第135話 試合開始

 マリーさんの作ったあみだくじの結果、トーナメントは以下のようになった。


第1回戦


 第1試合。ギルベルト VS ハンス。


 第2試合。クラウディア VS ヘムルート。


 第3試合。リリー VS リーゼロッテ。


 第4試合。ヴェルナー VS エレオノーラ。


 第5試合。エーベルハルト VS ナディア。


 第6試合。ヘレーネ VS レオン。


 第7試合。マルクス VS イリス。


 第8試合。オスカー VS エミリア。


 第9試合。ヨハン VS クリストフ。



「おっ、オレの相手はエミリアか。腕がなるぜ」

「ぼくの相手はギルベルトさんか……。これはちょっと厳しいかな」

「ふええぇっ、わ、わたしの相手、エーベルハルトさんなんですかぁ!」

「ぶっははは! ナディアの奴、終わったな」

「ちょっと! 流石にそんな言い方は無いのではなくて!?」

「クラウディアの言う通りよ。品性ってものが感じられないわ!」

「す、すみません……」


 このランダムなあみだくじの結果に、皆一喜一憂しているようだ。……いや、一憂はともかく、一喜は誰もいなさそうだな。ここにいる人間は、皆が自分だけの強みというものを持ち合わせている。誰が相手でも油断はできない。


「……でも、実力が無ければ負ける。それだけは確かよ」


 そう言うのは、東将家のエレオノーラだ。一年前に堂々と「一番になる」宣言をしただけあって、かなり肝が据わっている発言だな。


「とりあえず今日は時間的に第1回戦までじゃな。まあ、お互いに全力の状態でやりたいじゃろうし、明日以降も1日1試合までにしようかの。……それではさっそく第1試合じゃ。ギルベルトにハンスよ。準備しておけ」

「「はい!」」

「エーベルハルト。お主は妾を手伝え」

「はーい。わかったよ〜、まったく人使いが荒いんだから」

「文句を言うでない。晩飯減らすぞ」

「それは卑怯だと思うな!」


 軽口を叩きつつも、本心から嫌な訳ではないので普通に『精神聖域』結界の発動準備を手伝う俺。その際に周囲に高精度・高密度に練り上げられた魔力を注ぎながら複雑な模様の魔法陣を描いていかなければならないため、相当神経を使う。

 少しでも描き間違えれば最初からやり直し。ほんのちょっとのズレがあっても駄目。凸凹な地面だと正常に魔法陣が作動するかわからないので、魔法陣を描く前に整地する必要すらある。


 まったく、こんなクソ面倒な魔法をよく昔の人は作ったものだ。まあ、これのおかげで軍や学院の模擬戦などで怪我や死亡する人が激減したので、魔法の価値自体はとても高い重要な魔法ではあるのだが。


「よし、では魔法陣を起動するぞ。エーベルハルトよ、準備は良いか」

「うん。大丈夫」


 俺はマリーさんの合図で魔力を練り上げ、二人同時に魔力を屋敷の前の広場に広がる魔法陣に流し込む。一気に大量の魔力が失われていくが、その甲斐あって無事に『精神聖域』の結界が構築されてゆく。


「おおお……。これが噂に聞く『精神聖域』か……」

「ものすごい圧を感じるわねぇ」


 難易度で言えば、単独での行使ならSランク。二人で分担してもA+ランクほどのレベルの魔法だ。普通であれば、目にする機会はなかなか無い。


「これで取り敢えず全員の第1試合分はなんとかなりそうじゃな。明日の第2試合以降はまた都度展開し直しじゃ」

「また明日もこれやるのか……。『出でよリンちゃん!』」

「ぴゅいいーっ!」


 俺は『神獣召喚』を発動し、神獣界(?)のようなところで眠っていたリンちゃんを呼び出す。

 リンちゃんは話せる訳ではないが、何となくこちらの話す言葉の意味がわかるそうだ。それは俺も同様で、言葉にせずとも、視線を合わせたり鳴き声を聞いたりするだけで何となくリンちゃんの気持ちや言いたいことがわかる。そしてそれらの第六感的超感覚を駆使した日常のコミュニケーションによって、何となく俺はリンちゃんの心の故郷である神獣界の存在を認知していた。

 とはいえ、別に長時間人間界にいたからといって何か調子が悪くなるだとか、あるいは光の巨人のようにこちらの世界に顕現していられる時間に制限があったりだとかする訳ではないらしい。しかし、どうもリンちゃん達神獣にとっては、人間界よりも神獣界の方が何となく居心地が良いとのことであった。

 そんな訳で、特に用事が無い時や日中に俺と充分に遊んでそこまで寂しくない時には、リンちゃんは神獣界に引っ込んでいることが多かった。まあ、気持ちはなんとなくわかる。どれだけ親しい友人と遊んでいようと、流石に一日が終わる頃には家にも帰りたくなるからな。前世ではそれほど親しい友人がいた訳ではない俺だが、今世ではリリーやメイのような仲間に囲まれて幸せに暮らしているので、その気持ちはよくわかる。


「さあリンちゃんや。『龍脈接続アストラル・コネクト』いくよ!」

「ぴゅいいっ!」


 俺はリンちゃんの背中に手を乗せて(もうリンちゃんを抱っこすることは難しくなってきた。この9カ月ほどでリンちゃんは随分と成長し、今はもう全長1メートルほどになっているのだ)、『龍脈接続』の行使を代行してもらう。俺もこの一年でそこそこ扱えるようになってはきたが、まだ全ての魔力を回復しきるには数時間はかかるし、神獣であるリンちゃんには流石に敵いそうもなかった。

 ものの数十秒で回復を終えてしまうリンちゃん。流石は精霊に近いとされる神獣である。ちなみにマリーさんは人間(ハイエルフ族)だが、二百年という年月を生きている熟練の魔法士であるため、神獣ほどではないにせよ、数分で全魔力を回復させてしまうことが可能だ。戦闘の合間などにちまちまと回復タイムを取られてしまえば、マリーさんの魔力を減らすのは永遠に不可能になってしまう。攻撃の瞬間最大火力に限っていえばおそらく俺の方が高いだろうが、それ以外の分野に関しては俺はまだまたマリーさんの足元にも及ばない。流石は俺の三人目の師匠だ。


「さて、ギルベルトにハンスよ。前に出よ」

「「はい」」


 マリーさんに指示されて二人が前に出てくる。


「負けたからといって、修行の成果が無かったことになる訳ではない。じゃが、今の自分がどれだけ戦えるのか、一年前と比べて何ができるようになったのかをしっかりと学ぶのじゃ」

「「はい!」」


 片や剣術に長け、近距離の間合いにおいては無敵の攻撃力を誇る、騎士学院三年のギルベルトさん。

 片や『念動力』という少々珍しい無属性の魔法を使いこなし、水などの流体を武器に物理攻撃で中距離の敵を翻弄し、寄せ付けない戦い方が得意のハンス。

 『念動力』なら俺もマリーさんに習ったので使えるが、ハンスには動かせる質量・速度ともにまるで敵わない。ギルベルトさんの剣術も、俺には「北将武神流」があるとはいえ、『纏衣』を展開していない状態なら全く勝てる気がしないくらいには強い。


 果たしてどちらが勝つか。ハンスの防御と攻撃をかい潜って接近できればギルベルトさんの勝ち。逆に、ギルベルトさんを寄せ付けなければハンスの勝ちだ。


「それでは両者、位置について……始め!」


 一年間の集大成が試される、最後の試練が今始まった。









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