第26話 大発見

 高さ10メートル、横40メートルほどの岩で出来たランタン遺跡。入り口は開け放たれており、扉などとうの昔に朽ち果てていそうな雰囲気だった。

 外から少しだけ見える建物の中の様子も、外と変わらず蔦や蜘蛛の巣が張っていて、保存状態の悪さが窺えた。


「大事な遺跡なら国が金出して保護しろよなぁ……」


 あるいはファーレンハイト辺境伯領政府がやるべきか。これは帰ったらオヤジに直談判しないとダメだな。歴史的建造物を倒壊させる訳にはいかない。


「にしても、あんまり入りたくない感じの雰囲気だ」


 古代遺跡と言うくらいだから装飾とかももう少し神秘的なものを予想していたのだが、ランタン遺跡からはどうもその辺の美意識が感じられなかった。

 ただ岩を積み重ねて、わかりやすいところに古代文明の時代に流行った様式を採り入れているだけのような……。少なくとも、文化的な施設ではなく倉庫とか工場とか、そういう産業に関する建物っぽい雰囲気が漂っていた。

 伝え聞く限りでは、古都クレモナの街並みには古代文明様式の遺跡が数多く存在するらしく、たいへん美しく雅な風景だそうだ。旅行記などに記された絵画を見る限り、少なくとも目の前の遺跡のような殺風景な建物はそう多くはなかった筈だ。

 まあここも皇国北方の田舎だからな。都会のように煌びやかにする必要がなかっただけなのかもしれない。


 若干期待を裏切られたものの、業務は業務なのでそのままランタン遺跡の中へと足を踏み入れる俺。

 『バリア』を展開しつつ、『照明ライト』の魔法を発動するのも忘れない。

 『照明』によって、先ほどまで真っ暗だった遺跡の中が明るくなった。随分歩きやすくなったな。



 そのままところどころ罅割れた床を踏みしめつつ、遺跡の中を奥へと進んでいく。ネズミやよくわからない虫が壁や床を這っていく様子は、控えめに言って気色悪かった。


「『バリア』様々だな……」


 『バリア』がなかったら絶対に受けたくない類の依頼だ。気を抜くとすぐにゲテモノと触れ合いタイムに突入するとか地獄だろう。


「む……、これはどっちだ?」


 おぞましい下等生物どもに背筋を凍らせながら歩いていると、やがて分かれ道に突き当たる。右手には上階へと続く階段が、左手にはいくつかの部屋へと続く廊下があった。

 依頼を受注した際に受付嬢から手渡された冊子を確認すると、両方とも調査項目に入っていた。廊下方面は部屋の中が荒らされていないか。階段は人が上り下りできる状態になっているか。


 まずは階段から行ってみよう。俺は近くに転がっていた40キロ近くありそうな石のブロックを拾いあげ、階段を上ってみる。6歳の体重だと正確な強度がわからないからな。成人並みの重さにしてからでないと意味がない。

 二階へと進むと、今度はまたいくつかの部屋をチェックしなくてはならないらしい。チェック表を確認しながら各項目を調査していき、ついでに屋上も調査してから俺は一階へと下りる。


「この調子ならすぐに終わりそうだな。今日中に帰れるかも」


 誰に言うでもなく、一人呟いて調査を続ける俺。一つ目、二つ目の部屋をチェックし終えて、最後の部屋をチェックしている時に、ふと違和感に気づいた。


「……? 何だあれ」


 よく見ると、床の色が一部変色している。変色というか、元からそこだけが違う素材でできているような感じだ。まるでその下に何かを隠しているような……。


「……『ソナー』」


 俺は床に手を当て、掌から『ソナー』を地下に向かって放つ。


「……! これはまた奇っ怪な」


 その色違いの床の下には案の定、謎の空間が広がっていて、それはかなり地中深くまで続いているようだった。


「……こんなの渡された資料には載ってなかったぞ。どうなってんだ」


 考えられる線としては、後世の盗賊か誰かが遺跡に改造を施して根城として使っているか、あるいは研究者達が発見できなかった新発見か。


 盗賊が根城にしている線は正直薄いと思う。誰が好き好んでこんな辺鄙な地に根城を築くと言うんだろうか。集落からも街道からも外れたこんなところに拠点を構えたところで、碌な収入など見込める筈もない。

 なら研究者が発見できなかった新発見なのだろうか。ぶっちゃけそれもなかなか有り得ないとは思うが、可能性としてはそれが一番高いのではないかと思う。

 古代人が何故こんな地にわざわざ遺跡を残したのか。何故、ランタン遺跡はそこまで重要視されていないのか。

 ……それは、まだこの遺跡の真価が発見されていないからなのではないだろうか?


