第27話 為政者の片鱗

「なっ……!」


 無数の坑道と金属のインゴットの山を目の前にして、しばし俺は絶句する。白銀に輝く金属のインゴットの山だけでも4トントラック一台分くらいはあるだろう。中央の虹色のインゴットも、子供一人分くらいの大きさはありそうだ。明らかに尋常じゃない。


「世紀の大発見コースで確定だな……」


 周囲を警戒しつつ、インゴットの山に近づいて至近距離から観察してみる。銀色のインゴットを手に取ってみるとずっしりと重たく、偽物である感じはまったくしなかった。


「こりゃあ急いで報告しなきゃな。取り敢えず証拠に一つだけ持って帰ろう」


 虹色の方はとても持ち帰れそうなサイズ感ではなかったので、先ほど手に取った銀色の方を革袋に入れて、俺は引き返す。一攫千金を目の前にして非常に名残惜しかったが、小説やゲームのような容量無限大のアイテムボックスを持っている訳でもない。後ろ髪を引かれる思いだが、こればっかりは仕方がない。欲をかくと人間、大抵失敗するものだ。


 金属製の重厚感あふれる扉を閉め、【衝撃】を併用しつつ来た時の何倍もの速度で階段を駆け上る。数分ほど走ってようやくもと来た部屋へと辿り着いた俺は、そのままランタン遺跡を出ると、今度は『身体強化』と【衝撃】を全開にして森の中を駆け出した。

 鬱蒼と茂る木々をかい潜り、枝から枝へと飛びながら森を走破する。こんなところで昔から続けていた裏山での修業が役に立つとは思ってもみなかったな。


「あ、さっきの蛇だ」


 不要な戦闘を避けるため『ソナー』も発動していた俺の知覚の末端に、来た時にもいた大蛇の反応が現れる。さっき獲物を食べたおかげか、相変わらず丸くなったまま眠っているようだ。


