第284話 いでよリンちゃん

 それからしばらく俺が元立ちとして掛かり稽古をつけ、数周ほどしたところで先輩達の体力が限界に達したので一旦休憩を挟むことにした。


「はぁ、はぁ……ファーレンハイト君……なかなか、厳しいわね……」

「はぁ、はぁ、これまでの、人生の、中で、一番キツイかもっ」

「ひー、ひー!」


 リハビリも兼ねて、徐々に激しくなるように追い込んでいたら思ったよりもついてきた先輩達。調子に乗って少し追い込みすぎたかもしれない。


「言ったじゃないですか。俺の修行は厳しいですよって」

「ええ、だから、後悔は、していないわ」

「とりあえず深呼吸して息を整えてください」


 肩で息をする先輩達にインベントリから冷えた水を出して渡してやりながら、俺は次の修行の内容を考える。今日はもうこれ以上の運動は不可能だろうから、できれば体力を使わない類の修行が望ましいが……。


「ねえ、ファーレンハイト君の従魔を見せてはもらえないかしら」

「俺の? そういえばなんだかんだで見せたことなかったですね」


 俺が神話に出てくる伝説の竜である始源竜エレメンタル・ドラゴンのリンドヴルムを従えていることは、魔法学院に在籍する学生なら多分誰でも知っていることだ。だが実際にリンちゃんの姿を目にしたことのある者はそれほど多くはない。

 皇帝杯では俺個人の実力のみを試したかったこともあってリンちゃんを召喚してはいないから、公の目に晒したのはそれこそ放課後とかにたまに屋外演習場でリンちゃんの遊び相手をしたり修行をしたりした時程度だ。加えて従魔愛好会の面々がしばらく活動を休止していたことを鑑みると、まず以て先輩達がリンちゃんの姿を目撃する機会はなかっただろう。


「良い機会ですし、召喚するとしましょう。リンちゃんから何か学ぶところあるかもしれないですしね」

「エーベルハルトさんのリンちゃん、わたしも見るのは久しぶりです!」


 ナディアが尻尾をゆらゆらと揺らしているのを眺めながら、俺は魔法陣を展開してリンちゃんを召喚する。


「――――『いでよ、リンちゃん』!」

「ぴゅいいいっ!」


 魔法陣からまばゆい光を放って顕現したのは、全長三メートルほどになろうかという銀色の神竜。昔に比べてだいぶ凛々しくなったお顔に、くりくりとしたつぶらで可愛らしいお目々がチャームポイントの相棒リンちゃんだ。


「リンちゃん、今日はこの人達にお前の凄さを見せてあげたいと思うんだ」

「ぴゅい!」


 コクンと頷くリンちゃん。今は竜形態だが、人型形態を会得してからますます人語の理解が深まったリンちゃんである。


「これが噂に聞く始源竜……」

「初代皇帝陛下の従魔リンドヴルムにあやかって名前をつけたのも納得ね。まったく名前負けしていないわ……」


 無属性でかつ【衝撃】の性質を帯びた俺の特異な魔力を豊富に吸収して生まれたリンちゃんの潜在能力ポテンシャルは底知れない。最近、その持って生まれた力をだんだんと自在に発揮できるようになってきたリンちゃんの更なる成長をご覧に入れてみせよう。


「はわ……リンちゃんがおっきくなってます!」

「ナディアが前に見たのは俺達が一二歳の時だもんな。あの時はまだリンちゃんも小さかったな」


 まあ小さいとはいっても、「竜種にしては」という枕詞がつくわけだが。全長一メートルの爬虫類を小さいと表現できるかは、やや怪しいところがある。


「とはいえ、これでもまだ子供だからな。確か伝説によると始源竜ってめちゃくちゃ大きくなるんだろ?」

「初代陛下のリンドヴルムは、皇都の宮城きゅうじょうに匹敵する大きさだったって聞いたことがあるわね」


 俺も何度か足を運んだことのある宮城だが、そのサイズは前世の地球で見た城よりもかなり大きい。魔法が存在する分、文明水準以上に大きな建築物を建てられるのがこの世界の魅力だ。もちろん金に糸目をつけなければ、という条件付きではあるけどな。


「まあリンちゃんがそれくらい大きくなるのはもっとずっと先の話でしょうね」


 もしそうなったら、人間形態に変身しても巨人みたくなるんだろうか? だとすれば、俺の小さくて可愛いリンちゃんにはもう会えなくなる……。


「リンちゃんはそのままでいてくれ〜」

「ぴゅい?」


 まあ、現時点でも三メートルはある竜形態から変身したら幼い女の子になることを踏まえると、おそらく巨大な竜に成長したとしても人間形態はそこまで常識外れなことにはならないだろう、というのが俺の予想だ。多分、普通に成人女性になるんじゃないかな? 体重だってちゃんと人間相応になっているみたいだしな。

 けどまあ、そうなるのはまだ何年も先のことだろう。何しろリンちゃんはまだ生まれて数年しか経っていないんだから。ゆっくり成長していけばいいさ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る