第57話 ワイバーンを求めて90里
通信の後に身支度をして急いで転移魔法で飛んできたリリーが、ちょっと怒った感じでぷんすこ話し掛けてくる。
「そんな楽しそうな話に私を呼ばないなんてありえないでしょ!」
「いやだって公爵閣下が何て言うかわかんないじゃんか」
「ハル君が一緒なら大丈夫に決まってるじゃない」
そうなのかな? 親方といい閣下といい、こんな子供に愛娘を預ける親の気持ちがイマイチ理解できない。
「まあまあ、こうして一緒に行けることになったんですから」
「ぐぬぁー! 泥棒猫に情けをかけられた! むきーっ!」
「おや、
女の戦いだ……!
とか思って傍観していたら矛先がこっちに向かってきた。
「てかあんたも許嫁なら反省しなさいよ! こういうのは最初に婚約者を呼ぶもんでしょお!」
「えっ、ああ、そうかな」
「当たり前でしょ〜〜!」
まあ、ベースになってる人格が日本人だからなぁ。科学知識とかはともかく、許嫁みたいな貴族的な発想には日々の行動がなかなか結び付かない。
「あとお父様いわく、いくら許嫁とはいえ未婚の娘なのだから泊まりは許可できないって」
「えっ、じゃあどうすんのさ」
来たはいいものの、泊まれないのなら冒険の旅には出掛けられない。
「だから夜になったら帰るわ。朝にまた野営地点に転移魔法で飛んで来るから、それまでは出発しないでね」
「なるほどね、わかったよ。メイもそれでいい?」
「まあ言い出しっぺですしね」
先ほどは汚い女同士の戦いを披露してくれた彼女達だが、命を救い救われた経緯もあってか、俺が絡まなければ比較的仲は良いのだ。リリーにしても、身分差に囚われない友人というのは貴重なんだろう。
「それでは出発と行こうか」
「「イエーイ」」
話がまとまったので、俺達は出発する。太陽は既に真上に昇っていた。
✳︎
「いやー……、しかし遠いな」
「まあ350キロはありますからね」
「退屈〜。暇つぶしに何か無いかしら?」
街を出て30分ほど歩いたところで、俺達はだいぶ飽きてきていた。歩けど歩けど景色は変わり映えせず、眼に映るのは草原と麦畑と僅かな林に森ばかり。魔物もたまに見かけるには見かけるが、定期的に駆除されているからか、街道周辺にまでやってくるようなのはいない。
つまりめちゃくちゃ退屈だった。
今回、俺達が目指す魔の森の近くの集落までは北東に約350キロ。直線距離で言うと、東京から琵琶湖くらいはあるだろう。方角的により実感を持てる例えを出すとしたら、東京から宮城県北部の辺りだろうか?
いずれにせよ、原動機の無いこの世界では350キロという距離は果てしなく遠いのだ。電車のある現代日本でさえ、新幹線を使わなければとてもではないが気軽に行ける距離ではない。歩くにしては遠すぎだし、リリーの転移魔法も一度行ったことのある場所にしか飛べない。
これでファーレンハイト領内から出ないってんだから、我が辺境伯領がどれだけ広いかがよくわかるというものだろう。
「メイ、周囲に人もいないし、あれを出そう」
「あれでありますか」
「ああ、あれだ」
耐えかねた俺がメイに促すと、メイもこちらを見返して確認してくる。
「あれって何? 勿体ぶらないで教えてよ〜」
教えて欲しそうにしているリリーも可愛かったが、そのままでは彼女が可哀想だったので、メイに出してやるように促す。
「てれれれれれ……、じゃん! 大平原の荒野を駆け巡るトレイル・ワーゲン『バッファロー』号であります!」
「うおおおおお!」
「ふおおお……お? 何これ?」
メイがこの世界にもあった小太鼓の音を口で言いながら、インベントリからこの世界の標準的な乗合馬車とフォルクスワーゲン・タイプⅡを足して2で割ったような乗り物を出す。
開発に携わっていた……と言うか横から口を出していた俺はトレイル・ワーゲン『バッファロー』が何かを知っていたが、これを目にしたことのないリリーにとっては何が何だか見ただけでは理解できなかったのだろう。実際、まだこの世界に存在しない移動型アーティファクトな訳だから、それも無理はない。
「リリー、これはな……『自走型馬車』だ」
「自走型馬車……?」
「ああ。これは馬無しで動く馬車なんだ」
「馬無しで動く馬車!?」
それって要するに車じゃん、と。つまりはそういうことだ。俺はメイの超技術力を以てして、この異世界の地に自動車の概念を生み出したのだ。
「ささ、乗ってみるであります」
「俺がいっちば〜ん」
「あ、私も乗る!」
続いてリリーが、最後にメイが乗り込んでくる。
「けっこう中は広いのね」
「そこんとこ苦労したんでありますよ〜!」
メイが日本の自動車開発チームみたいなことを言って中の壁をばしばし叩いている。
「でもこれが本当に動くの?」
「そこそこ速いよ。50キロは出るよな」
「そうですな。一応、最高時速は70キロくらい出せるであります」
「な、70キロ!」
70キロと言えば、馬の全力疾走くらいはある。馬と同じくらいのスピードをこの金属の巨体が出せるという事実が信じられないのだろう。
「百聞は一見に如かず、であります。実際に走らせてみるであります」
言うが早いか、メイは運転席に乗り込んで魔導エンジンを始動させる。このエンジンにも俺の【衝撃】が絡んでいるらしいのだが、詳しい原理は俺にもわからない。わかるのはとにかくメイが凄いということだけだ。
――ブォォオン……と小気味良い音を立てて車体が僅かに振動し出す。現代日本のバスと同じくらいの、なかなか心地いい振動だ。
「では出発進行であります!」
「わっ、動いた!」
ゆっくりと、土が露出した舗装されていない街道を『バッファロー』が進んでいく。サスペンションが効いていて、デコボコした道でも車酔いすることはない。
「いやぁー! 快適だねぇ」
窓から顔を出して風を顔面いっぱいに受けながら俺は叫ぶ。『バッファロー』の中は広くリビングみたいになっているので、車内の移動も容易い。
「メイ、やっぱりあんた凄いわね……」
「いやー、褒められちゃったであります! あっ、そこの保存庫にある飲み物は飲んでいいでありますよ」
メイが示したのは、車内に据え置きの冷蔵庫……のような保存庫だ。中の時間はリリーの時空間魔法の応用で停止しており、扉を開けない限り中の物が劣化することはない。
「リリーの時空間魔法もかなり凄いよ」
リリーにそう言うと、彼女はにこっと笑って俺にキンキンに冷えたランゴの生搾りジュースを手渡してきた。
「お、ありがとう」
「うふふ」
「イヤッフーー!」
リリーは俺の横でにこにこしている。メイは運転しながらハイになっている。
何となく皆楽しそうで、なんだか俺も楽しくなってきたな。
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