第121話 「魔の森」演習

 俺達がマリーさんの下で修行を開始してから三ヶ月ほどが経った。気温もだいぶ高くなってきて、皇国の北方に位置する魔の森でも薄着でなければなかなか耐えられないくらいには暑くなってきた。

 既に最初の頃のわだかまりのようなものは解消されており、俺達は互いの実力差や特技、苦手などを意識しながら切磋琢磨していた。

 俺も予定よりも早いペースで無属性魔法を覚えられており、既に新しく覚えた無属性魔法は500を少し超えている。我ながらなかなか優秀なペースだろう。マリーさんも18人を同時に見るのは大変そうだが、俺の時は楽しそうに魔法を教えてくれている。


 他の皆もそれなりに実力を伸ばしていており、加えて三分の一ほどの人間が神獣と契約することにも成功していた。


 まずはリリーの神獣である『白氷狼フェンリル』のアッシュ君。彼はこの三ヶ月で随分と成長し、子犬ほどしかなかった体躯は既に秋田犬の成犬と同じくらいのサイズになっていた。体毛は綺麗な青白い稲妻模様の入った灰色のままで、毛並みはフサフサだ。肝心の実力も、普通の動物ではあり得ないくらい強くなっており、将来が楽しみである。


 イリスの神獣『迷彩王竜キング・カメレオン』のレオン君もまたかなり大きくなっており、地球にいたコモドドラゴンという巨大トカゲとほぼ同サイズくらいには成長していた。頭から尻尾まで全長2メートル、体重50キロと、もはや主人であるイリスよりも大きくなっているので迫力は満点だ。爬虫類特有のひんやりとした肌がなかなか心地いいようで、イリスはよくレオン君にもたれかかって休憩していた。

 肝心の強さに関しても、最近ようやく完全に周囲の景色に擬態できるようになってきたので、これからかなり化けそうである。

 ちなみに修行参加者の一人である実家が鍛冶屋のレオン・ホフマイスター君と混同を避けるため、人間の方のレオン氏はホフマイスター君と苗字で呼ばれることになっていたりするのだが、その辺りはあまり重要ではないので軽く触れるに留めておこう。


 他には軽いキャラの印象だったオスカー・ダンゲルマイヤーが『火炎竜サラマンダー』を、毒使いのヘレーネが『毒大蛇ウロボロス』を、そして憎っくきクリストフが『闇獅子マンティコア』を召喚・契約していた。


 こう見ると随分と爬虫類に偏っているような気もするが、何か理由でもあるのだろうか? 哺乳類系が二匹しかいないのは随分もモフり甲斐のない話だ。


 そして最後に俺の召喚した神獣の卵だが、こいつは未だに卵の殻の中で眠りこけてやがった。魔力を与えるとギュンギュン吸収するので死んでいないのは確実なのだが、寝坊助もいい加減にしろと言いたい。

 流石に不安に思ってマリーさんに訊ねてみたら「もうそろそろ生まれるじゃろ」とのことだった。曰く、ほんのりと光っている光り方が脈を打つように規則的になってきたことが、生まれる前兆であるらしい。相変わらず何の卵かはわからないが、少なくともあれだけ俺の魔力を吸っているのだし、相当な規格外の個体が生まれてくるのは間違いないそうだ。


 願わくばモフモフであらんことを。ア――メン!!!



     ✳︎



 キリスト教徒でもないのに神に祈ってしまったことを反省しつつ、いやそもそもこの世界にヤハウェおらんやんということに思い至って律儀に反省したことを後悔したりしていると、修行中の俺達の元へとやってきたマリーさんが俺らに集合を掛けてきた。どうやらお話があるらしい。


「どうしたんですか? 全員集めるなんて珍しいですね」


 商人の息子で鑑定魔法が使えるヘムルート君が丁寧にマリーさんに訊ねる。彼の言う通り、ここまで俺達は何度か全体で同じ修行をする時に集合を掛けられたが、基本的には一人、あるいは数人で指示された課題に取り組むことがほとんどだった。こうして全体に集合が掛けられるのはなかなか珍しいことだ。


「お主らもここに来て約三ヶ月。自分では気付いておらぬじゃろうが、だいぶ実力もついてきた。今日はそれを自覚し、活用する術を身につけるための演習を行う」

「「「演習?」」」


 演習というと、イメージするのは軍隊とかが山にこもって作戦行動の訓練を本番形式でやったりするあれだ。あとはセンター試験の過去問を解いたりとか。

 いずれにせよ、本番形式で何かをするということか。


「お主らにはこれからこちらで指定した者とチームを組んでもらい、魔の森の指定された場所まで出向いてもらう。全てのチームに同じ課題を与え、それを見事達成できたチームが合格じゃ。ちなみに達成できんかったチームには一週間地獄の特訓が待っておるでの。覚悟しておけ」

