第236話 勝利条件

「分家とはいえ、我がアーレンダール家から叛逆者が出るなど……。もしそれが事実なら、アーレンダール家は取り潰しの可能性すらありますぞ!」

「まずい。これは非常にまずい。なんとかして事が公になる前にゲオルグを始末しなければ!」


 ゲオルグの暴挙が露わになったことで、家臣達が蒼白になって慌てだす。ただ、慌ててしまっているせいか、結論ありきの思考に陥っていて、碌な案が生まれていない。


「落ち着きなさい。慌てても状況は好転しませんよ」


 カリンの一四歳とは思えない一言で、ひとまず冷静さを取り戻した家臣達が冷や汗を拭いながらこちらを窺ってきた。起死回生の策を出せるとしたら、規格外の存在である俺達以外にはいないと思い込んでいるようだ。……まあ実際、おそらくその通りだからなんとも言えないんだが……。なんだか微妙な気分だな。協力すると決めたとはいえ、自分達で頑張ってなんとかしようとする気概くらいは見せてもらいたいものだ。


「すみません、彼らは度重なる敗戦に心が折れてしまったようで。以前のように復活するには少しばかり時間がかかってしまうかもしれません」

「まあ、沈みゆく船の乗組員クルーが元気いっぱいだったらそれはそれで怖いからな」 


 彼ら家臣達の心の安寧と自信を取り戻すためにも、俺が一肌脱いでやらねばならないようだ。まあ、それが俺のため、皇国のためになるのだから仕方あるまい。


「デルラント王国はノルド首長国……厳密にはノルドが保有する膨大な量の鉱山資源と、それを活用する技術を狙っている。そのためにまずは北島に影響力を浸透させて、充分準備が整ったら北と南の両側から半島を制圧する……と。筋書きとしてはこんなところか?」

「おそらくそうでしょう。ただ、それには皇国の存在が邪魔だった」

「まあ、国力差を考えたら、デルラント王国では皇国には逆立ちしても勝てっこないからな」


 あまりにも巨大な目の上のたんこぶを排除するには、短期的にでも皇国の目を逸らす必要があった。その手段が、海賊船を装った私掠船だったわけだ。


「ただ、デルラント王国にとっては運が悪いことに、皇国騎士の俺がお忍びでノルド首長国に外遊していて、その計画はポシャってしまったと。……我ながらタイミングが完璧すぎるなぁ」

「まさかデルラント側も、たった一人の魔法士に海賊団が壊滅させられるとは思ってもみなかったでしょうね」

「それも、海軍もかくやといわんばかりの兵器で武装した戦列艦を、でありますからね。ハル殿の行動は敵にも味方にも読めない節があるであります」

「おい、メイ。それは褒めているのか? 貶しているのか⁉︎」

「褒めてるでありますよ!」


 メイが俺を貶す筈もないので褒めてはいるんだろうが、なんか言い方が釈然としなかったので他の人間に見えないようにこっそりと尻を撫でて意趣返しをしておく。


「ひゃっ」


 あー、やーらけぇ〜! やっぱりメイは最高だ。


「(ハル殿ぉ!)」


 小声で抗議してくるメイを尻目に、俺はカリンとの話を続ける。


「いずれにしても、真相はすぐに明らかになることだろうさ。特魔師団に海賊団の身柄と船を移送してあるから、詳細は追って伝えられる筈だ。皇国中枢の決定次第では、皇国の介入もあると思ってくれ」

「……だとすれば、皇国からの使者が来る前にアーレンダール家から議会に些細を報告する必要がありますね。こうなる事態を防げなかった過失がある以上、何かしらの処分はあるでしょうし……。はぁ……気が重い……」


 同情なんて何の役にも立ちはしないのだろうが、カリンも齢一四にして、随分と重い責任を背負わされたものだな。皇国の国益という観点は大前提にしても、一個人としては少しでも力になってやれれば良いなと思う。


