第276話 従魔愛好会の悲劇

「ナディア? どうしてここに……というか、もしかして従魔愛好会に二名いるうちの一人ってナディアなのか?」

「そうです……。わたしが神獣だいすきクラブの副部長をやってます……」


 そう言うナディアだが、普段の様子と比べて明らかに元気がない。ドジっ子ながらも健気に頑張る良い子、というのが彼女に対する俺の印象だっただけに、かなり意外だ。何か大変なことでも起きているんだろうか。


「一年生なのに副部長……」


 二名しかいないんだから、もう一人が上級生だとしたらまあ当たり前っちゃ当たり前なんだろうが、随分とまた過疎ってる部会だな。従魔と契約している生徒なんて魔法学院には何人もいるだろうに、なんでまたこんなに寂れているんだ。


「何か事情がありそうだね」

「あの……これは本当は内緒にしてって部長に言われてるんですけど……話を聞いてくれますか?」

「もちろんだとも。そのためにここに来たんだからな」


 ナディアはしょんぼりと尻尾を揺らしながら、俺を部室の中へと招き入れる。猫系獣人だけに招き猫だなー、なんてくだらないことを思いつつ、俺も中へ続いたのだった。



     ✳︎



「神獣だいすきクラブがこうなってしまった経緯をお話ししますね。事の発端は半年前。剣術部とのいざこざに始まるのです……」


 ナディアの淹れてくれたお茶(出涸らしだ。どうやら従魔愛好会の財政状況は本格的にヤバイ段階に追い込まれているらしい)を啜りながら、話を聞く。


「元々ここの部長は従魔の育成を専門にしている家系の娘さんで、神獣のこととなると目の色が変わるくらい、それはもう大の神獣好きだったらしいのです」

「ほー、従魔の育成か。それはまた随分と珍しい」


 従魔には何種類かあるが、一番ポピュラーなのが俺のリンちゃんみたいな神獣を召喚して契約するパターンだ。この方式が一番難しいが、その分強力な相棒パートナーに恵まれやすいというメリットがある。

 次に普及しているのが、比較的気性の穏やかな魔物を飼い慣らして契約魔法で縛る方式だ。これは神獣召喚のように特別なセンスを必要としない分、より難易度が低く比較的初心者・一般人向けと言える。とはいえ元が人類に敵対的な魔物であるが故にまったく経験のない素人でも簡単に扱えるわけではなく、それなりに訓練を受けた従魔使いが長い時間をかけて魔物を躾けることでようやく使役が可能になるのだ。

 他にもヒルデみたいに肉体を持たない精霊や悪魔と契約するパターンもあるが、それは随分と特殊な事例なのでここでは一旦置いておく。

 ともかく、そんな危険な存在である魔物を躾けるというのは、並大抵の人間には務まらない。それを家業にするということは、どれだけ希少性が高いか自ずと推し量れようというものだ。


「その部長さんには、家同士の過去の揉め事が原因で因縁のある相手がいて……それが剣術部の今の部長さんなのです」

「剣術部?」

「はい」


 ここで剣術部の名前が出てくるとは思わなかったな。従魔愛好会こと神獣だいすきクラブには、一見して何の関連性もなさそうなんだが。


「剣術部の部長さんは、うちの部長に会うと何かしらにつけてすぐ喧嘩をふっかけてくるような人でした。うちの部長もあんまり気が長い方じゃないですから、売り言葉に買い言葉ですぐに喧嘩を買っちゃうのが日常茶飯事だったそうです。半年前はわたしもまだ入学してないですから詳しくは知らないですけど……」


 半年前といえばちょうど受験シーズンだ。魔力量やらなんやらで試験会場を賑わしていた記憶があるが、あれがもう半年前か。時が経つのは早いもんだな。


「へぇ。それで?」

「ある時、またいつもみたいに剣術部にいちゃもんをつけられて喧嘩が始まったそうなんです。ここまでならいつも通りなんですけど……問題はここで起きました。皇都郊外の森で、剣術部と神獣だいすきクラブが魔物狩りの勝負をすることになったんです」

「冒険者がよくやるという、魔物狩りか?」

「はい。制限時間以内にどちらがより多くの魔物を狩ることができるか。それが勝負の内容でした。……でも悲劇はここで起きます」

「……」


 なんとなくだが、展開が読めてきたな。大方、負けじと無理をした従魔愛好会の連中が、キャパオーバーの敵に遭遇して痛い目でも見たのだろう。


「部長は剣術部に負けたくない一心で、頑張って部員を率いてたくさんの魔物を狩りました。でもどこか焦りがあったんだと思います。気づけばたくさんの魔物に囲まれていて、一気にピンチに陥りました」


 二〇〇万の人口を擁する大都市である皇都が位置する平野部とて、まったく魔物が出てこないわけでは決してない。主要な街道であれば軍、あるいは自治体から委託を受けた冒険者が警備したり魔物を間引いたりしているので比較的安全に通行できるが、ひとたび道を外れればそこは魔物が跋扈する危険地帯だ。この世界の都市が日本のような明確な境界のない都市圏と違って、城郭都市として発展してきたのには、そういう背景もあったりする。


「幸い死者は出ませんでした。学生とはいっても魔法学院に受かるくらいのエリートですから、なんとか窮地は脱したそうです。でも……そのせいで部員達の従魔は大怪我を負ってしまって、部長の従魔も……」

「それは……なんというか、キツイな」


 沈痛な面持ちで語るナディア。彼女は実際にその現場を見たわけではないが、それでも事情を知る人間としては酷く悲しい思いがあるだろう。




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