「呑気な奴だなあ」


 俺がこんなに急いでいるのにのんびりとくつろいでいるのが少々癪に障ったので、軽く魔力を練って『ソナー』に乗せて遠くにいる蛇に向かって放ってみる。


「あ、落ちた」


 突然の殺気に驚いたのか、蛇は飛び起きてそのまま休んでいた枝から落下した。とぐろを巻いた状態から飛び上がる様子は、まるでバネのおもちゃみたいだった。


「ははは、ざまあ」


 ちょっとばかしのストレスの発散を済ませ、俺はそのまま森から飛び出る。まだ夕方にはなっていないが、昼も終わりかけの若干傾いた日差しが眩しかった。


「あー、荷車……」


 近くに森の入り口に放置していた荷車があった。森の中には牽いて行けないため、入り口に残しておいたのだ。


「うーん、今は急いでるしなぁ。また来るからそれまで置いておくか……」


 残念だが仕方がない。別にこんな過疎地にわざわざ盗みに来る奴もいないだろう。


 それから、20分ほどかけて俺はハイトブルクに戻った。障害物が無く、ひたすらに真っ直ぐだったのでたいへん早く着いた。



     ✳︎



 ハイトブルクに戻るなり、俺は寄り道もせず一目散にギルドへと向かう。ギルドの扉を開けて建物の中に入ると、ギルドは依頼を終えた冒険者達でごった返していた。

 俺は冒険者達の間を縫って受付へと向かう。


「あ、ハル君。どうしたの? 何かあった?」


 あまりに早く俺が帰ってきたからだろう。何か問題が生じたのかと思ったのか、受付嬢が訪ねてくる。


「ランタン遺跡について重要な話がある。できたら個室か、ギルドマスターの元で話がしたい」

「重要な話? ……わかったわ。いきなりギルマスの元へ話を持っていく訳にもいかないから、まずは奥の部屋で聞くわね」

「助かるよ」


 ゴメンね、規則なの、と言いながら俺を奥の部屋へと案内する受付嬢。廊下を進んでいくつかある部屋の内、一番手前の扉を開けて、受付嬢は俺を部屋の中へと通した。


「それで、話って?」


 俺が普通の6歳児だったらこうもすんなりと話は進まないだろう。こういう時は貴族の身分に感謝だ。


「実はもうランタン遺跡に行ってきたんだけど、そこで凄いものを見つけちゃったんだよね」

「えっ、もう行って帰ってきたの!? 馬でも使った?」


 まあ確かに馬なら不可能ではないよな。普通はそう考える筈だ。実際、ファーレンハイト家にも早馬は何頭か飼っているし。


「いや、そういう訳でもないんだけど、行って帰ってきたのは本当だよ。まあ、そういう手段があると思って」

「わ、わかったわ」


 俺の固有魔法の話はまた今度だ。ランク昇格の際に試験が課されることもあると言うし、その時にでも説明すれば納得してくれるだろう。


「それで、その凄い発見ってのがこれ」


 俺は背負っていた革袋から銀色のインゴットを取り出して机の上に置く。


「……っ! これはもしかして……ミスリル!?」


 ミスリル……。言われてみれば、確かにそんな感じの輝きだ。ただの銀やアルミとは違う、不思議な光沢を持つ銀塊。それがミスリルだ。

 俺はポケットからミスリル製の家紋入りキータグを取り出して、インゴットの輝きと見比べてみる。


「うん、確かにミスリルっぽいや」

「ハル君、これ、ギルドの方で預かっていいかしら? 今すぐ本物か確かめたいの」

「いいよ」

「ありがとう、すぐ戻るからお茶飲んで待ってて!」


 そう言うが早いか、受付嬢はミスリルと思しき銀塊を抱えてギルドの奥へと走って行ってしまった。

 さて、しばらく暇になってしまったな。暇つぶしに、最近サボりがちになっていた魔力増幅のための瞑想でもしてるか。


 …………。

 ………………。


「ごめん、お待たせ」

「お帰り〜」


 受付嬢さん、あなたが戻ってくるまでに私、魔力が若干増加してしまいましたよ。

 まあ冗談はさておき。


「それで、どうだった?」

「まだ簡易的な鑑定しかしてないんだけど、まず間違いなく本物のミスリルだと思うわ。……あれをランタン遺跡で見つけたのね?」

「そうだね。正確に言えば、ランタン遺跡地下の未発見と思われる巨大地下室で、かな」

「古代遺跡の未発見領域、ね……。ハル君、凄いわ。これは世紀の大発見よ。歴史書に載るかもしれないわね」


 冗談抜きに、真面目な顔でそう告げる受付嬢。教科書とか歴史書に載るとか、まるで自分のことじゃないみたいだ。


「凄いのはまだこれからだよ。実はあのインゴット、大量にある内の一個でしかないんだよね。ランタン遺跡には、あれのざっと千倍はあったと思う」

「せ、千倍!」

「あと、中央に虹色のインゴットもあったんだけど、何だか知ってる?」


 虹色、と聞いて受付嬢は悩む。


「……わからないわ。いずれにしても、この話は私の手に余るわ。ギルドマスターの元へ案内するから、詳しい話はそこでもう一度お願いできる?」

「うん」


 そう言われて、俺はギルドマスターと対面することになったのだった。



     ✳︎



「それはおそらく、オリハルコンね」


 冒険者ギルド二階のギルドマスターの部屋で、俺と受付嬢、そしてギルドマスター(妙齢の女性だった。なかなかに美人だ)は話し合っていた。


「オリハルコンって……、あの伝説の!?」


 ギルドマスターの言った内容に受付嬢が反応して驚愕する。


「ええ、間違いないわ。虹色に輝く金属なんて、私の知りうる限りオリハルコンしかないもの。ミスリルも山のようにあったということだし、信憑性は高いと思うの。……それにしても、よくそんなもの見つけたわね。エーベルハルト君」