「開かねーなぁ」


 押しても踏んでも床はびくともしない。ここが地下に繋がっているのは確定なんだが。どこかに別のギミックでも隠されているのかな?

 俺は注意深く部屋の中を観察していく。が、研究者でもない俺に何かしらの特徴的な機構が見つけられる筈もなかった。


「うーん、ちょっとズルしちゃうか」


 埒があかないので、俺は非常ひじょ〜〜に弱い【衝撃】を使って、遺跡に影響が出ないように細心の注意を払いながら色違いの部分だけを破壊する。


 ドゴォンッ……


「……ヨシ!」


 まあまあ大きな音を立てて床に穴が空いた。遺跡の保全調査のために来ているのに、その遺跡を傷つけたとあっては非常にマズイような気もするが、まあ歴史的な大発見だとすればお咎め無しになるような気もする。必要な犠牲ってあるよね、という話だ。多分、きっと、おそらく大発見である可能性に賭けて良しとしよう。ヨシ!


「こっちは意外と綺麗なんだな……」


 ここもまた明かりはないものの、『照明』で照らしているため問題はない。密閉されていた分、開放されていた外と違って比較的中の様子は綺麗だった。何より虫がいない。素晴らしい。


 そのまま階段を下に下りること約数分。未だに階下の部屋に辿り着く気配がない。もうかれこれ10階分くらい下りている気がするが、狭い景色は一向に変わり映えしないようだ。


「うーん、参ったな。ひたすらこれが続くとなるとだいぶつまらんぞ」


 ゴールが見えない道ほど歩きづらい道もあるまい。俺は『ソナー』を下に放って残りの距離を確かめる。


「はあっ!?」


 だがそれは失敗だったかもしれない。これだけ歩いても尚、まだ十分の一程度しか下りていなかったのだ。


「待て待て待て待て、これ一体何階分あるんだ? 古代人もよく掘ったな。モグラかよ」


 地上からだいたい4〜500メートルは深いだろうか。東京タワーを地面に埋めても尚足りないほどの深さとは、正直恐れ入った。


「ちょっと酸素が心配なレベルだよこれ……」


 不安になったので、いつもより大きめの『バリア』を展開して中にしっかりと空気を確保しておく。これで数時間は無酸素・有毒圏内でも活動が可能だ。

 そのまましばらく下りていたが、半分くらいまで来たところでいい加減に膝が笑って仕方がなくなったので、【衝撃】を使って高速移動することにした。

 足の裏から弱い衝撃波を放って着地時の衝撃を和らげつつ、数段飛ばしで階段を駆け下りる。先ほどまでの数倍の速さで下りることに成功し、随分と楽に底に着くことができた。


「物々しい扉だ」


 階段を下りきった先にあったのは、高さ5メートルはありそうな、金属製で両開きの扉。地母神と思しき超常存在とドワーフ、そして人々の絵が描いてある。


「古代の神殿か何かか?」


 神殿の割には地上部分の装飾が随分といい加減だったので、神殿ではないと思うのだが。

 とにかく扉を開けないことには何も始まらないので、何があっても対応できるように気をつけつつ、俺は『身体強化』を発動して扉を押し開ける。

 ゴゴゴ……と重々しい音を立てて扉が開き、扉の向こうの様子が俺の目に飛び込んでくる。


「なっ……!」


 それを見た俺は、思わず声を上げて固まってしまった。扉の向こうにあったのは、見渡す限りに続いている坑道と思しき無数の通路と、中央にうず高く積み上げられた白銀に輝く金属のインゴットの山。そして何より目を引いたのが、中央に一番大切そうに置かれていた虹色に輝く一つの金属のインゴットだった。

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