「「「ええーっ!!」」」


 俺とオスカーとヴェルナーが揃って抗議の声を上げる。達成できないと決まった訳ではないが、ただでさえ辛い今の修行に加えて更に地獄の特訓とか、内臓とか骨とかが色々心配になってくる。流石にこの年齢で身体を壊したくはない。


「安心せい。超えちゃだめなラインはギリギリ守ってやるでの。少なくとも後遺症が残らないことは保証してやろう」

「後遺症が残らない程度には怪我するんだ!?」


 普段は優しいマリーさんだが、修行の時はなんだかんだ言ってかなりスパルタ鬼教官である。求められる水準が異常に高い。くっ、これが皇国最強か……。


「チーム分けはそれぞれの特性と性格等を考慮しておる。今回は初めてじゃし、演習終了まで数日を要するからの。一応、男女別にしておくから心配は要らんぞ」


 マリーさんも女性の身なので、色々と思うところがあるのだろう。宿泊設備が最低限揃っているなら問題は無いだろうが、完全なる野営ともなれば未婚の男女が共に過ごすのはできる限り避けたいことだ。貞淑さを求められる貴族にとっては特にな。


「いずれ日帰りの演習をやることがあれば、その時は男女関係なくチーム分けしてみるのもありかの」


 今回は初めての演習だ。魔の森を踏破してここまでやって来た俺達ではあるが、演習ともなれば慣れないことも多い。余計な不安要素はできるだけ排除しておくに越したことはない。


「それではチーム分けじゃ」


 そしてマリーさんが紙を用意して、そこに俺達の名前を一人ずつ挙げて書き出していく。組み分けはこうだ。


一班

 ◎ギルベルト(前衛/剣/リーダー)

  ヴェルナー(中衛/雷)

  クリストフ(後衛/四属性・闇)


二班

 ◎レオン(前衛/鋼/リーダー)

  ヨハン(前衛/魔剣)

  ハンス(中衛/水・念)

  ヘムルート(後衛/弓・鑑定)


三班

 ◎エーベルハルト(全衛/衝撃・無/リーダー)

  オスカー   (中衛/火・風)

  マルクス   (盗賊・斥候)


四班

 ◎イリス  (斥候・中衛/光/リーダー)

  クラウディア(前衛/土)

  ナディア (中衛/闇)

  エレオノーラ(後衛/火・土)


五班

 ◎リリー(後衛/時空・氷/リーダー)

  エミリア(前衛/魔剣)

  ヘレーネ(中衛/毒)

  リーゼロッテ(後衛/幻覚)




 全体的にバランスよく組まれている。流石はマリーさんだ。


 一班は騎士を目指しているギルベルト君が前衛兼リーダーを務め、敵に斬り込む。そこをヴェルナーの雷魔法とクリストフの四属性+闇魔法で援護・殲滅するという、かなり火力高めのチームだ。そのため三班以外の他のチームが四人班なのに、彼らは三人班となっている。


 二班は最年長にして鋼魔法使いのレオン君が前衛兼リーダーを務め、防御力に比重を置いた戦いを展開。そこを魔剣士のヨハンが突き、ハンスの水・念動力魔法とヘムルート君の弓撃が、同じくヘムルート君の鑑定魔法で炙り出した敵の弱点に襲い掛かるという訳だ。なかなかどうして安定した戦法である。


 四班はイリスが『光学迷彩ステルス』で偵察、中衛として指示を出しつつ、クラウディアの『土人形ゴーレム』で敵を抑えている間にナディアとエレオノーラが後方から高い火力で攻撃する戦略だ。


 五班は後衛に足りないリーゼロッテの火力をリリーが補いつつ、エミリアの突撃力とヘレーネの毒をリーゼロッテの撹乱で上手く機能させるのだろう。


 そして俺のいる三班だが……。


「あのー、マリーさん。前衛ならわかるんだけど、衛って……」

「読んで字の如く、じゃ。お主なら前衛も中衛も後衛もできるじゃろ」

「いやぁ、できるけどさ!」

「ま、エーベルハルトだしな」

「エーベルハルトだもんな」


 オスカーとヴェルナーが「納得がいった!」みたいな顔でそんなことを言い合って頷いている。認められているのは嬉しいが、なんだか釈然としないなぁ……。

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