる推力を生み出せるならば、原理的には誰でも空を飛べる筈なのだが、それを成し遂げてくれる人はこれまでに現れなかった。

 だが、それもついさっきまでの話だ。今、目の前に、俺と同じように自由に空を飛ぶ人間が現れたのだ!


「――――『飛翼』!」


 俺はいても立ってもいられなくなって、衝動のままに空へと飛び上がる。慣れ親しんだ離陸の感覚とともに、そのままエレオノーラのもとへと近づいていく。


「まだあまり慣れてないからバランスを崩しがちではあるけど、いずれあんたに追いついて……ううん、追い越してやるわよ」


 相変わらずの不敵な笑みでそう宣言してくるエレオノーラ。俺はかつてこれほどまでに頼もしい彼女の笑顔を見たことがなかった。


「期待してるぞ」

「任せなさい」


 自慢ではないが、俺と同世代の人間で、俺に比肩しうる戦力へと成長できる可能性を秘めている者はごく少ない。現状、まあまあ良い勝負をできるのがエレオノーラ、次点でイリス、魔剣使いのヨハンに、『豪炎』のオスカー、そして今は亡きクリストフくらいのものだ。

 ただ、相棒という意味でならともかく、ライバルという立場で考えた時に、俺を超えられるかはさておき、同格になれるかもしれない確率が一番高いのがエレオノーラなのだ。

 ぶっちゃけイリスとエレオノーラが戦えば、まず間違いなくエレオノーラのほうが強いだろう。イリスも善戦こそするだろうが、まあ大方は負けるに違いない。もちろん背中を任せられる相棒パートナーということであれば、間違いなくイリスに軍配が上がるが……。

 俺にとってエレオノーラはライバルだ。厳密には、級友といえばいいだろうか。いずれにせよ、それ以上に深い意味は今のところ無い。

 何しろこいつ、性格は強引で人の話はあんまり聞かないし、勝手にこっちのことをライバル認定して何かと突っ掛かってくるしで、正直見た目が可愛い女の子じゃなかったら殴り返していてもおかしくはないくらいの関係性ではある。

 ――――ただ、俺が努力の果てに手に入れたこの強さを、同じく努力と、そして俺以上の才能で以て脅かしてくれそうなのがエレオノーラなのだ。才能を腐らせることなく、苦心しながらも努力し続ける。そういう努力型の天才が彼女だ。

 だから俺は彼女のことが嫌いではない。今はまだ、俺のほうが圧倒的に強いが……いずれ彼女が俺の脅威となってくれるのなら、それは多分、とてもわくわくする未来なんだろう。

 ……などと某地球生まれの戦闘狂異星人のようなことを思いながら、それでも負けてやらねえぞ、と内心で決意を新たにした俺であった。



     ✳︎



「はあ、はぁ……ふぅ……。燃費が、そこはかとなく悪いのが、この魔法の、欠点ね……はぁ、はぁ……」

「大丈夫か、エレオノーラ。息も絶え絶えだよ」

「心配、要らないわ。私はフィジカル面でも、修行を怠りはしないのよ、ひっ、ひっ、ふぅ……」

「割りかし心配な呼吸法してない?」


 いくら修行してるからといって、ひっひっふーはちょっと……いや、かなり心配になってくるのだが。


「だいぶマシになってきたわ……」

「回復が早いな。とりあえず回復魔法かけてやるからこっち向いて」


 そう言って無属性魔法『滋養強壮』と『休息』を並行してかけてやる。いずれもかつて母ちゃんにしごかれた際に身につけた魔法だが、なかなか使い勝手が良いのでそれなりに重宝しているのだ。


「ありがとう……楽になったわ」

「そうか。よかった」

「やっぱり魔力を増やすところから始めないといけないわね……」


 今の出来事から反省点を見つけ出し、真剣に解決方法を考えるエレオノーラ。なんというか、才能だけじゃないこういう真面目なところが、彼女を強くする最大の理由なんだろうなと思ったりする。才能に溺れず、ひたむきに努力をし続けるエレオノーラにシンパシーを覚えた俺は、敢えて敵(敵ではないが)に塩を送る真似をしてやることにした。


