第285話 空をマラソン
「じゃあリンちゃん、行くぞ。お空を駆けっこだ」
「ぴゅいっ!」
俺は『飛翼』を展開すると、一気に一〇メートルほど飛翔する。リンちゃんもその美しい銀翼を羽ばたかせて空へと飛び上がった。
「「「「「と、飛んだぁっ⁉︎」」」」」
「空を飛ぶところを見るのは皇帝杯以来なのです」
そうか。従魔愛好会の面々は皇帝杯での俺の活躍も知らないから、俺が空を飛べるってことを知らないのか。けどなぁ。この程度のことでいちいち驚かれていたら心が保たないと思うんだが。
確かに飛行魔法は相当珍しいとは思うが、何も空を飛ぶのは俺の専売特許ではないのだ。歴史上にも風魔法やらなんやらで自在に空を駆け巡った魔法士は何人かいたらしいし、現在でも俺の知っている人間だとエレオノーラが不完全ながらに飛行魔法を会得している。彼女の場合は炎の噴射でロケットよろしく飛んでいるから燃費はえげつなく悪いが……それでも飛んでいることに違いはない。
他にも、ワイバーンや大型の鳥系魔獣を従魔にしている人なんかだと、自力でこそないがある程度自由に空を飛ぶことは可能だ。皇国に限らず、各国の一部軍や騎士団ではワイバーンを従魔にした騎竜部隊が存在しているからな。
……ただ、俺の『飛翼』はそれらとは一線を画する。
「リンちゃん、空中機動戦の訓練をしよう。訓練用の非実体魔力弾を当てっこして、先に三発喰らったほうが負けだ」
「ぴゅい〜っ!」
「じゃあ、スタートだ!」
次の瞬間、俺とリンちゃんは一気に時速数百キロにまで加速する。大気圧で首がもげないよう、ちゃんと風防状に魔力防壁を展開するのも忘れない。ちなみに竜形態時のリンちゃんにはそういったものは必要ないので、そのあたりはやっぱり生まれながらにして空の王者なんだなぁと実感させられる。
「……は、速い!」
「目で追うのが精一杯……なんて次元なの⁉︎」
「これが……従魔……?」
地面のあたりを飛んでいたら、先輩達がそう言っているのが聞こえてきた。リンちゃんの実力を知って驚いているみたいだ。だがリンちゃんが凄いのはこれだけじゃない。「天空の覇者」の異名を持つ天竜すらも始源竜にはまったく敵わないのだ。空を統べる王としての格を見せてあげようじゃないか。
「――――『誘導衝撃連弾・訓練仕様』!」
「ぴゅいぴゅいぴゅいーっ!」
――――ズドドドドドドッ!
数十発以上の訓練用魔力弾がリンちゃん目掛けて音速で飛んでいく。誘導ミサイルが如くリンちゃんを追尾する魔力弾を避けるのは至難の業だ。しかし空が庭の竜にとってはこの程度は造作もないようで、一気に遷音速飛行に移行したリンちゃんは空中ターンを決めて見事にすべての攻撃を振り切ることに成功する。
難なく危機を脱したリンちゃんはそのままこちらへと加速しつつ、自身の速度を上乗せした魔力弾の波状攻撃を仕掛けてきた。
――――ドドドドッ
「うおっ、『
俺の機動力ではこれをすべて避けるのは不可能なので、慌てて鉄壁の防御を展開して凌ぐ俺。魔力が弾けて白煙が空気中に拡散する。
「――――『徹甲衝撃弾・訓練仕様』!」
「ぴゅい⁉︎」
――――ズドォンッッッ!!
一時的に視界が潰れたのを利用してリンちゃんの死角に移動した俺は、極超音速で敵を射抜く必殺技『徹甲衝撃弾』の訓練版を撃ち出した。流石のリンちゃんでもこれを回避するのは難しかったらしく、意表を突かれたこともあって攻撃はリンちゃんに命中する。よし、まずは一発だ。
「ぴゅ、ぴゅあっ……」
いくら訓練弾とはいっても音速の数倍ものスピードを誇る魔力弾の直撃を喰らうのは痛かったらしく、一瞬怯んでバランスを崩すリンちゃん。そしてその隙を見逃す俺ではない。
「『
――――ダァァンッ
「ぴゅっ⁉︎」
極小の衝撃弾の粒を無数に発射して弾幕を張る、ショットガンのような一撃を放つ俺。貫通力には劣る『衝撃散弾』だが、近・中距離において相手を吹き飛ばすように使う時にはこれ以上ない効果を発揮する。まだ体勢を立て直せていなかったリンちゃんにこれを回避する術はなく、またもや直撃を喰らってしまうリンちゃん。
「二発目だ」
このまま畳み掛ける――――そう思って突撃するが、急に物凄い嫌な予感に襲われて緊急回避行動を取る。次の瞬間、俺のいた空域に猛烈な魔力波が吹き荒れた。
「ブレスか……!」
竜のブレスは、古今東西どの神話においてもほぼ必ずといってよいほどに登場する竜の代表的な必殺技の一つだ。吐き出すものは魔力エネルギー塊であったり火属性を帯びた炎の束だったりと様々だが、一般的には戦局を一気にひっくり返すほどの大威力を秘めていることが多い。
今回放たれたリンちゃんのブレスもまた、【衝撃】の性質を帯びているおかげで貫通力・破壊規模ともに優れた十八番と言って充分に差し支えない強力な技だ。訓練なのでもちろん威力は非致死性の領域にまで落とされてはいるが、喰らったら間違いなく俺は吹っ飛んで一撃ノックアウト不可避だろう。『白銀装甲』を展開していたとして、大幅な被ダメージは免れまい。
「やるじゃんか」
「ぴゅいーっ」
えへん、と胸を反らすような動きで得意げにするリンちゃん。実際これほどの大技をほぼ溜め無しで放っておきながらまったく消耗した様子は見られないし、流石は俺のリンちゃんだ。
「あ、ありえない……なんて高度な戦いなの……」
「まるで神話だわ……っ」
「エーベルハルトさんとリンちゃん、かっこいいです!」
下から何やら歓声のようなものが聞こえてくるが……ナディアの感性ってやっぱりちょっと独特だよなぁ。
「さて、第二ラウンドといこうか」
「ぴゅい」
現状は俺が二点リードしているが、今のブレスは正直かなり危なかった。油断していたら一気に逆転されかねない。さて、ここからどうやってリンちゃんを攻略しようかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます