第130話 タマちゃん改め、リンドヴルムのリンちゃん
数日たった日の夜。寝る前にマリーさんの屋敷のリビングでタマちゃんを撫で撫でしてリラックスしながら、俺は何人かでまったりとした時間を過ごしていた。
なかなか広いリビングには何人も座れそうな立派なソファが背の低い机を囲むようにして三つほど並んでおり、そこに俺をはじめとした修行組が数人と、マリーさんが座って団欒の時間を楽しんでいるという訳だ。
本日の振り返りのような真面目な話題や、イリスやヨハン、オスカー達一個上の代が来年に受験を控えている皇立魔法学院の話、そして先日ようやく孵化した俺の召喚神獣こと
ちなみにジャバウォックの討伐には全ての組が成功していた。どうやら俺のいた三班が異常なだけで、他は普通に問題なく討伐に成功していたようだ。むしろこれまでの修行の成果や連携による戦力アップ等が功を奏して、予想よりも随分とあっさり討伐できた班が多かったとはマリーさんの談である。
皆、だんだんと実力をつけてきたようだ。俺もうかうかとはしていられない。
それはさておき、ちょうど今はタマちゃんの話題なのだ。そろそろ決めなければならないものがある。
「ところで皆、タマちゃんの名前の件なんだけど。こうして卵から孵った訳だし、いつまでもタマちゃんってのは変だよな?」
孵化するまでの暫定的な呼び名として「卵のタマちゃん」だった訳だから、突然卵から孵化した後も「タマちゃん」というのはおかしいことになる。かと言って「ドラゴンだからドラちゃんだ」などと安直に名付けようものなら、どこぞの青狸が惑星破壊兵器を持ち出してくる可能性とて否めない。流石に俺もタマちゃんも星を破壊する者を相手取って戦うほどの強さは持っていない以上、そのような適当な名付けは避けるべきであった。
「うーん、悩ましい」
「エーベルハルトさん」
「何?」
「
「勇者の竜か」
勇者こと、初代皇帝にゆかりのある古都クレモナ出身らしい提案だ。
「ふむ。
マリーさんも悪くなさそうに頷いている。見回すと、この部屋にいる他の面々も面白そうに頷いていた。
「悪くないんじゃない? ハル君なら伝説にも劣らない活躍を見せてくれるでしょうし」
リリーの期待が重い。
「勇者さまですかぁ……。ハルトさん、すごいです!」
キラキラした目で俺を見てくる猫耳娘のナディア。
「俺は今、未来の勇者の相棒に名前がつけられる歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれんな」
そう言うのはギルベルトさん。言うことが大袈裟な気もするが、本人は至って真面目そうだ。
「まあエーベルハルトだからな。そのくらいの実力があれば、宮廷の人達からも『
親が宮廷魔法士なだけあり、保守的な宮廷の役人達の事情に詳しいヴェルナー。彼がそう言うなら「初代皇帝の相棒の名を騙るなど無礼だ!」などという批判はそこまでされないとみてよさそうだ。
「そもそもエーベルハルトは今をときめく皇国騎士『彗星』にして、皇国でも有数の大貴族たるファーレンハイト辺境伯家の御曹司な訳だろ。陰口ならともかく、表立って批判できる人間なんてそんないねえんじゃねえの?」
「そういえば俺、貴族だったな」
ここ最近、修行ずくめの日々ですっかり貴族という実感が失せてきていた俺。こんな調子で将来家督を継げるのか、少々不安になってきたな。
「ちょっと、ハル君! しっかりしてくれないと困るわ」
「おっ、『彗星』が嫁さんに怒られてやがるぜ!」
「これもなかなか貴重な場面だな」
「ふふ……。仲睦まじい様子でなによりですわ」
「仲が良いんですね!」
皆好き放題言いやがって……。修行の時に虐め抜いてやる。皇国騎士を嘗めんなよ!