「エレオノーラ。『龍脈接続アストラル・コネクト』は使えるか?」

「『龍脈接続』? ……あの、人外しか使えないっていう伝説の超回復魔法のこと?」

「ひでえ言われようではあるけど、まあその通りだよ。あれが使えると、個人の魔力量に限界があっても、多少の休息時間インターバルさえあればその限界があまり障碍ネックじゃなくなるんだ。あと、しれっとエルフ族を人外扱いするんじゃない! エルフはれっきとした人種ヒトしゅだぞ!」


 この『龍脈接続』はマリーさんに教えてもらったエルフ族秘伝の技だ。そんなエルフ達を人外呼ばわりなんて流石に酷い話だろう。……まあ、マリーさんが人外なのは確かだけどな。あの人ハイエルフだし……。


「いや、人外ってのは超人って意味であって別に差別的な意味合いはないわよ……。というか、その口振り。……エーベルハルト、あんたまさか『龍脈接続』が使えるの⁉︎」


 エレオノーラの発言の意図はわかっていたとはいえ、思わずポリコレ的な反論をかましてしまったことを反省していたら、彼女はそんな俺の胸ぐらを掴んできた。ぐいっと顔を寄せてくるエレオノーラに思わず引いてしまう俺。顔が可愛いだけに、既に大人の階段を上ってしまった俺でもちょっと緊張してしまう。


「つ、使えるよ」

「見せなさいっ! 見せてください! お願いします!」

「わ、わかったよ……わかったからちょっと離れてくれ」

「あっ、ごめん」


 やっと離れてくれたな……。それはそうと、見せると言ったのだから実演してやらなくてはなるまい。最近になってようやく、ある程度ではあるが『龍脈接続』にかかる時間を短縮することに成功したのだ。とはいっても戦闘中に使うにはまだまだ隙が多すぎて実用にはほど遠いわけだが。


「……まずはこうやって精神を統一、それから自然界の魔素に意識を向けて……」


 俺はエレオノーラに『龍脈接続』のコツを説明していく。とはいってもほとんどがマリーさんの受け売りなんだが。


 ――――「『龍脈接続』の肝は、自身の体内の魔素と体外の……自然界の魔素とを区別しないことにある。一言で言えば、主客未分じゃ。人間が無意識の内に張っている意識のバリアを意図的に壊し、自分が自然界の一部であることを悟る。そうすることで精神の核である松果体が影響を及ぼすことのできる自己の範囲が、肉体の制約を超えて拡大し、莫大な力を手に入れることができるのじゃ」――――


 魔の森での修行の時にマリーさんが言っていたことだ。この「主客未分」ができるようになると、『龍脈接続』を使うことができる。

 ただ、それには恐ろしく長い時間と厳しい修行が必要となり、しかもその修行をしたところで必ず会得できるとは限らない。だからこそ……。


「まあ、契約神獣に丸投げしちゃうのが最適解なんだよね」

「そうするわ」


 エレオノーラの契約神獣である炎精霊イフリートは、魔力の宿った炎で構成されている、実体が無い珍しいタイプの神獣だ。その在り方は限りなく精霊に近い。だからこそ、俺のリンちゃんやリリーの灰氷狼アッシュくん、イリスの迷彩王竜レオンくんに、マリーさんの森兎ピーターくんのような肉体を持つタイプの契約神獣と比べて人間との融合化が比較的容易なのだ。

 融合さえしてしまえば、あとはもう自然と伝えたいことが伝わる以心伝心の状態になるので、エレオノーラが一つ念じれば、それだけで彼女は『龍脈接続』を習得したのと同じことになるわけだ。


「ま、これも『神獣憑依』を会得するという努力が報われたってことだな」


 才能チートと言うなかれ。エレオノーラもまた、充分以上に努力をしていたのだ。



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