第274話 執行部のお仕事

 その日の放課後。俺は久々に生徒会室へと赴いていた。試験結果が発表されて一喜一憂している生徒達の事情など知ったことかとばかりに、今日も今日とて仕事は溜まる。執行部とはいえ生徒会役員の一員である以上は、俺もサボってはいられないのだ。


「こんちはー」

「あら、エーベルハルトさん。こんにちは」

「クラウディアさん。聞きましたよ、今回の試験、首席だったそうですね」

「エーベルハルトさんこそ、入試に引き続いて一学年首席だったそうですわね。流石ですわ」

「まあ実技がありましたから。学科だとなんとかギリギリ五位圏内を維持できたって感じですよ」

「エーベルハルトは文武両道を地で行くから凄いと思うよ」

「殿下」


 クラウディアさんと話していると、生徒会室の奥から殿下が現れた。その手には通信魔道具が握られている。宮廷と何かしらの連絡を取っていたんだろうか?


「私も五位以内を維持できて、なんとか皇族としての面目が保てたと安堵しているところだよ」

「殿下は授業もちゃんと聞いてるし、修行にだって真面目に取り組んでるから、たとえ五位に入れなかったとしても充分に模範は示せてると思うよ」

「いやいや。第三皇子の立場がそれを許してはくれないんだよ。実に面倒だけれどね」


 まあ殿下は第三位とはいえ、皇位継承権の持ち主だからな。それ相応の重責というか、社会的な圧力はあるんだろう。俺も辺境伯家嫡男としてそれなりに周囲からの視線に晒される運命にあるが、俺の場合は随分と好き勝手にやらせてもらってるからなぁ。臣下としてたいへん申し訳ない限りだが、残念ながら俺は殿下に共感できる立ち位置にはいない。

 だからその分、俺が彼を支えてやればいいだろう。ここでの人脈がこのまま続いていくのだとすれば、将来的に俺と殿下は政府の重鎮として皇国の運営に携わっていくことになるのだろうし、殿下が自由に動き回れない分は俺が動けばいいのだ。


「そういえばエーベルハルト。父上から君にお話しがあるそうだよ」

「陛下が? なんだろう」

「また何かやらかしたのですか?」

「クラウディアさん、やめてくださいよ……」


 悪い意味で何かをやらかしたことは(それほど)ない筈なんだけどなぁ……。あれか。婚約者とはいえ、皇族の血筋を引くリリーに、挙式前に手を出したのがバレたのか?


「多分、エーベルハルトの思ってるようなことではないと思うよ」

「リリーさんのことでしたら、ぶっちゃけ周囲にはバレバレですからね」

「クラウディアさん⁉︎」

「あら! 口が滑りましたわ」


 こいつ……! 真面目系かと思いきや、意外と茶目っ気のあるクラウディアさんである。


「まあ重たい口振りではなかったから、気軽に行くといいよ。なんだったら私も一緒に行こうか?」

「本当? それは助かるよ。まだ陛下の前だと緊張しちゃうんだよな……」


 何度も御目通りして陛下の人となりもある程度は知っているし、公の場でない限りは陛下も随分と砕けて接してはくださるんだが……、いかんせん前世が一般人だったからな。こっちの世界に生まれ変わって早一五年。いい加減貴族としての立ち振る舞いは板についてきた自負はあるが、染み付いた小市民根性はまだ完全には抜けきっていないみたいだ。


「早速、今日の放課後にでも宮廷に向かうとしようか」

「突然だけど、いいのかな。お忙しいだろ」

「私も父上の公務のすべてを把握しているわけじゃないけれどね。それでも皇国最強にして忠実な重臣たる君に会う時間くらいは作れると思うんだ」

「過分な評価に痛み入りますね」

「それだけ君が皇国にとって大切な人材ということさ。誇りこそすれ、気を揉むようなことでないよ」


 今更ながら、皇国がちゃんと忠誠に応えてくれる国で良かったと思う。これが尽くせど尽くせど搾り取って使い潰してくるだけのクソ国家だったら、俺は今頃、亡命なり革命なりしていたに違いない。そんな殺伐としたことを考えないで済む環境にいられることに感謝だな。


「あ、そういえばエーベルハルトさん。生徒会長として執行部のあなたに仕事の依頼がありますわ」

「執行部の仕事は随分と久しぶりですね。なんですか?」


 前の大きな仕事はそれこそ中央委員会潰しの時だから、実に数ヶ月ぶりになるのか。もっとも、小さな仕事ならちまちまこなしてはいたから、完全に開店休業状態だったわけではないんだが……各委員会や部会との折衝や監査をおこなっていたくらいだから、久々のお仕事に腕が鳴るというものだ。


「実は、度重なる活動報告書の未提出と慢性的な部員の定員割れにより、とある部会を廃止することが決まりまして……。エーベルハルトさんにはその部会への最後通牒の伝達と、これが拒否された場合の実力行使による取り潰しを任せたいのですわ」

「取り潰しね……」


 いつの世にも、人員不足が理由で悲しい運命を辿る組織ってのはあるもんだな。うちの文芸部も廃部寸前になりかけたことがあるわけだし、決して他人事ではあるまい。


「それで、その部会とは?」


 クラウディアさんは資料を俺に渡しながら、その名を告げた。


「従魔愛好会。通称、神獣だいすきクラブですわ」






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