第408話 シュトルム、発進

「各種計器、異常なーし」

「『魔王エンジン』、出力四〇%前後を安定して推移」

「艦長、いつでも出られます」


 航海長、機関長の報告を受けた船務長のアイヒマン少佐が、こちらを振り返って言う。俺は大きく頷くと、艦橋全体に聞こえるように声を張って命令する。


「これより本艦は浮上する。アンカー、切り離せ! 機関、出力上げー! 魔道飛行艦『シュトルム』発進ッ。両舷前進最微速!」

「両舷前進最微速、よーそろー」


 航海長のハーゲンドルフ中尉が命令を復唱し、舵を取りながら艦尾に二基搭載している魔導ラムジェットスラスタの出力を少しずつ上げてゆく。

 と同時に――――ゴゴゴゴ……と響き渡る重低音。艦が浮上を始めたのだ。


「少し緊張するね」

「ああ、そうだな」


 隣に立つ副官兼副長のイリスが、そう呟く。これまでに何度も飛行実験自体は行っているからこれが初飛行というわけではないのだが、「シュトルム」が軍に就役してからという意味ではこれが初めての飛行だ。


「艦体、浮上!」

「飛んだか」


 ハーゲンドルフ中尉の声と同時に感じるわずかな浮遊感。少ししてその感覚は収まるが、艦橋の窓から見える景色から徐々に高度を上げていることがよくわかる。


「改めて思うが、『魔王エンジン』ってのは恐ろしい機関だ」


 魔道飛行艦シュトルムの浮上方式は、無属性魔法の『念動力』を艦全体に掛ける「念動力方式」を採用している。

 もちろん推進自体にもこの『念動力』は使っているのだが、それだけだとやや出力が足りないのに加えて若干燃費が悪いので、双発の魔導ラムジェットスラスタを艦尾に搭載しているのだ。その二つの動力をハイブリッドさせることで、この巨大艦は推力を賄っている。


「これだけの規模で浮遊魔法を発動してなお、艦の推進力と攻撃力、あまつさえ防御にまで回せる余力がある。こうしてその力の一部を目の当たりにしているのに、まだ古代に実在したという魔王の強さが信じられない」

「それを討伐した初代皇帝陛下もまた、恐るべき強さを持っていたんだろうな」


 神代の英雄達は、脚色された御伽噺でもなんでもなく、まさしく神話のごとき強さを持っていたことが、現代にしてようやくこの「魔王エンジン」の開発によって立証されてしまったわけだ。

 イリスの言うように、これだけ大質量の鉄塊を浮上させる念動力魔法というのは、語るまでもなく人の領域から外れている。人間魔力タンクどころか人間魔力油田の俺が全力で魔法を使ったところで、継続して艦を持ち上げることが限りなく厳しいといえばよく伝わるだろう。

 できないとは言わない。だが、かなりの負担が俺を苦しめる筈だ。しかし「魔王エンジン」は、それを軽々成し遂げてしまう。繰り返すが、まったく恐ろしい兵器だ。これが皇国のもので本当に良かった。俺が公国連邦の人間なら、絶対に相まみえたくない難敵だ。


「高度四〇〇に到達」

「よし。ハーゲンドルフ航海長、艦首を皇都に向けて直進だ。両舷原速前進」

「取りー舵ー。目標、皇都。両舷原速前進」


 今いるのは北都ハイトブルク上空だ。アーレンダール重工業の飛行場を飛び立った俺達は、このまま皇都にある特戦群の駐屯地へと直行するのだ。

 受領した「シュトルム」を本拠地たる皇都駐屯地へと無事に持ち帰ること。これが俺達、特殊作戦群に与えられた最初の任務である。

 艦尾スラスタから魔力ジェットを噴き出しながら、艦が徐々に巡航速度へと加速していく。流れる景色が少しずつ速くなり、遠くに飛ぶ鳥の群れと並行して空を駆ける。


「そうだな。景気付けに祝砲でもかますとしようか」

「艦長?」


 砲雷長のホフマイスター大尉が、驚きの表情で振り返ってきた。だが俺は本気だ。それに祝砲だから実際に撃つのは空砲だ。魔力弾を実体化させない状態のまま、何も無い大空に向けて甲板の一二.七センチ連装砲二基を代わる代わる一七発撃つだけ。何も問題はない。


「砲雷科、祝砲! 数は一七発だ」

「し、祝砲用意! 弾種、空砲っ、弾数一七!」


 ちょうど眼下のハイトブルクには閣僚級のシャルンホルスト軍務卿がいらっしゃる。おかげで祝砲の数に悩まなくて良いのは気が楽だ。


「祝砲、準備良し。いつでも撃てます」

「仕事が早くて実によろしい。撃ち方始め!」

「撃ちー方ー、始め!」

「撃てッ」


 ――――ドォォンッッ ドォンッ ドォオオンッ!


 晴れわたる青空に、雷の声かとばかりに鳴り響く祝砲の音。

 『望遠視』の魔法で飛行場の辺りを拡大して見てみれば、予定に無い祝砲に驚いた人々の顔が並んでいた。


「はは、イリス。皆に拡大して見せてやってくれ」

「うん。――――『望遠』、『投影』」


 イリスが艦橋と艦内要所に複数、ホログラム映像のように眼下の光景を投影する。それを見た乗組員クルー達は皆、愉快そうに笑っている。あの堅物じみたハーゲンドルフ中尉やアイヒマン少佐でさえ、満面の笑みで声を上げて笑っているじゃないか。


「幸先が良いね」

「そうだな。こいつは俺達への祝砲でもあるわけだ」


 空を駆け、雲海の波濤を乗り越えながら、魔道飛行艦シュトルムは遥か南東へと突き進む。目指すは皇都、俺達の本拠地だ。




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