 ギルマスが俺に話しかけてきた。あまりの出来事にも関わらず、話を持ってきたのが6歳児の俺だ。常識外れな展開に、だいぶ呆れているようだった。


「遺跡の床に違和感を感じて『ソナー』で確かめてみたら見つけたんだよ」

「その歳で『ソナー』を使えるのも凄いけど、そこに気づくのもまた凄いわね」

「『ソナー』って確か、Cランクの無属性魔法ですよね? 冒険者でも使える人はそんなに多くないんじゃないですか?」


 受付嬢の俺を見る目が、神童を見るようなものに変わっていく。


「そうね、私でも『ソナー』を覚えたのは15の時だったわ」

「ギルマスよりも早いんですか!?」

「そうね。まあ、私のことはどうでもいいのよ。今はランタン遺跡の方が大事だわ」


 何でも、ギルマスは若い頃(今でも見た目はまあまあ若いのだが)、Aランク冒険者としてハイトブルク周辺に名を馳せていたそうだ。受付嬢がこっそりと耳打ちして教えてくれた。

 こんな美人さんがAランクとは、この世界には美人は強いという法則でもあるのかしら。

 まあ、そんなことはさておき。


「このインゴットなんだけど、結局どうなるの?」


 暗に「第一発見者として、俺はインゴットの所有権を主張できるのか」と訊ねる俺。ギルマスはそんな俺を見て若干微笑みながら、優しく言った。


「安心して。発見者であるあなたには50%の所有権が発生するわ」

「50%?」

「ええ。普通は100%なのだけど、今回は少々事情が異なるから。ランタン遺跡には、調査依頼で行ったでしょう? 調査が目的である以上、依頼主に調査の成果が何一つ渡らないという訳にはいかないの。その分報酬も高かった筈だから、バランスが取れているという訳ね」


 なるほど、確かに調査して欲しいと依頼を出したのに、新しい発見を冒険者に全て掻っ攫われてしまっては何も研究できなくなってしまうからな。50%というのはなかなか良いバランスだ。


「ランタン遺跡の所有権はどうなってる? 所有権というか、管轄でもいいけど」

「所有権? そう言えばあの遺跡は誰の持ち物だったかしら……。管轄は皇国直轄の研究機関だった筈だけど」


 いまいちハッキリとしないな。こういう情報はしっかり明確にしておかないといつの間にか怪しい商人や個人に不法占拠されて所有権を主張されてしまいがちだ。人間は、金の匂いのするところに集まる不思議な習性があるからな。


「もし所有権が曖昧なら、冒険者ギルドには急いで領政府あるいは国に、ランタン遺跡の正式な公有化の提言と、公有化がなされるまでの一時的な封鎖を頼みたい。これは一冒険者としてではなく、ファーレンハイト辺境伯家次期当主としての要請だ」


 ファーレンハイト家が後ろ盾になっているとはいえ、冒険者ギルドと辺境伯家うちは別々の組織だ。上下関係がある訳ではない。なのでもちろん強制力を持った命令は出せないのだが、しかしそれはどちらかの要請を軽々しく無視できるという訳でもないのだ。持ちつ持たれつの関係を維持するには、お互いが協力し合うことが大切なのである。


「そうね。確かにその通りだわ。急いで信用のおける冒険者とギルド職員を数名、遺跡に派遣するわ。要請の方も任せて。皇都の冒険者ギルド総本部にも連絡しておくわ」

「俺もオヤジにお願いしてみるよ」


 そう言うとギルマスは少し吹き出して、続けて言った。


「ふふ、エーベルハルト君が言うと説得力が違うわね。それは少々ずるいんじゃないのかしら」

「さぁ?」


 父親が領政府のトップだと話が早くて済むね、という単純なお話しだ。コネは使うに限るぜ。


「まったく、将来が楽しみだわ」


 苦笑いしながらギルマスがそう呟く。置いてけぼりにされた受付嬢がどこか憐れだった。

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