第275話 神獣だいすきクラブ

「神獣だいすきクラブ……」


 なんつうか、あれだな。前世の某大人気ゲームに出てきた組織みたいな名前……。


「この神獣だいすきクラブ……もとい従魔愛好会は、ここ半年ほど部員数が定員を大きく割って現在二名で活動中ですわ。それでも通常なら廃部にはならないのですが……」


 文芸部の例もありますし、と続けるクラウディアさん。

 確かに俺とユリアーネが所属する文芸部の部員数は僅か二名でしかないが、俺の入部以来、廃部の話が出たことは一度もない。

 何故かというと、それはやはりちゃんと俺達が文芸部員として精力的に活動し、かつそれを成果として報告書にまとめて部会連合会に提出しているからだ。

 更に言えば、本来なら下りる予算を断って活動費の全額を部員の私費(ほぼ俺のポケットマネーだ)で賄っているから、潰そうにも潰せないという事情もあったりするのだが、そこはまあ似たようなことをしている部活が他にもいくつかあるらしいので気にするほどではあるまい。


「活動報告書が未提出なのが厳しいですね」

「ええ。何故かと理由を問い詰めても、一向に返事が無くて……ほとほと困り果てて、それで仕方なく今回の決定に至ったのですわ」


 歴代会長の中でも穏健派だと言われ、その治世が支持されているクラウディアさんをしてこの対応である。どれだけ厄介なことになっているかなど、想像に難くない。


「何か事情があるんでしょうが、口を割らない以上はこちらとしても情状酌量の余地がありませんわ。なのでエーベルハルトさん。手助けをするなり、はたまた当初の決定通り取り潰すなり、対応の仕方はお任せします。従魔愛好会の件、よろしくお願いいたしますわ」

「ええ。任されました」


 面倒くさそうな案件ではあるが、どうせ試験も終わって暇していたところだ。ノルド首長国でのアーレンダールお家騒動介入事件もあって西方情勢が不穏である点は気に掛かるが、今すぐどうにかなるわけでもない。しばらくは暇潰しがてら、学内の問題解決に尽力するのも吝かではない俺であった。



     ✳︎



「ここが従魔愛好会の部室か……。なんというか想像以上……いや、以下だな」


 クラウディアさんに渡された資料をもとに従魔愛好会の部室にやってきてみれば、辿り着いたのは学院の敷地の外縁部にある古ぼけた倉庫のような建物。あばら屋と表現しても言い過ぎではない物件を目の前にして、俺は本当にここで合っているのか少々不安になってくる。


「でも確かにここで合ってる筈なんだよな……」


 斜めに傾いてかすれた看板には、やたらと達筆な字で「神獣だいすきクラブ」の文字が書かれているから、間違っているということはない。というか正式名称ではなく、あくまでこちらを看板に掲げるあたり、一癖も二癖もありそうで嫌な予感がする。

 というか、そういえばクラウディアさんも通称そっちで呼んでいたし、むしろこっちが正しいのか? なんだかもう色々とわからなくなってきた俺である。

 さて、いつまでもこうして立ち尽くしていても何も始まらないので、とりあえずは扉をノックしてみることにする。もし出てこなかったら強行突破だ。扉は壊れるだろうが、最悪壊しても構わないと許可は取ってあるので問題はない。


「ちわーす。生徒会執行部でーす。部会の存続の件でお話しに来ましたー」


 この世界にはカメラ付きインターホンなど存在しないので、向こうにこちらの顔が見えているということはあるまい。だが生徒会執行部と名乗ってしまったので、最悪の場合は居留守を使われるかもしれないな。もしそうなった時はどのタイミングで突入しようかな……?

 などと考えていると、予想に反して扉の鍵が開く音がする。建て付けが悪いのか、鍵を開けても尚ガタガタと音を立てるだけ立てて一向に開かない扉。仕方がないので反対側からも手伝ってやることにする。


「よっこらせっ! ……と。あ、開いた」


 いい加減オンボロだし建て替えたほうがいいと思うんだが……それもこの部が存続すればの話だな。もし取り潰しになったら、こんな廃屋寸前の小屋なんて放置されるか撤去されるかの二択だろう。


「あの、生徒会の者なんですけ……ど……」


 中から姿を見せた部員にそう名乗るべく向き直った俺は、思わずフリーズしてしまう。

 頭からぴょこんと生えた可愛らしい猫耳。オレンジがかった髪色に、小柄な体格。ゆらりゆらりと揺れる尻尾は、明確に獣人であることを示している。これら猫人族ケットシーの特徴に当てはまる知り合いを一人、俺は知っていた。


「……ナディア?」

「エ、エーベルハルトさん……。お願いします、神獣だいすきクラブを潰さないでください〜!」


 なんと生徒会からの要求をことごとく黙殺し続けていた戦犯たる部員のうち一人は、かつて魔の森で同じ窯の飯を食い、魔法学院に入学してからも同窓Sクラスで学んでいるクラスメイトの猫耳娘、ナディア・ランゲンバッハであった。









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