「またエーベルハルトが邪悪な顔をしておるの……。未来の勇者がそんなことではいかんぞ」
「未来の勇者って言うけどね、俺そんな立派な人間じゃないよ」
俺は自分の身の回りの人達や、育った故郷を守りたいだけだ。遠くの他国の人間が不幸でも、「残念だったね」くらいにしか思うことはない。万人を救うような聖人君子では決してないのだ。
「それで一人でも多くの人間が救われるなら、良いことじゃ」
なんだかこそばゆいな。気を紛らわすように俺は温くなったハーブティーを飲み干す。
「それじゃあタマちゃんの名前は『リンドヴルム』ちゃんで決定ですか?」
良い意味で空気の読めない天然猫耳娘のナディアがぶった切ってくれたので、俺はでかしたとばかりにナディアをヨシヨシしてやる。
「えぇっ、な、なんですかハルトさん!?」
うむ、猫は撫でるに限るね。タマちゃんも温かくて可愛いけど、やっぱり竜だから触り心地は鱗そのままだしな。
「さてと、タマちゃんよ」
「えっ!? 今無視しましたよね!? 私、無視されましたよね?」
いちいち撫でられたくらいでうるさい猫だ。今度猫じゃらし作ってやろう。
尻尾をゆらりゆらりと揺らしているナディアを尻目に、俺は膝の上でおねむだったタマちゃんを起こして呼び掛ける。
「ぴゅい?」
屋敷に帰ってから散々俺の魔力を吸い取ったおかげか、妙に肌ならぬ鱗ツヤが良いのが癪に触るが、タマちゃんのおかげで助かったことを考えるとあまり強くも言えない。おのれ、こちらの魔力が回復したからといって遠慮せずバカ食いしおって……。
まあ、可愛いから許しちゃうんだけども。
「お前の名前は『リンドヴルム』だ」
「ぴゅいっ!」
ようやく正式な名前が貰えたからか、タマちゃん改め、リンドヴルムは嬉しそうだ。正直爬虫類の性別など判別の仕方がわからんのでリンドヴルムが雄か雌かはわからないが、まあ竜なら性別がどっちでもそんなに違和感の無い名前だろう。本人ならぬ本竜も喜んでいるみたいだし、問題はない。
「『リンドヴルム』ちゃんだから『リンちゃん』ですね!」
「「「「「「え?」」」」」」
まったく威厳の感じられないゆるふわなあだ名をつけてしまった
「いいな、それ」
「えっ、エーベルハルト!?」
「無理に採用する必要は無いのですよ!?」
俺が気を遣ったと思われたのか、皆が止めてくるが、別に俺にそういう意図があった訳ではない。普通に良いと思ったのだ。
「いや、『リンちゃん』ってなんか可愛いじゃない。この子にぴったりだよ」
日本でも「凛」という名前はありふれていたし、男女どちらでもおかしくない名前だ。
それにリンちゃんは普段はとても可愛いが、いざとなれば弱っていたとはいえ、ジャバウォックを一撃で倒す超火力の持ち主でもある。『リンドヴルム』なんて仰々しい名前が似合う日も、いつかはやってくるかもしれない。
「よろしくな、リンちゃん」
「ぴゅいっ!」
白銀の鱗を持った
あの時、俺は将来自分が偉大な冒険者になって、ドラゴンのような伝説の魔物と戦うか、従えるか、あるいは友達になることを夢見た。リンちゃんは魔物ではなく神獣だが、希少価値でいえばこちらの方が上だ。
図らずも数年前の夢を叶えてしまった俺。今はまだ小さな幼竜だが、将来リンちゃんがどんな風に育ってくれるのか、今から楽しみな俺であった。
――――――――――――――――――――――
[あとがき]
続きを楽しみにしてくださっている皆さまにはたいへん申し訳ないですが、作者が現在、人生最大級に忙しい期間に突入してしまったため、しばらくは更新が土日のみになってしまうかもしれません。
二、三週間ほどでまた前と同じペースでの投稿ができるようになるとは思いますが、それまでの間、ご理解のほどよろしくお願いします。
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