第25話 ランタン遺跡

 古代魔法文明。我がハイラント皇国に留まらず、世界中に伝わる伝説だ。ただ、「伝説」とは言っても神話みたいに創作の話ではなくて、事実に基づいた、限りなく「歴史」に近いものであるらしい。

 俺の住むハイラント皇国の歴史が始まって約1500年。「勇者」、あるいは「聖人」とも呼ばれる伝説の英雄によって魔王が倒され、解放された人類が最初に作った国家がこのハイラント皇国だ。英雄は初代皇帝として即位し、その血統は現在の皇帝にまで繋がっているとされている。

 その魔王が勇者に倒されるまでの、人類が魔王に支配されていた数百年の間に古代文明は廃れてしまったらしいが、それ以前の世界には、現代の魔法技術をも上回る魔法文明が存在していたそうだ。

 そして古代魔法文明の発祥の地とされているのが、皇国西方に位置する古都クレモナ。日本でいう京都のような都市である。

 クレモナを中心に発展した文明は現在の皇国を中心に世界中に広まったらしいが、今から2000年ほど前に現れた魔王、そしてその眷属たる魔人によってそのことごとくが滅ぼされてしまったため、その技術のほとんどが現在には伝わっていない。

 しかし、だからと言って古代魔法文明の遺産が全く伝わっていない訳でもないのだ。

 例えば俺達が日常使う魔法の発動の鍵となるルーン文字。あれは古代魔法文明の時代に発明された魔法文字だ。初代皇帝の時代から現代に至るまで、数多くの魔法士の尽力によって復元された最大の遺産がルーン文字と言われている。

 ちなみに魔法陣は後世の発明らしい。ちょっと意外だ。

 魔人に見つからないよう口伝で密かに継承されてきた詠唱呪文と、古代遺跡の発掘調査によって発見された古代文字を照らし合わせて魔法の謎を解明していくのは血が滲むほど大変だったに違いない。今の俺達がこうして魔法を使えているのも、ひとえに先人達の努力があるからだった。

 そんな未来への可能性を秘めた遺跡だ。学術調査は既に終わっているとはいえ、もしかしたらまだ何か未発見の史料が残されているかもしれない。

 重要度が高くないにも関わらず、こうして定期的に冒険者に調査の依頼が入るのにはそういう事情があった。


「遺跡かぁ〜。なんか古代ギリシアとかマヤ文明みたいで楽しみだな」


 残念ながら、日本に生きていた頃にそれらを見る機会は無かった。海外旅行に行く前に死んでしまったからな。

 竪穴住居のある登呂遺跡や、古墳のあるさきたま古墳群みたいな日本の史跡には行ったことはあるが、石で出来た建物のある「ザ・古代遺跡」みたいなところには行ったことがないのだ。

 当然、ランタン遺跡の調査に向かっている俺のテンションはとても高いものになっていた。


「2000年以上前の遺跡らしいからなぁ。ちょっとわくわくするな」


 皇国北部地方最大の都市から20キロ圏内なのだから、もういっそ観光地化してしまえばいいと思うのだが、残念ながらそういう話にはなっていないようだ。

 どうも、観光業という概念自体が無いみたいだ。まあ現代日本とは違って電車や車のような便利な移動手段が無い以上、そう簡単に旅行をするという訳にもいかないのだろう。ただ、まったく観光地が無いのかと言うとそういう訳でもないらしく、有名な温泉地や社院なんかは庶民から貴族にまで幅広く知られているようだ。

 かく言うファーレンハイト辺境伯領にも有名社院がいくつかあるし、辺境伯領でこそないものの、隣接する同派閥の寄子貴族の領地が全国的に有名な温泉地だったりする。

 いつか行ってみたいと思いつつまだ行けていないので、冒険者として稼いだ金がある程度貯まったらこれを機に足を伸ばしてみるのも良いかもしれない。


 さて、そんな皇国の観光事情について考えていたら、そろそろランタン遺跡が近くなってきたようだ。

 時速50キロほどでかっ飛ばしていれば、20キロの距離など一瞬である。この世界では渋滞など都市部の一部商店街でしか起こらないし、信号なんてものがある筈もない。代わりに道路状況は最悪に近いので、どっちが良いのかと言われたら返事に困ってしまうが……。