「なあ、カリン。俺は皇国騎士という、ハイラント皇国軍に所属する歴とした公人ではあるんだが、同時に『白銀の彗星』という二つ名を持つSランク冒険者でもあるんだ」

「それは、噂ではありますが聞き及んでおります。だからこそ、こうして協力をお願いしているのですから」

「その協力なんだが、皇国騎士としての俺に協力を要請するとなると、流石にノルド首長国の議会が黙ってはいないと思うんだよな」


 何せ、事態は一地方政権内のみで済む話ではなくなってきているのだから。これを解決するために他国の公人を本国議会に無許可で頼るとなれば、これはもう立派な内政干渉である。


「議会に知られる前に事を鎮めて何事も無かったかのように振る舞うのは、皇国から正式に使者が派遣されてしまえば不可能だ。つまり、このままでは俺はカリンの要望に応えられない」

「……そ、そんなっ」

「まあ話は最後まで聞いてくれ」


 もし俺が海賊団を海の底に鎮めてしまえば、証拠も何も無くなるし皇国が動くこともなかっただろうから、俺が勝手に協力しても問題は無かったのだろう。実際、さっきまではその理解でお互いが動いていた。

 ただ、皇国の介入があるとなると話は変わってくる。アーレンダール家だけでなくノルド首長国全体の話になってくるので、俺の存在を隠し通すことができない。つまり、議会の承認無しに俺に協力を求めることはできない。

 ……ただ、それはあくまで俺が参戦したら、の話だ。


「冒険者ってのは、世界中に支部がある、国から独立したギルドが運営しているからな。国を跨いで活動できるのが冒険者の利点なんだよ。そこには内政干渉もクソも存在しないんだよな」

「ふ、ファーレンハイト様……」

「詭弁でありますねぇ……」

「言うなよ」


 事実、これは紛れもない詭弁だ。こんな解釈がまかり通るほうが間違っている。……だが、こういう強引な法解釈が通用してしまうのが現実の世界というものだし、それを押し通すのが政治力というものだ。ファーレンハイト家、そして皇国にとって利がある以上、アーレンダール家が損をすることはない。否、させない。


「万が一、議会から文句を言われたら正々堂々と言い返すんだ。『なら、デルラント王国の魔の手が広がる様子をみすみす見逃せば良かったのか?』ってな」

「し、しかし、それでもデルラント王国の干渉を許したアーレンダール家の責任は無くなりません」


 不安そうな顔をして、消え入りそうな声で呟くカリン。そんな彼女を安心させるように、俺は努めて冷静に言葉を紡ぐ。


「結果的に事態を収束させられずに、国に被害が出ていれば糾弾も避けられないと思う。最悪、取り潰しもあるかもしれない」


 まあ、半ば独立した部族の連合政権で、絶対的な権力を持った君主のいないノルド首長国でそれがありうるのかというと、その線は薄いような気もするんだが……確証のある話でもないのでそれは言わないでおく。


「ただ、最初から最後まで自力で事態を解決した上に、皇国から使者が遣わされる前に自分から事実を公表すれば、周囲の評価は『売国の領主』から一転して『救国の英雄』になるんじゃないのか?」


 要は、自分の尻は自分で拭きさえすれば、そこまで酷く言われることもないということだ。皇国の介入だって、ノルド首長国議会との交渉の末に決まることなんだろうし。アーレンダール領内だけであれば、介入が決まる前に解決することは決して不可能ではない。


「タイムリミットは、皇国の使者が派遣されるまでの数日間。そこで分家勢力を制圧してゲオルグの身柄を突き出すことができれば、俺達の勝利だ」

「……なんとか、なるのですね?」


 ほとんど奪われてしまった領地を、僅かな戦力で、それも数日以内に取り返すというなかなか至難の勝利条件ではあるが、やってやれなくはない。

 こちらには生産チートの代名詞であるメイと、皇国最大戦力の俺がいるのだ。勢いしか取り柄のない無能な分家勢力など、一網打尽にしてくれようじゃないか。



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