 まあ車で移動するならともかく、歩いたり走ったりする分にはデコボコ道でも何の問題もない。人間の足とは偉大なものである。


 そうこうしている内に、ついにランタン遺跡のある森に着いたようだ。なかなか鬱蒼と木々が繁っており、何とも物々しい雰囲気だ。


「うーん、これはまた入りにくい森だ」


 この国の森は気候的な事情もあるのか、日本に比べたら比較的疎らなものが多い。ヨーロッパの森に近いだろう。

 だが、稀に密林のような森も存在している。ここがまさにそうだ。何がそうさせるのかはわからないが、そういう密林に限って魔物が多かったりするので注意が必要だ。


「道くらい整備してくれていても良いと思うんだけどなぁ……」


 枝をかき分けて森の中へと足を踏み入れていく。ガサガサと草が足に絡みついて歩きにくいことこの上ない。


「うわっ、蜘蛛の巣」


 気を抜くと顔に蜘蛛の巣が張り付いたりするので最悪だ。野っ原を駆け回って育ったとはいえ、未だに蜘蛛の巣だけは慣れることがない。


「そうだ、バリアを張れば防げるかも!」


 我ながら名案を思いついた気がする。幸い俺の魔力は人に比べて文字通り桁違いに多いからな。こういう、ある意味無駄な使い方をしてもまったく心配でないのは冒険者的にはとても有利だと思う。


「『バリア』」


 俺は自分の周囲に薄く球状の魔力防壁を展開する。ブォン……となかなか格好いい音を立ててCランク無属性魔法『防盾シールド』が俺を包み込む。


「こりゃいいや。次からもこうしよう」


 『バリア』は一度展開してしまえば壊れるまで消えないので、消費魔力も少なくて済むなかなかに便利な魔法だ。戦闘中であれば何度も張り直す必要があるだろうが、幸い今は探索中。不意打ちでもされない限り壊れる心配はない。


「なるほど、不意打ち防止にもなるな」


 不意打ちされない限り壊れないということは、不意打ちを防げるということでもある。今回みたいな視界の利かない場所で活動するには必須の魔法だと言えるだろう。

 ただ、惜しむらくはこれがCランクの魔法だということだ。Cランクの魔法を使える魔法士はそれほど多くない。Dランクで一人前の魔法士と言われるように、Cランクともなれば十分に兵士や冒険者としてやっていけるほどだ。世の中に戦闘をこなせるほどの手練れがゴロゴロ転がっている訳でもない以上、それは仕方のない話だった。

 勇者を生んだ国とは言え、別に皇国人は戦闘民族という訳ではないのだ。


「『ソナー』」


 『バリア』を展開して不意打ちおよび蜘蛛の巣に備えつつ、無駄に『バリア』を消費するのも勿体ないので『ソナー』で魔物の探知を行う。

 少なくとも半径100メートル圏内には警戒に値する魔物はいなさそうだ。


「んー、あれは何だろう。ゴブリンじゃなさそうだよな」


 100メートルよりもやや遠い辺りに、若干強めの反応があった。そこまで大きい訳ではないが、まったく移動しておらず一ヶ所に留まり続けているようだ。丸っこいシルエットをしている。


「おっ、大きくなった」


 そのシルエットの近くを小さな反応――おそらく野ウサギか小鳥だ――が通りかかった途端、丸かったシルエットが細長く伸びて小さな反応に突撃していった。

 あっという間に小さな反応は飲み込まれ、やがて消えてしまう。


「蛇か」


 おそらく細長く伸びたシルエットの正体は蛇型の魔物だろう。丸かったのはきっととぐろを巻いていたのだ。ゴブリンよりも強く、グリーンボアよりかは若干弱い様子だったので、きっとDランクかそこらだ。Dランクと言ってもピンキリなので、Dランクの中では多分弱い方なのだろう。


「……お、どうやらあれが遺跡みたいだな」


 獲物を食べて満足したのか、そのまままた丸くなって休むシルエット。こちらに近づいてくる訳でもない以上、やはり警戒の必要はなさそうだった。

 それより、どうやらようやくランタン遺跡に到着したようだ。森に入ってから約30分ほど。遠くもなく近くもなく、まあ普通の距離だ。


「……うん、資料の特徴とも一致するな。これがランタン遺跡と見て間違いないな」


 切り出した岩を積み重ねたような、高さ10メートル、横40メートルほどの建造物。ところどころひび割れた壁につたが這っている様子は、遺跡の長い歴史を感じさせた。

 

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